第30話 ダンジョンの最奥に潜む者 3

 ――……気付いた時には、もうティアとテン君は、血を流し倒れていた。そして、ナナノは巨大な丸い岩石の餌食に……。

 そしてエミはゴーレムの腕に捕まえられ、力なくだらりとぶら下がっていた。


「……あ………ああ……」

 

 圧倒的過ぎた。

 本当に、一瞬のできごとだった。



 ナナノは大手裏剣を地面に刺し、柱の陰からゴーレムの関節へと棒手裏剣を投げ、注意を逸らしていた。二、三投して別の柱や大手裏剣の裏へと移動を繰り返す。エミとテン君は回復後素早くその場から移動して、距離を取りながら戦っていた。

 そして、ここで形勢逆転を狙える唯一の方法である……ティアの『スキルレベル上限突破』が付いているスキル攻撃を確実に打ち込む為に、彼女は柱の陰で力を溜めていた。

 ――しかし……。

 

「は~、無駄なんだよな~」


 ティアの隠れている柱の影から、と姿を現すアシッドゴーレム。


「ッ……ヒッ!!」

「あのな、この場所は俺のフィールドだ。地上に逃げなきゃ、どこに居たって分かる。お前もあの勇者と同じ、メルトのバカみたいなスキルが乗ってるって知ってるんだよ。撃たせるわけねえだろ?」

「……!! ガハッ!!」

「ティアさんっ!!」


 ゴリゴリと音を立てながら、ティアはアシッドゴーレムの蹴りで吹っ飛び、壁へと叩きつけられた。それに不用意に近付いてしまったナナノが、丸い石を取り出し投げる、シンプルだが強力な技……『岩石投げ』を食らい、沈んだ。


「こん…な……。こんなん……ウチ、認めへん……」


 地面に刺さったままの大手裏剣を、エミは力任せに引き抜いてそれをアシッドゴーレムへと投げつける。テン君はその手裏剣の後ろから追撃を掛けるが、手裏剣は防がれ、テン君の攻撃は『剛拳』により止められ、落ちたところを踏みつけられる。

 何本かの骨の折れる音が、無情にも響く。


「……ググアゥッッ!!」


 その苦しそうな声をあげるテン君の体を蹴りあげて、猛烈なスピードでエミに近付いたアシッドゴーレムは、腕を掴んで持ち上げて、腰についているつぎはぎの巾着を引き千切ちぎって投げ捨てた。

 その袋は……、僕のいる場所とは全く別の方向。

 アシッドゴーレムの右後ろへとぽとりと落ちた。


「手こずらせるなよなあ、全く。安心しろ、四人と一匹……。しっかり殺してやる。全員一か所に集めて、俺の『強酸アシッド』で仲良く溶かしてやるよ。あの世でまた冒険できればいいなあ……? うまくいけば転生できるかもしれねぇぞぉ? ひゃはっ! ひゃははははは!」


 下卑た笑い声が響いている。

 鼓膜の奥底までビリビリと響くような、おぞましい笑い声と……そしてエミの腕がぎりぎりと締め付けられる音が。


「うっ……うう……、飴、ちゃん……」

「……!?」


 その笑い声の隙間に……聞こえた。


 アシッドゴーレムにやられて、倒れているみんな。

 その声は、恐らく僕に向けられたもの。

 息を整えて、僕は走る準備をする。

 僕が動けないと思っているアシッドゴーレムの、隙を付くしかない。


 おびえるな、すくむな。

 動けると、自分を信じろ。

 ――僕は勇者で、僕がそれをやれなければ……、結局ここで、僕らは全滅するだけだ。


「!? チッ!!」 

 

 もたれていた柱を蹴って勢いをつけて、僕はエミから引き千切られた飴ちゃんの袋へと走る。

 体が僕が走るのを嫌がるように、ビキビキと痛むが構わない。

 僕は、頭から滑り込むようにして落ちている巾着袋を取って、腕を突っ込んだ。


 ―――ドボッ。


「――……?」

「いやああああ!! ッユ……ユウ君……! ユウ君っ!! ……あっ……あ、ああ……!!!!!」


 エミがあまりに大きな声で叫ぶから、僕はエミの方を振り返る。

 僕の名前を呼んでいるはずなのに、一体どこを見ているんだろう?

 

 今度は逆方向に、エミの見ている方向へ視線をやると、血まみれの塊が壁に付いているのが見えた。



 ――あれは……、僕の――足……?



