第36話 せこいや作戦

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『おまえら――、ふざけんなぁあ!!』

 

 サラサラと儚く散っていく、元ゴーレムだったもの。前回の様に響いた声は、どこか滑稽だった。

 やたらとすっきりした気持ちになるのは、やはり昨日一度殺された恨みがどこかにあったからだろうか。


「大成功過ぎて、びっくりしたわねぇ」

「そうですね」

「こんなにあっけないんやねえ。実際やってみると、なんかちょっと可哀そうな気持ちになったけど」

 

 一方的な戦いとは得てしてこういうものだが、エミが言うと確かに……という気持ちになってしまう。

 今まで気にも留めていなかったことを彼女は言葉にするから、時折そういう見方もあるのか……と感心させられることもある。

 

 なにはともあれ、うまくいって良かった!! 本当に良かった!!

 上半身が裸にならずに済んだ僕に、心なしかまわりのメンバーもほっとしているような、していないような……。

 ありがとうハザル。


 今回見つけてしまった方法は邪道にもほどがあるが、使える手はなんだって使っていきたい。

 命を引き換えにしても倒せないであろう敵を、命を引き換えにしなくても倒せるのなら、どれだけ卑怯だろうとずるかろうと、神に罵倒されようと。


 ――命より優先されるものはないから。


 戦闘が終わり、スキルの経験値も入った。

 エミとナナノのスキル『猛獣防御力上昇モンスターディフェンスアップ』と『つむじ風』はレベルが2になった。

 

 さあお楽しみの宝箱の時間だ。

 僕とティアは二人に抱えられて、宝箱に近付いた。 

 そして……、満を持して開いた宝箱の中身は、また同じ10000ルルドだった。


「知ってた……」

 と、あからさまにがっかりした様子でエミが呟き、同様の気持ちでいた僕らもがっくりと項垂うなだれたのだった……。

  

 地上へと帰り、教会へエミとナナノ二人に運んでもらうが、完全に力の抜けてしまっている僕らを運ぶのは、本当に大変なのだろう。

 エミが途中で、「荷車とかあればもうちょっと楽なんちゃう?」と、言ったので、街でなけなしのお金で荷車を購入した。

 借金はないにしろ、本当にギリギリだったが、今後のことを考えれば買っておく方が絶対にいいと思ったからだ。

 馬車があれば更に便利だろうが、今の手持ちでは買えないので泣く泣く諦めた。


 荷車を引いて、また同じダンジョンへ。

 ここからは、完全にルーチンワークだ。


「スキルレベルが最大になるまで、何回位潜らなあかんの?」

「「『拘束バインド』」」

「おい、お前らああ! 前回はよくみょっ!!!!」

  

 アシッドゴーレム登場と同時にすでに巻き付いている『拘束バインド』。

 

「1から5まではおそらくあと数回も潜れば。それ以降は割と時間がかかるけど、このペースなら一週間もあれば恐らくいけそうだ。こんなハイペースで潜るの初めてだからな」

「ちょっと……! なんなんだマジで!! お前ら良心の呵責とかそういうのないのか? こんなハメみたいなやり方で……!!」

 

 うごうごと逃れようとするが、固く引き絞られた煌々こうこうと光る鎖は解けそうにない。


「ユウ君の友達、潜るまでに間に合うかな……?」

「無視すんな!!」

「今のスキルに関してはね。間に合わなくても、潜らせるわけにはいかないし、僕とティアのスキルさえあればなんとか勇者を辞めさせることはできるかもしれない。『火炎弓』」

「そうねえ、ただこのスキル見せつけても、私達意思がある人形みたいに自由がきかなくなっちゃうし……使わずにいたいところなのよねぇ。『火炎ファイア』」

「話をさせ――!!」


 相変わらずの火力の『スキルレベル上限突破』のスキルを、僕らはとにかく狙いだけは慎重に定めて打つ。

 キラキラと飛び散るゴーレム。


 エミ命名『いかもしれんけど、そっちだって初心者混じってるウチらに普通のボス倒させる気もないみたから、お互い様よね作戦』。

 略して『せこいや作戦』と命名されたそれは、大成功だ。


「……最後はエミさん頼りになるかもしれないですね。なにせステータス全ての桁が違いますし……」

「うーん、力づくっていうのは、好かんのやけど……。でもそれしかないんやったら、やるしかないんかなあ」

『お前らの血は、何色だぁ……!!』


 ドカーン!!

『人の皮を被った人非人!!』


 ボガーン!!

『あの、ほんとに、マジでちょっと……』


 ドパーン!!

『……外道』


 ズガーン!!

『…………』


 完全にこちらが悪役のような口ぶりで、毎回消えていくゴーレム。


 数回もやれば余裕が出てきて

「またね~!」 

 と友達かのように手を振りながら別れの挨拶をするようになるエミ。

 ……一応、生死を賭けて戦う敵なんだが。


 トーヤの目的が分かるまでは、僕らは何度もダンジョンに潜るしかなかった。

 何もせず待つよりはという気持ちもあるが、出来るだけスキルレベルを上げておくのは悪いことではないし。 

 そしてその度に少しずつ僕らへの罵倒の勢いがなくなっていくアシッドゴーレムに、なんの疑問も抱かず、一撃必殺で倒しまくって行ったのだった。



 ――そして、このせこいや作戦を始めて三日目に、大きな変化があった。

 

「「『拘束バインド』!」」

「ん……? あれ?」

 

