6-キリンとカラス

「やあやあ、珍しいネコだな」

「キリンです」

 ぱさぱさ、カアカアとうるさいそいつは家主が賢い動物と表現したカラスだ。この発言からして、それほどではない。

「キリンという名前なのか」

 勝手に私の頭の上に羽を休めたカラスは驚きの声をあげる。

「キリンといったら、あれだろう?あの首の長い」

「長いでしょうが」

 私はぴんと首を伸ばした。

「本当だな。でも、俺は物知りだ。足の短いネコがいる」

「だからなんですか?」

「首の長いネコもいる」

「振り落としますよ」

「俺は飛べるよ、お前と違ってな」

 その言葉に私はだらんと首を下ろし、ぼんやりと思う。ここはペランダ。この黒い鳥のように、私は飛び立つこともできず、大きな欠伸をする日々だ。

 いわゆる、篭の中の鳥。窓から首を出したキリン。語呂が悪い。

「正直、返す言葉もありません」

「賢いネコだな」

「ネコでもありません」

 

 ひゅーひゅーと風が吹く。湿った匂いが鼻をつく。もうすぐ雨かもしれない。家主は私を部屋に入れてくれる。私も座る術を覚えた。きっと一緒に映画を観ることになるだろう。

「部屋の中のキリンになります」

「野良ネコじゃあるまいし、浸ってるんじゃねぇぞ。もうすぐ嵐だ」

「嵐がくるんですか」

「カラスにしたらな」

 スズメに比べれば大きいが、カラスも一羽の鳥に過ぎない。私に比べれば、ほんの小さな動物だ。

「宿を貸しましょうか?」

「よせやい、キリンじゃあるまいし」

「キリンです」


 このカラスにとってキリンとはどんな生き物なのか。わからぬまま、カラスは私の首のために開いた窓の隙間から室内に入った。



 帰宅した家主はカラスに驚き、カラスを「九官鳥」といった。





「みんな、間違っている」

 私の声はカアカア笑うカラスにかき消された。

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