3-a キリンと泥棒

 気付いたときにはもう遅い。狙った家の窓からひょいとキリンが顔を出していた。

「大変ですね」

 男の声がし、見上げると動物園の人気者がいた。檻より狭いベランダから、キリンがこちらを見下ろしている。間違いなくキリン。キリンは退屈そうに話を続ける。

「私は乗ったことがありませんが、エレベータを知っていますか?」

「おう」

「それに乗ると早いですよ」

「乗りたくないんだ」

「そうなんですか、私は乗ってみたいです」

 たしかに、その大きな体ではこのマンションのエレベータは無理だろう。お気の毒に、俺はそんな視線を送っていたのだろうか。

 キリンは大きく脚を広げ、屈んで俺の顔を舌で舐めた。長く青い舌だ。木に生った果物にでもなったようだった。生暖かい舌が離れると、力がふっと抜けそうになる。縁から落ちないように、手足を踏ん張る。

「急に舐めるのはやめてくれ」

「悲しげな目をされたもので」

「落ちてしまうだろう」

「本当ですね。失礼しました」

 頭を垂れると、今度はキリンの長い睫毛が顕わになる。物憂げな瞳は丁寧な物言いがよく似合う。

「ところで、こんなところまで何をしにいらっしゃったのですか?」

「それは、お前もだろう」

 そう言い返すと、キリンは静かに目を逸らした。

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