 いつものようにぼんやりと薄青く光るその中心。

 鎖状の魔法に拘束されているのはゴーレムではなく、ゴーレムよりも二回りも三回りも小さな蜘蛛だった。

 12本の足の生えた、普通の蜘蛛と比べれば大きな蜘蛛。

 でもボスというには物足りないサイズの、「絶対お前毒持ってるだろ?」と言いたくなる、毒々しい紫色を前面に押し出した体色に、お尻には黄色と黒の縞々の模様。

 バインドによってぎっちりと捕まえられたそれはもがいているが、その内諦めたのかぴったりと動くのをやめてしまった。

 

「あれって、もしかして本来のボス……?」

「そうだね。エルブスパイダーだ」

 

 エミが指差して腑に落ちない感じの声で言った。


「あのなんか喋り方がいやらしいゴーレムは……なんでおらんの?」

「えっ、さあ?」

「もしかして、死んじゃったんですかね?」

「ええ~? 神なのにぃ?」

「「「……」」」


 ティアが発したその言葉は、恐らく僕らにとって真理に近い何かで。  

 モンスターの形で出てくる神様は、何度倒しても死ぬことはないと思っていた。実際それに近いこともグーヴェ本人が言っていたし。

 僕らがおそれを抱く上位存在で、尚且つ彼はいつだって『覚えていろ』とか『マジで酷い』とか言いながら消えていっては、またなんでもないような顔で出てきていたから。


 神様の生態など知らないので、教会に戻って一度ムルン神に聞いてみないといけない。ムルン神なら、きっと分かるはずだ……。兄弟だし。

 この敵に『スキルレベル上限突破』のついたスキルを使うまでもないので、エミとナナノに二人で狩るように言った。

 とはいえ、すでに『拘束バインド』が掛かってしまっているので、ナナノが爪で切り裂いて、あっさりと終わってしまったのだが。

 

 本来であれば、出てきた瞬間からエルブスパイダーは、天井付近に柱伝いに上って行き、柱や壁の上部を使って糸を張り巡らせ始める。エルブスパイダーはサイズがあまり大きくないが故に、とらえにくい敵だ。

 戦闘中は大体その糸の上でこちらに威嚇したり粘糸を飛ばしたりしながら、カサカサと素早く動き回る。

 時折糸を垂らして降りてくるので、その時が攻撃のチャンスだ。

 ちょっとした小技として、パーティの中に魔法使いがいると楽に終わる。粘糸に火を放つと、エルブスパイダーはピョンピョン火を避けて飛び跳ねながら、すぐに地上へと降りてくるから。

 だが、捕えにくいだけで強くはない。普通にレベル1でも倒せる。

 すでにナナノのレベルは15まで上がっているし、特に脅威となるボスでもない。

 

「うんうん、流石ナナノちゃん。『拘束バインド』なくても多分普通に勝てる感じやね? それに可愛いし……」

「……あっ、あのそれは関係ないのでは? ひゃわぁ!」


 ぐりぐりとナナノの頭を撫でて、エミは満足げに笑う。

 

「エミはまあもちろんテン君の一撃で勝てるだろうし、ナナノもレベルが上がってるからね」

「初めて会ったけど、これが本来の敵かぁ。これやったら10000ルルドでも適正かなって感じやね」

「そうですね」  

「このまま次に来た時も、グーヴェボスじゃなくて、エルブスパイダーだったら問題ないんだけどなぁ」

「せやねえ、そしたらわざわざ街に戻らんでええし……。ちょっと荷車が無駄になるけど、まあ十分役に立ってくれたし」

 

 僕らは、颯爽と宝箱を開けてダンジョンの外に出た。

 長らく忘れていた、ダンジョンを出る時に体が自由に動くという感覚。

 僕はティアと目を合わせて、うんうんと頷きあった。


「それじゃあ、このままもう一戦行こうと言いたいところなんだけど、教会へ行きたいんだ。いいかな?」

「なんで?」

「ムルン神の声を聴きに」

「??? 司祭様じゃあるまいし、そんなことできるわけないですよね?」 

 

 昨日、神の声を聴いた時に話しておけばよかった。


「それが……、どうやら僕は昨日死んだせいで、神の声が聴こえる勇者になってしまったらしいんだ」

「「「ええっ!?」」」

 

 皆が目を見開いて、混乱したように目を白黒させながら僕を見る。


「そんなことって……。じゃ、じゃあ私達も……死んで生き返ったらムルン様の声が聴こえるってことぉ?」

「いや、多分それは無理なんじゃないかな……? ムルン神の加護を持つ勇者じゃないとこんな風にはならないという話をされたから……」

「それが無理だとしても、わたしたちが聞きたいことをムルン様が答えてくれるんですか?」

「多分……。ムルン神が答えてくれることなら」


 ムルン神自体も自分の喋りたいことばかりを優先していたような気がしなくもないので、曖昧に答えるしかない。 


「メルトちゃんは今も元気にしてるかどうかとか聞けるかなあ?」


 神が元気にしているかどうか聞きたいと思う人間はそうそういないだろう。そもそも神に体調ってあるのだろうか? 謎だ。


「そんなわけだから、回復の必要はないけど、一度教会に行きたいんだ」

「なんでグーヴェボスが出てこなくなったかを聞きたいってことですね?」

「そう。兄弟だから何か知ってるかもしれない。分からなくても、話を聞けばもしかしたらなにかヒントになるようなことがあるかもしれないし」

 

 僕らは街へと帰って、教会に足を運んだ。

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