第43話 『天地開闢の剣 アズドグリース』

「トーヤさん、僕はあなたを殺さずに済んで、ほっとしてるんだ」

 

 街に戻る道すがら、よろよろと僕らの後ろにトーヤがついてくる。


「はぁ……!? こんな拷問しといて、殺さずに済んでとか……、どの口が……」

 

 彼の割れた歯は、流石にみっともないのでティアに『回復 小スキュア』をかけてもらった。 


「そもそも、お前みたいな低レベルの勇者に、俺が殺せるわけないだろう? 基本ステータスが違うし、殺されるとなれば、俺だって必死に抗う」

 

 トーヤは鼻で笑う。

 そうだよな。

 僕らはまだ、見せていない。


 ――僕らの力を。

 

「帰り、任せてもいいかな?」

「ええで、ウチが運ぶわ」


 僕は、剣を構えて斜め上の空に向かってスキルを放った。


「『火炎漸』」

 

 その炎の斬撃は、重たげに折り重なっていた雲を切り裂いて、微かな余韻を残して消える。その隙間からはキラキラとした夜空が一瞬覗いた。

 ぱっくりと斬撃の形に大きく割れた雲は、またゆらゆらと気怠けだるげに元の形へと戻った。

 それは、流星のように駆け抜ける一筋の美しい光。


 ダンジョンの外で、『スキルレベル上限突破』スキルのついた技を使ってみたのは初めてだったが、これはやっぱり、外で使うものじゃないな。

 

 トーヤは目を見開きながら、半分笑ったような表情で僕らを見た。

 化け物でも見たような瞳で、それに憧れるような顔で。


「それは、本当に『火炎漸』……か? 絶対違うだろう……? その上の『剛炎ごうえん漸』……いや、更に上の『滅龍めつりゅう炎焦えんしょう漸』……? なんでそんな攻撃を放てるんだ? お前、俺よりもレベルが上なのか? だって、まさか……お前からあいつらを引き抜いた時、お前のレベルはまだ30程度だったはず……」

 

 トーヤは僕らに訊ねるでもなく一人でぶつぶつと考え込んでいる。 


「スキルで放てる攻撃には限度がある。だからもっと強いスキルを得る為に上のダンジョンを目指す。でも僕らは、自分たちの持っているスキルレベルの上限を突破しているから、ただの『火炎漸』でこの威力が出せるんだ」

「スキルレベルの上限を突破……!? そんなことができるのか!! どうやって!?」

 

 僕のその言葉に、トーヤは食いつくように僕らに迫ってくる。

 へたり込んでいる僕に、気付かないかのように詰め寄る。


「ウチの飴ちゃんの力や」

「飴の……!? じゃあ俺にもさっきみたいな力が……?」

「んなわけないやん」


 エミは僕を抱えて歩き出し、それにすがるようにトーヤも並んで歩きだす。


「どうせもうトーヤ君は勇者を辞めるんやし、話してもええかな?」

「ああ、『いちごみるく』ももうないしね」

「せやね」 

 

 エミは、自分が異世界から来たこと、そしてその際にこの『飴ちゃんインフィニティ』のスキルの付いた巾着袋をメルト神から貰ったこと、特別なスキルを持った『いちごみるく』の飴ちゃんのことなどを話した。


「そんな力が、あれば……」

 

 途中でぽつりと、絶望の混じった声でそう一言だけ呟いたトーヤ。


「けどこの『スキルレベル上限突破』の力、無敵なわけやないんや。今のユウ君見たら分かると思うけど、一発打ったらぐにゃぐにゃになってしまうんよ」

 

 抱えている僕をエミがちらりと見る。

 抱えられていると、顔と顔との距離が近い。

 エミは気にもしていないように見えたが。


「ぐにゃぐにゃって……まあ間違えてないけど。どうやら魔力と体力のバランスが一瞬で崩れると、この状態になるらしいんだ。『スキルレベル上限突破』のついたスキルは、一発で僕らの魔力を根こそぎ奪う」

