第28話 ダンジョンの最奥に潜む者 1

 袋から出して、いつもと少し様子の違う飴ちゃんが不思議で、透かしてみる。

 半透明の飴ちゃんの中にあるこの赤いのは一体なんだろうか? ただ中心部と外側で色が違うだけなのか?


「ん~! 甘いわぁ!  でも今まで食べたことのあるどの果物とも違う味ねぇ。少し酸味を感じるし、果物っぽい感じはするんだけど。でも、何かしら……食べたことがあるような気はするんだけど」

「わたしはこんな味のもの、食べたことないですね」

「……これ、梅干しか? 大分甘いけど」

「そう! これ梅ちゃんの飴!」


 エミが正解! とばかりに袋を広げるが、なんて書いてあるのかは読めない。読めないが、どうやらそう書いてあるらしかった。言われてみれば確かに包みに描かれた柄は梅の花だった。 


「梅?」

「東彩国にある赤みがかった薄いオレンジ色の果実だよ。塩漬けにして干して食べる果物。未成熟の実は食べると毒があるから、加工して食べるらしい。オウギの受け売りだけどね」

「そっかぁ……。東彩国には梅干しもあったんやねぇ……。国はなくなったって言うてたけど、残ってる人がいるんやったら、ちょっとその人らに話聞いてみたいなぁ」

「じゃあ、トーヤにガチコンいわせ終わったら、今度僕の生まれた村に一緒に行こうか。オウギのお父さんとお母さんは、東彩国の事いろいろ知ってるはずだし」

「ユウ君の村か~。うん、ええね! いこいこ!」

 

 すっと体が光って、僕らに『弱体効果無効』と『回復 小スキュア』が掛かった。

 ……ん!? エミの飴は複合効果ありなのか!!

 また一つ、驚きの効果に巡り合えた。複合効果を持つ薬は……高いからなぁ。


 誰に何のスキルが掛かったのか、というのは本来なら分かる。

 一つ目の飴ちゃんを舐めた時ナナノの状態は『■■■■■』となっていた。初戦でナナノに掛かったスキルは『狂暴化バーサーク』だろうとティアは推測したし、僕もそうだと思った。だから、飴ちゃんのスキルは僕らに読み取ることはできないのかと考えていたのだ。

 けれど、これで確信が持てた。

 ティアも言っていたが、本来『狂暴化バーサーク』の状態になったとしても、レベル1の人間がダンジョン内部を破壊できるほどの力は出ない。元々持っている筋力の値を無視した効果になるようなことはないはずなのだ。

 だからつまり、『狂暴化バーサーク』とは似て非なるものだから、何のスキルか分からなかったのではないか。

 

 黒塗りの■が何を示すのか、僕らがまだ知らないだけなのか、それとも――。


 ……でももうエミが使わないと決めてしまった以上、出てくることはなさそうだが。


「あっ! 飴ちゃんが割れて中からなにかでてきました!」

「梅のペーストやね。うんうん、ちょっと塩みとうまみがあって美味しい~」

「そういえば、私こんな風味のソースを食べた覚えがあるわぁ」


 飴が割れて中からとろりとした梅のうまみを含んだペーストが出てくる。は~、なんだろうこの感じ……落ち着くなぁ。


「――よし、いこう」


 飴ちゃんを舐め終わった皆とうなずき合って、扉に手を触れてボスの部屋へと続く扉を開いた。



 ◇ ◇ ◇


 扉の奥に広がった空間は、四角く区切られた大広間。床は土だが、壁と天井は扉と同じように白っぽい石でできている。

 壁とは違う材質でできた柱が数本天井から伸びていて、この空間を支えている。

 扉が引き摺るような不気味な音を立てて閉まり、中央まで僕らはゆっくりと進んでいく。

 ある程度進むと奥の方が青っぽく光り、モンスターが配置される。そして、最奥部には宝箱とダンジョンの上にあるのとそっくりな石碑が鎮座している。


 僕らの正面に現れたのは……大蜘蛛……。……じゃない!?


「ふぁ~あ、やっと来たのか。このアシッドゴーレム様が、お前たちの相手をしてやろう! 光栄に思えよ。グーヴェ様に言われなければ、俺がこぉ~んな低レベルの場所に来ることはないからな」 


 ――喋った……、モンスターが。

 

 しかも今……ゴーレムって……言ったか?

 くぐもった声で、そう告げた何者かは、僕らの三倍ほどのサイズで、石の塊をいだような姿をしていた。

 ああ、これは……間違いない。


 ――グーヴェボス。


 まさか、新パーティ一発目で当たるなんて運が悪い。 


「――ユウマ、逃げるわよ」

「分かってる……。二人とも……カウント後扉に走ってくれ」

「うん」

「はい」 

「3、2、1! 走れ!!」


 小さな声で打ち合わせ、僕以外の三人は敵を背にして一目散に扉へと向かう。

 僕は……彼女達を逃がすために、ほんの少しでも足止めをしなければ。

 僕は勇者。加護があるから、少し他の冒険者よりも……死ににくいんだ。


「『読み取りリード』」


 アシッドゴーレム レベル85

 筋力 90 防御力 95 魔力 60 スピード 60

 スキル 『強酸アシッド』 『剛拳』 『岩石投げ』 『破壊』 


 『読み取りリード』を使ってみても、絶望が深まるだけだった。僕らのパーティでは普通なら絶対に勝てるはずのない相手。


 僕が走っていないことに気づいたエミが、振り返る。


「ユウ君……!? テン君! ユウ君のフォローして!」

「エミ、いいから! 行け!! テン君は三人を守れ……!」

「でもっ……!」

 

