第2話 二人の正体、エメロードだけが知っている

 不気味な格好をした男が入場した。しかも本来招待した相手の代理だという。

 パーティスタッフである他家から借りた使用人からそれを聞き、真っ先にくだんの来場者を探し回ったのはエメロード。

 思いのほかすぐに見つけ出すことができそうだった。

 エメロードが歩む先、ざわめきが少しずつ大きくなっていくから、すぐ先に騒ぎの原因がいると確信できたのだ。 


「失礼しますお客様。ご挨拶を」


 とうとう声をかけることができた。声をかけた彼女も、少しの不気味さを感じた。


「本日はよく当公爵家、ラバーサイユベル伯爵両家主催のパーティにご出席くださいました。私、主催者ホステスの一人……」


「いんやー、すっごい豪勢なパーティですね。まさに『公爵家ここにあり!』って感じで。会場も王家別邸。確かにこれじゃ、前回ラバーサイユベル伯爵家で行われたパーティを、『レベルが低い!』と仰った気持ちが分かるような」


「っへ?」


 参加者全員が仮面をつけ、非日常感を漂わせるこの場。だがそれ以外なら、ドレスや飾りなど、煌びやかな装いが華やぐ場。

 どうだろう。その中に一人だけ黒衣を纏った男が紛れ込んだなら。

 だから緊張気味に彼女は声をかけたのに、回答はあまりに明るい声。エメロードの拍子が抜けたのは仕方ない。


仮面舞踏会マスカレードと言っても、主催者は仮面をしないのですねエメロード様」


 あまりに心の距離の近い話し方。

 主催者として、挨拶を交わした来場者たちは皆、公爵令嬢という肩書に恐縮していたのに、黒衣の男だけは親近感丸出し。


「あ、そうか、仮面じゃあ……ね?」


「あ、貴方!」


「お久しぶりです。エメロード様改め、アルファリカ公爵家第二ご令嬢、エメロード・ファニ・アルファリカ様。本日はお招きにあずかりまして誠に……」


「山本一徹っ!」


 話が通じていないようだと感じたから、キョトンとするエメロードに向かって仮面を少しだけズラし、ニヤッと笑った一徹。

 だがすぐさま食らったのはエメロードからの一喝だった。

 白を基調としたドレス。服装ゆえか大人びた印象を放ちながらも、まだかすかに残るあどけなさによるアンバランスさが、一徹の目を引いた18歳の美少女。

 スッキリとした鼻筋、顔の輪郭。細いシルエットでありながら、成長途上にある女性の部分には確かな魅力を一徹に感じさせる。

 優雅に編み込まれた髪、それと同色の、キャラメルブラウンの瞳と白い肌。

 それらパーツが織りなすのは、一片の欠落ない奇跡的な美しさ……のはずなのに。

 そんなエメロードから、まるで頭こなしに怒られたのだ。だから一徹は思い切り目をつぶり、歯を食いしばった。


「よ、良かった。変わらずお元気そうだ」


「ちょ、どうして!? 私、呼んでない!」


「でしょうね。代理です。招待されたアイツはどうしても《メンスィップ》を離れられないようでして……」


 思いもしなかった一徹のパーティ出席。

 出席した不気味な黒衣の男が、正式な招待客ではなく、誰かの代理だと聞いたことを思いだしたエメロード。


「あ、あの男っ!」


 しかしその代理というのが、パーティの趣旨上、最重要人物である者が欠席したうえで寄こされたものとは思っていなかったから、驚きに口をパクパクさせながら、本来参加するはずだったとある男の顔を思い出し、呪った。


「ま、安心してください。今回は、《タベン王国》のお偉いさんが集う会だと伺っています。前回のような粗相が無いよう、隅っこで大人しくしていますから」


 エメロードの表情に何かを感じた一徹。

 だから一言フォローを入れながらも、得も言われぬ身の危険を感じたからその場を離れようとして……


「エメロード様?」


 黒衣の裾を摘まれた。


「貴方、このパーティをそこまで知っていながら、こんな喪服で来たってわけ?」


「喪服?」


「充分な嫌がらせよ。葬祭をイメージさせる暗色をコンセプトにした服なんて。それも変わったフォルム、シルエットをしているし。周囲の奇異の視線、気づかないわけじゃないでしょ? 私の主催するパーティでなんて不吉」


 ちょっと待て、まだ言い足りない……とばかりに、その場から離れることをエメロードによって阻まれたから、一徹の顔はひきつった。


「やっぱりスーツは、この世界には馴染まないのね」


 それが、黒衣の正体。

 貴族のパーティはこれで三度目。そして前の二回はエメロード達にも一般的に知られる正装で臨んだ。

 ゴテゴテしてチャラチャラした宝飾。服の重さ。どうにも一徹には馴染まない。

 それが、一徹が昔着慣れていた・・・・・・・スーツに似た装いを、今日のために仕立てた理由だった。


 「喪服……ねぇ」


 言われた一徹は苦笑するしかない。

 一徹はテーラーではない。だから服飾職人にスーツを注文した際には、記憶と想像の中のスーツ像に限りなく寄せたつもり。

 刺繍や模様の入った生地を使うことも、ソレを使ったアレンジも、技術レベルから望めないと思った一徹が選んだのは、ダークブラックの生地。

 Yシャツも同様に、思い出の中から形やつくり・・・を呼び覚ました。

 よい着心地が楽しめるよう、そのために選んだ素材だって安くない。

 靴。獣の革なめして作らせた。そうして、ネクタイも備えた。黒だ。


「なるほど、喪服かも」


 白シャツ以外すべて黒。

 確かに不吉にも見えるだろう。

 ファッションセンスも周囲一般とはかけ離れたもの。

 エメロードの苦言もわかるから、一徹は困ったように歯を見せた。


「また、ニヘラって笑って」


「もしかしてそれが気になって、主催の貴女が来たのですか?」


「当り前じゃない。《黒衣の男》が誰かの代理だとは聞いていた。代理であっても元々招待していた相手と同等、それ以上の人間じゃないと、このパーティに参加するにふさわしくない」