「なるほど……」


 それを聞いて、トーヤがちらりと僕らとの距離を伺っているように見えた。勘違いならいいのだが、まさかこいつ……。

 あれだけやられてまだ、諦めていないのか。


「逃げたら、撃っていいぞナナノ、ティア」

「はい、そのつもりでした」

「言われなくてもやるわよぉ」

「……っ!」


 考えを読まれて、忌々しそうに僕らを見つめるトーヤ。

 いくら僕らでも、その位想定してある。


「これ、ユウ君だけが持ってるスキルちゃうで。ナナノちゃんもティアちゃんも、持ってるスキルで、アンタを一撃で殺せる。ウチのはちょっと毛色が違うからあかんけど……」


 僕らは、心の底で彼を殺したくはないと思っている。

 甘いと言われても。

 けれど、どうしても彼が諦められないというなら、最後の手段はそれしかないのだとしたら……、僕らはためらわずやるとここに来る前に誓った。


「でも、逃げたところでテン君に勝てるわけないんやで?」


 テン君はじっと、トーヤを見ている。後ろから、鋭く刺す様に威圧的に。

 エミから、彼を逃がすなと厳命されているから。恐らく、僕らが手を出す前に彼によってトーヤは死ぬことになる。

 彼は僕と違って、一発お見舞いして動けなくなるようなことはない。


「死にたないんやったら、頼むから変なマネはせんといて?」


 彼の命は、僕らが握っている。

 項垂れ、彼はやっと、僕らがどうあがいてもトーヤを逃がすわけがないと、悟ったようだった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 僕らは街に戻り、教会へと向かった。

 そこかしこに灯る街の明かりを見ながら、ようやく一つの目標が終えられそうで僕はほっとしていた。


 あとは――、『天地開闢の剣 アズドグリース』を手に入れて、神殿に返すだけだ。

 

「トーヤさん、どうしたのですか? 浮かない顔をされていますね。ご気分が優れないのですか?」


 教会の受付のシスターが、彼を屈託のない顔で見つめる。

 なるほど、僕らには事務的な言葉しか返さないシスターも、トーヤにはこのように気遣うのか。


「……俺は、勇者を辞める。勇者引退の届け出がしたい。書類をくれ」

「ええっ!? 一体どういうことなのですか!? す、少しお待ちください」

 

 驚きと同時に、シスターは立ち上がり、バタバタとどこかへと去っていった。

 そして戻ってきたと思うと、彼女は司祭とブラザーを連れていた。

 司祭は、シスターと同じ信じられないという表情で、トーヤの肩を掴む。

 初めて見る10歳ほどのブラザーは、ギュッと唇を噛み締めて、彼を見上げていた。


「トーヤ、どういうことだ? 訳を……」

「訳は、話せない」

 

 目を逸らしたまま、トーヤはそうぶっきらぼうに吐き捨てた。 


「も、もしかして貴方が故意に冒険者たちを殺しているという噂。あれが原因で? あのような根も葉もない噂、教会内では信じている者はいませんよ」

「そうですよ! 僕らは、みんなあなたの事を信じています」

「トーヤ。お前は誰よりも立派な勇者……」

「引退届をくれと言っている!!」


 奥歯をぎりりと噛み、唸った。

 その姿に何かを感じ取り、三人はおずおずと引き下がる。

 

 彼女達は、信じていたのだろう。トーヤの事を。

 彼が急成長しているから、それをよく思わない冒険者たちが、彼を貶めているだけだと。

 トーヤはムルンから授かった加護を持ち、いつの日かグーヴェから、『天地開闢の剣 アズドグリース』を取り戻す真の勇者だと。

 ずっと……。

 

 ――それが、本当に噂であれば、良かったのに。 


「こちらが、引退届です……」

「ありがとう。すまない、怒鳴ってしまって」

「いえ……」

 

 クエストカウンターにもどり、シスターはそれをトーヤに手渡した。

 受け取ったトーヤは必要な情報をすぐに書き終えて、シスターに返す。

 

 小刻みに震えながら、引きとめたいという感情で、シスターの深い緑色の瞳が揺れた。

 トーヤは、それを見ないふりをして、ぐっとカウンターの奥へと書類を押し込んだ。


「ムルン神様へ、加護を返す祈りを捧げていただきます……。礼拝堂へと、お進みください」

「ああ……」


 教会の奥では、司祭がいつもよりも心持ち固い表情で立っていた。


「勇者よ、汝はここへどのような用向きで参ったのだ?」

「ムルン神様に、加護をお返しするために参りました」

「良かろう。ムルン神の像の前で跪くがよい」 


 トーヤが跪き、ややあって天から光が降り、その光は彼の加護の印があるのであろう足首周辺へと集まる。さわさわと触れる様にその場所の上で波打った後、それはふわりと消えさった。


「汝の加護はなくなった。これよりは、勇者ではなくただの人として、ムルン神様への祈りと感謝を忘れず、生きてゆくがよい」

「はい」

 

 神父の、噛み殺したような声に応えるトーヤ。

 これで、彼は勇者ではなくなった。

 僕はもう一つ気になっていたことをムルン神に訊く為に、トーヤを少し待たせる。


「なんだっていうんだ……? もう、俺に用はないはずだろ」

「僕は、ムルン神の声を聴くことができるんだ。トーヤさんの仮説『天地開闢の剣 アズドグリース』が、本当に人の心や気持ちを改竄できるものなのか、知りたくないか?」

「ムルン神の、声が聴こえる……?」

 

 彼は半信半疑といった様子だったが、どうやら待ってくれるようだった。彼は、三人とともに、長椅子に座る。

 僕らが規格外であるということを十分分かった上で、ありえないことではないかも……という思いがあったのかもしれない。

 