 勝算がないわけではない、僕はむしろ、ちょうどいいとさえ思っていた。

 奥の手……今まで一度も使ったことのないあれを試すのにうってつけだ。


 ――さあいくぞ、ゴーレム。


 矢をつがえ、余裕たっぷりに地響きをさせながら迫ってくるゴーレムに向けて弓を引き絞る。ここまで一度も戦ってすらいないんだから、魔力は十分。

 弓へと注ぎ込まれる魔力、その光りはうねりながら矢の先へと集まり、そして炎の形を形成する。

 さあ、もっと近づいてこいゴーレム。お前の弱点は知っているぞ。伊達だてに教会に通い詰めて、武器やモンスターの本を読み漁っていない。 

 

「『火炎弓かえんきゅう』」


 僕の腕から放たれた矢は、僕が普段放つ『火炎弓かえんきゅう』の数倍の炎に包みこまれていた。

 自分自身さえも飲み込みかねないほどの、圧倒的な――それ。


 ゴウッ! と空気だけでなく僕らをも震わせる音を立てて、それはゴーレムを射抜き、その背後の壁上部へと刺さってから燃え尽きた。

 撃ち出しの際に、ほぼ満タンだったはずの魔力が、空になるほど僕の中から持っていかれた。そして、更に僕の上半身の服をすべて持って行っただけでなく、弓もその衝撃に耐えられず粉々に砕け散ってしまった。

 ああ……この弓は、父から貰った弓だったのに……。今まで、よく頑張ってくれた。ありがとう。


 ゴーレムを狙うなら、頭。頭にはゴーレムの中枢ともいえるグーヴェの言葉が刻まれており、それを無効化しない限りゴーレムは何度でも甦る。有名な話だ。 


「……はっ……はは……、嘘だろ?」


 決着は一瞬。

 頭を狙ったつもりだったが、まさか……これほどまでの威力とは思わなかった。

 ゴーレムの上半身がごっそりと抜け落ち、下半身だけがその力を物語るようにえぐれた状態で焦げていた。 


 力が抜け、座り込んだ僕の元へと、エミたちが駆けつけてきた。


「す、すご、すぎないですか? これ……」

「これが、『スキルレベル上限突破』の力ってこと?」

「想像を遥かに超える威力だった。僕の中にある魔力、ごっそり持っていかれたよ……。もう魔法は一つも打てない。でも……勝てて本当に良かった」

「ユウ君……、もうっ!! もうっ!! 無茶して!! こういうの、ホンマにやめて! 次こんな自分だけ犠牲になるようなことしたら、はっ倒すで!!」

 

 エミが僕に対して本気で怒ってくる。ボカボカと殴ってから、僕に抱き着いてきた。

 心配をさせてしまって申し訳ないが、僕はたとえ自分が死んでも、三人を生き残らせる義務がある。だから、あの場は絶対に引けなかった。

 は~……、みんな生きてて良かった。ゴーレムに勝てたことより、そっちの方が数倍嬉しい。

 そろそろと立ちあがったが、少し、ふらついている。それをエミが支えてくれた。

 魔力が一度にごっそり持っていかれるとこうなるんだよな。魔力は体と密接に関わっているから……。

 

 テン君が、ピクリと耳を動かしたかと思うと、下半身だけになってしまったゴーレムに向かってうなる。

 テン君、どうしたんだ……?

 もう、そいつは死んでる。


 ――死んでなきゃおかしい。

 

「あ~。勝てて良かったなぁ、じゃあ宝箱とスキルをゲットして、帰ろうか~! なんつって!!」

 

 ゴーレムの足から……声が聞こえる。

 

「あーあーもう少し、こっちに近付いてから気づかれないようにぶち殺してやろうと思ってたんだけどなぁ。ノルカヒョウには流石に気づかれるか~」

 

 僕らは後ずさりながら、その不気味な声を……、足から聞こえるのにそこかしこから響いているような気がするそれを、聞いていた。


 ――気分が悪い。


「いや~マジでビビった。お前らの事ちょっと見縊みくびってたわ、ごめんな。でも、お前もゴーレムの弱点なら知ってる! って思ってただろ勇者? だろ? ゴーレムの再生無効化には頭。そんな化石じみた、カビの生えた情報をさ~……本にして大事に大事に保管してくれてるんだもんなぁ、人間は。それが分かってるんだから、対策が楽だわ~」

 

 ゴキゴキと音を立てながら、再生していくゴーレム。


 ――嘘だろ……?


 誰か、誰でもいいんだ。エミでもナナノでもティアでも……誰でもいいから。

 今見てる光景を夢だと言ってくれ。

 三人だけでも逃がしたいのに、僕にはもう、戦える力が残っていないんだ。足止めする力さえ……。


 口と思しき場所をガキンガキンと楽しそうに震わせながら。 

 完全に再生したアシッドゴーレムは、僕らをニタニタと見下ろしていた。



―――――――――――――――――――――

複合効果付梅ちゃんの飴。こちらはリボ〇の『〇梅飴』です!!

中から出てく梅肉エキス入りのペーストが、旨みがあっておいしいです。酸っぱさは大分マイルド。梅の優しい甘みを感じますね。

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