「パーティに招待したのはそれなりの目的があるから。だが代理の者では、主催者の目的にそぐわない可能性がある。他、知識レベルや仕事の慣習なども違うと、参加者同士で交流を持ってもかみ合わない可能性も。ふさわしくないと言えばそうでしょう。それで、私は……」


「そぐわない。ふさわしくない」


「で、ですか……」


 トホホ、と大きく息をつく一徹のガッカリした様を目に、エメロードは少し面白げにフフッと笑ったが……


「では、本会の趣旨だけさっさと済ませ、今日はおいとまさせていただきます」


 その一言で顔面蒼白となった。


「とりあえずはエメロード様のお父上、アルファリカ公爵閣下にご挨拶させてもらって、もちろんラバーサイユベル伯爵にも声かけて。あ、そうだ。あと《ルアファ王国》からの同盟交渉官にも……」


「必要ないっ!」


 それゆえ、思わず上がってしまったのは大声。

 驚いたのは一徹だけじゃない。周りで歓談している他の来場者からも視線を向けられてしまったから、彼女は慌てて取り直そうとした。

 エメロードは一徹が、どうしてこのパーティに代理として寄こされたのか理解した。

 ヴィクトルと同じ。エメロードも、一徹が知らないことを知っていた。


「……まさかあの男、引き合わせるつもりじゃないでしょうね」


 このパーティに、三年もの間、一徹を探し続けていた一人の女性客が来ていることを。


「あー、何か、お気に障ることを言ってしまったようで」


 エメロードが今、何を思っているか。その感情が傍目から酌み上げられないから、声をかけた一徹は、バツが悪そうに苦笑いを浮かべて頭をかいた。

 しかしすぐ眉を潜め、首を傾げた。

 顔こそ横に向けながら、しかし視線だけはジッと、何か伺うように、エメロードが見つめてきたものだから。


「って、アレ? どうかされましたかエメロー……」


 そんな中……


「あぁ、こちらにいらっしゃったかエメロード嬢」


「わぁぁぁぁぁ!」


 望まない者の声。エメロードの耳に入ったからたまらない。

 いや、まだで良かった。アーバンクルスなら。


「ッガァ! 目がっ!」


 だから間一髪。一徹が挨拶のために額にズラしていた仮面を、元の位置に思いっきり滑らせ、戻す猶予をエメロードは手にした。


「アーバンクルス王子殿下。本日はお越しくださり誠にありがとうございます」


 出現に驚き、だから声を張り上げたエメロード。

 ポカンとした面持ちのアーバンクルスに対し、取り繕うように何とか平常に務め、スカート左右の生地を、軽く持ち上げ頭を下げた。


「い、いえ、ご招待いただき光栄だ」


 ただ、エメロードの今の声が尋常でなかったこと。

 その隣に立つ不吉な黒衣の男が、「げる! 鼻がっ、鼻がぁぁぁぁっ!」と、奇声を上げながら、両の掌で仮面とともに顔を覆っているのが目に入るから、アーバンクルスもまぶたを剥いていた。


「いまのはかなり、酷くないですかエメロード様」


「チョット、今は黙っていてよ」


「これが黙ってられますか!」


 特に、苦悶の声を上げる男が、次いで泣きそうな声で非難する。

 エメロードも慌てるものだからなおさら。


「エメロード嬢、これは、問題ないということでよろしいか? お困りなら……」


「ご、ご心配なさらず。いつもの事ですから」


 ザシュッ! という、仮面をもとの位置に戻したときの音。

 痛そうだったし、一徹の様子は、本当に痛かったことを告げていた。だからエメロードだって謝ってもよかった。

 だがアーバンクルスとの挨拶の場を、何とか切り抜けなければならない今は、ダメだった。


「いつものことって。さすがに……っでぇぇぇぇぇ!」


 アーバンクルスがここに居る。だったら間違いなく、彼女も・・・来ているはず。

 だから一徹には黙っていてほしいのに、エメロードの想いとは逆に、状況は動いた。


「目に見えて困っている女に対し、執拗に詰め寄る。とても紳士のすることとは思えない。そうは思いませんか? お殿方?」


 今まで以上の大声、というより絶叫。

 悲鳴には、会場内のにぎやかな空気を、凍り付かせるだけの痛々しさに溢れていた。

 悲鳴を上げた一徹。身動きを取らせないように腕を後ろに回されていた。立ったまま拘束されていた。

 ……そんなことは重要ではない。

 遂にエメロードは凍り付いた。


「大丈夫ですか? 何か、無茶を受けていないと良いのですが、エメロード様」


 パーティの主催者だから、参加者の仮面の下は知っている。

 いま、エメロードの前で繰り広げられている光景、それは……

 仮面をかぶったルーリィが、この国で少し前に恋人となった、いまは同じく仮面をつけたアーバンクルスを前に……

 彼と恋人になるまでは、ずっとルーリィが想いをはせた男、今は仮面によって正体がわからず、暴漢扱いすら受けている一徹の、腕を極めている図。

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