 僕がエミに支えられてムルン像の前に立つと、司祭が僕に言葉を投げかける。

 

「勇者よ、汝はここへどのような用向きで参ったのだ?」

「回復とムルン神様に祈りを捧げに」

「良かろう。ムルン神の像の前でひざまずくがよい」


 とりあえず、いつものように横になった。


『――さきほど、一人我の加護を捨て、勇者でなくなった若者がいるが、お主の仕業か?』


 光りが降り注いで、ムルン神は少しだけ固い声で僕に問い掛ける。


 彼はグーヴェと結託し、冒険者をダンジョンの中で次々に葬っていったのです。僕は、彼のそのやり方を看過できなかった。ですから彼には、勇者を辞めてもらいました。


『……そうか。そういうことならば仕方ない。人の命が作為的に消えることほど、恐ろしいことはないからな。ところで、今日はどういった事を聞きに来たのだ?』


 『天地開闢の剣 アズドグリース』についてお聞きしたいのです。

 この剣が、一体どのような力を持つのか。それは……、彼が求めるような物だったのか。


『……ほう? どのような推測をしていたのかは知らないが、まあお主たちがこの剣の力を知り、使ったところで己を滅ぼすだけだ。教えてやろう』


 己を滅ぼす……?

 

 その不穏な言葉に、僕はごくりと喉を鳴らした。

 一呼吸置いて、ムルン神が話し始めた。


『あの剣は、その名の通り天と地を開く力がある。すなわちそれは、星の創造だ』


 ……この世界に住む者たちの、記憶や心を改竄するわけではないのですね?


『なるほど、そう考えていたのだな。そのようなスケールの小さな話ではない。星の始まりには、記憶を改竄する対象もいないしな』


 トーヤの考えは……、外れていたのか。

 その世界とは、僕らのいるこの星とは全く別のものということですか?


『別ではない。この星が最初に還るのだ。ずっと昔、何億年も前の状態に。お主たちが生まれるかどうかも分からぬ状態までな。まあ、そう言った意味では改竄と言えなくはないが』


 僕らが、生まれるずっと前の状態に戻る……。


 ならば、グーヴェが、この剣を使わなかったのはなぜなのですか?

 彼は、この世界の人間を滅ぼしたいのですよね? 


『滅ぼしたいなどと、あの愚弟は本心では思っていない。なんだかんだと人が好きなのだ。我の方が人に愛されているのをねたむほどに。まあ、気持ちを自分に向かせたいと、ダンジョンを生成し、その中で人をいたぶり殺すなど、その愛情は歪んではいるがな。あの剣を使い世界を真っさらにしたところで、愚弟にとっては何の意味もなかった。だからあれをダシにして、我やお前達をもてあそぶのだろう』  

 

 弄ぶ……。それは分かるかもしれない。

 彼は、ダンジョンで出会った時、もちろん僕らを殺す気でいただろうが、それはどうやら本来ではあり得ない力を持っているからだった。

 他の冒険者たちは適当にあしらって楽しんで、ほとんどは無事に帰しているのだ。

 90前後のダンジョンには、決して勝てないようなモンスターを配置して、少しでも多く、勇者と為に。


 そういえばその剣を、僕らが使うことはできるのですか? 


『使う気ならば止めないが、それを使えば己さえもいなくなるぞ。それでも良いのならな。噴火や地震の続く荒涼とした大地だけの世界へもどるだけの、虚しい行為だ』

 

 それが、己を滅ぼすという意味……。 


 ムルン神は続ける。


『我々神にとっては必要なものだが、お主ら人間にとって、あの剣は価値のないものということだ。己ごと全てを消し去りたいと思う者には、有用かもしれぬがな』

 

 ありがとうございました。

 僕が聞きたいことは全て聞けました。


『ふむ。それではな。お主らがあの剣を奪い返すのを、待っているぞ』


 僕は目を開き、立ち上がる。

 

「汝らの旅に、ムルン神の加護があらんことを」

 

 いつもよりも気落ちした声で、司祭は僕にそう告げた。

 勇者を辞めると言い出したトーヤと一緒に来た僕らが、その決断と無関係だとは思ってはくれないだろう。

 だが、別段僕らに辛く当たるわけでもなく、司祭はその責務を全うした。

 

 後ろで固唾をのんで見守っていた四人を連れて、教会の外へと出る。

 

 僕は、ムルン神から聞いたことをトーヤに告げると、トーヤはショックを受け、ぽつりと「そうか」と言った。

 

 トーヤの身勝手で死んだ者たちは、もう戻らない。

 彼はこの真実を知って、自分のしていたことが無価値に人の命を散らせていただけだったのだと分かってしまっただろう。

 彼は、その命の重さに向き合いながら生きていくしかない。

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