 壁からずるずると血痕けっこんを残しながら滑り、僕の下半身と思しきものが地面へと落ちる。

 持ち主はここにいるのに、なぜあんなところに足があるのだろう。


「ったく……。余計な労力使わせやがって」

 

 忌々いまいましそうに、僕を見下ろしているアシッドゴーレム。すぐに、エミの方へ向き直る。

 その後ろで……エミがへたり込んで目を見開いて泣いている。

 声を出さずに、僕をまっすぐに見つめて。

 アシッドゴーレムに握られて折れてしまっているであろう腕が、力なく下に落ちていて、痛々しい。

 けれどエミはきっと、その腕が痛くて泣いているのではないと、分かってしまう。



 ――ああ、また君を泣かせてしまった。



 君が泣くと苦しいのに、辛いのに。もう泣かせたくないと思っていたのに。

 でも涙もろい君は、僕が泣かないでくれと言ったって、泣いてしまうのだろうけど。

 

 アシッドゴーレムに見つからなくて良かった。僕のこの掌に握られた、飴ちゃん。


 エミ……、折角君が出してくれた飴ちゃんだから。

 僕はもう死ぬとしても、これを食べようと思う。

 恐らくこの飴ちゃんがどんな効果でも、僕の死はまぬかれないだろう。

 そして君は、僕らの為に泣くのだろう。


 ――君が泣いている姿を思い浮かべると、胸がずくずくと毒に侵されたように苦しい。


 透明なパリパリとした包装紙でくるまれたそれを、僕は力の入らない両腕で必死に開いて口に入れた。

 透き通った黄金こがね色で、四角すいの上部を切ったような形のその飴は、僕らの知る飴に限りなく近い、優しい風味の自然な甘み。 

 もし最初にこの飴が君から渡されていたら、そんなには驚かなかったかもしれないなあ。  


 でも、どうしてだろう?

 一戦闘に一つだけだと思っていた飴ちゃんが、今になって出ているなんて。


 ――エミ、ナナノ、ティア、テン君。もっとみんなと冒険がしたかった。

 

 ――ダメ勇者で、本当に……ごめん……。


 ――………。

 

 ――……。




「お前を殺してから他の奴らもやろうと思ってたのに、予定が狂っちまった。でもま、別にいいん……ん? ああッ!?? んだこりゃ!! 一体なんだってんだ!!?」

「ユウ……君? ……嘘?」


 驚いたアシッドゴーレムとエミの声が、耳に届いた。 


「……? えっ?」

 

 僕はぱちりと目を開く。

 痛みを感じないと思い、千切れたはずのその場所に触れてみる。


 ……ある。


 千切れたはずの下半身は繋がり、死んだはずの僕はそこに寝そべっていた。

 意識が途切れ、僕は確かに死んだ……よな?



 ――生きてる。



 だが、依然いぜんとしてエミはボロボロで、僕は……。

 ――ん?

 ……使える。

 体と魔力のバランス魔力量も……元に戻っている。

 これなら、スキルを撃てる!!


「……ユウ君!! 良かった……!! 良かったぁ!」

 

 このエミの涙は、悲しいものではないようだ。良かった、エミ。

  

「お前の弱点の場所……、やっと気付いたぞ」

「は?」

「最初は……足の裏かと思ってた……、でも違った」


 僕は剣を鞘から抜き、スキルを発動する為に力を溜める。


「撃たせるかっ!!」

「『氷結アイス』」 


 こちらへと歩み出そうとしたゴーレムの足元に、氷が張った。

 

「!? んなぁ……ぁ……っ!! !!!!」

 

 足元からバキバキと鋭い音を立ててゴーレムが凍っていく。

 巨大なゴーレムの氷像の完成だ。

 この『氷結アイス』を見たら……、僕らの知っている『氷結アイス』は児戯じぎのようなものだ。

 

「ティアちゃん!!」

「んなぁ……な、なによこれぇ……。『氷結アイス』でこんな魔力持っていかれるなんて。ほんとにエミってば……とんでもない飴ちゃんくれたわねぇ」

 

 エミの絶叫に近いその言葉を気にせず、ティアは笑いながら壁を背に座っていた。

 息は荒く辛そうではあるが、どうやら死にはしなさそうだ。


「早く撃ちなさいよぉ……。最後、決めるのは……勇者……でしょ?」

「そう、ですよ……。ユウマさん」

「ナナノちゃん!! ふ、ふた……二人とも……いぎでだぁっ!! うああーん! よがっだああああ!!」


 巨大な岩石と壁の隙間から這い出てくるナナノ。わんわん声を出しながら泣くエミ。

 二人とも生きていて、本当に、本当に……良かった……。

 

 ビギビギとティアの放ったアイスを内側から破ろうとしている音が聞こえる。

 

 ――でも、ティアの援護のおかげで、十分にスキルが発動できるまでに、力は溜まった。

 光り輝く剣を上段に構えて、僕は氷が破られる前にそれを発動させる。

 

「『袈裟けさ切り』」  

 

 本来であれば胸部に放つその技を、ゴーレムの腰から太ももに掛けて放つ。

 『火炎弓』と同様の威力ならば、えぐり切れるはずだ。



 ――そのアシッドゴーレムのに刻まれた、グーヴェの言葉が。

 


 ティアの『氷結アイス』ごと、その部分がパックリと型に開き、ゴーレムはその瞬間に跡形もなく砕けた。

 

 ちらちらと砂と氷が混ざり合って、空間一杯にその欠片たちが舞い散らばる。


『お前ら、覚えていろ……』

 

 僕らの耳に、恐らく空耳ではない声が聞こえて、やっとこの死闘が終わったのだと、逆に実感できてしまった。

  

「誰が覚えとくか!! もう二度と出てくんな、あほー!!」

「え、エミ……」


 まるで子どものような言い方で、エミはどこに向かってでもなく叫んでいるのを見て、僕らはほっとして苦笑してしまった。

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