第20話 魔法使いと飴ちゃん 2

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ねえ、ティアール。今日は、この前言っていたご家族の予定は、変わりないの?」

「ええ、ないわよぉ。お爺様とお婆様はお屋敷に、お父様とお母様と弟は今日はケウェ村へ行くそうよぉ。だから今日は長い間一緒にいられるわぁ」

「そうなのね。嬉しい」


 私はその日も彼女、ルーニーと一緒に森の中を散策したり、魔法の練習をしたりしていた。ルーニーはどちらかと言えば本を読むのが好きで、私は魔法を発動させるのが好きだった。だからその日も、彼女は魔法の本を読んでいて、私は杖からできるだけ大きな氷の結晶を発生させようとしていた。


「ティアール……、話があるのだけど」 

「な、なあに、ルーニー。もう少しで……ちょ、ちょっと待ってねぇ」


 私の杖の先、周りの空気から水分を取り込み、魔力と結合してキラキラと結晶化しようとしているそれ。

 大きな氷晶が綺麗にできたら、彼女にプレゼントするつもりだった。気持ちを告げることはできないしするつもりもなかったけれど、彼女の心に私が残るようなことをしたいと。

 私はもうすぐ16歳になって、隣国のとある領主の息子のところへとつぐ予定だったから、綺麗なまま思い出にして去りたかった。


「……貴女あなた、結婚するのね……?」


 ルーニーがその言葉を発した時に、私の心が揺れて、もうすぐ形になりそうだったそれは砕けてしまった。

 攻撃系の魔法は、瞬発的に魔力を放出するから、がさつな私に合っていたのか割と使えるようになっていたけれど、繊細な技術が必要な魔法に関しては、まだ全然使えなかったから、心が揺らいだ瞬間にさらさらと散っていった。

 降り散っていく、何にもなれなかった欠片かけらの向こうで、彼女は本当に哀しそうな顔で、私を見ていた。


「……ど、どこからその話を聞いたのぉ?」

「そんなことはどうだっていいでしょう? どうして、私にそれを教えてくれなかったの? 私は貴女の一番の友人だと思っていたのに、貴女は違ったの……?」

「ち、違わないわぁ、ルーニー」

「それなら! どうして……そんな大事なことを、私に教えてくれなかったのよ……? どうしてよ……」

「そ、それは……」


 ――誰よりも大切だったから、好きだったから、知られたくなかった。

 私は、ここで彼女に想いを告げていいものなのか迷った。綺麗な思い出のままでいたいという私の気持ちと、告げたいという気持ちと。はらはらと涙を流す彼女は、なにも考えず触れたくなるくらい可憐で……ぐらぐら揺れて。

 私がルーニーに腕を伸ばそうとした時、彼女の背後から甲冑かっちゅうを着た兵士が何人も出てきた。そのただならない雰囲気に、私は数歩後ずさりした。


「ル、ルーニー……? その人達は一体」

「ティアール、ありがとう。貴女が家族の予定を教えてくれたおかげで、土地を最小限の犠牲で手に入れられそうだわ。貴女を無理やり嫁がせるような酷い家族はいなくなるし、これで貴女も見知らぬ土地に行かなくて済む。ずっと、一緒にいられるわ」

「え……い、一体……何を言っているのよぉ?」

「ルーニア様、後は私たちが始末致しますので」


 彼らは、ルーニーの前に出て、私に切っ先を向けた。


「始末ですって……? どういうこと?! お父様にはティアールは生かすという約束でこの話をしたはずよ……?」

「私たちは、そのような指示はされておりません。ただ、カッセノール家の者は全て殺す様に、と。お下がりくださいルーニア様」

「……!! その指示は間違えているわ、ティアールは……」


 ごちゃごちゃと、鎧を着た人たちはルーニーと揉めているようだった。

 けれど、その兵士が呼んだその名前、ルーニアという名前には聞き覚えがあった。

 

 ――そこで初めて、私は気付いた。彼女たちの思惑おもわくに。


 そしてその瞬間から、私は魔力を杖へと込め始めた。少しずつ、少しずつ……、気づかれないように。密度の高い少量の魔力を……本当にゆっくりと。多分、今までで一番集中できたのは、あの時だった。

 草木のざわめき、雲や風の流れ、鎧を着た人達の呼吸、魔力、今の自分のできること、できないこと…全て把握できていた。後にも先にも、その時だけだったけれどね。


「……ルーニア……ルーニア・ベル・クゲニス・ドバニ? ルーニーは……偽名だったのねぇ……。私のことを、知っていて騙していたのぉ……?」

「ティアール、違うの。聞いて……? 私は……貴女を――」  

「家族のことをべらべらと喋る私は、さぞ都合が良かったでしょうねぇ……?」


 私は繊細な魔法は苦手だった。

 けれど、攻撃魔法のように、魔力をただ放出させるようなものは得意だった。

 ルーニーも、私の魔法はすごいねって、いつも褒めてくれた。

 

「待って、ティアール! 話を聞いて……!!」

「ルーニア様! お下がりくだ――」 


 魔力を溜めた杖を振り下ろし、魔力の波を起こして彼女達の足を氷で地面に縫い止めた。本当は体を全て凍らせたかったけれど、魔力が足りなかったから、足元に集中させた。スキルがあれば、もっと効率よく彼女達を始末できたかもしれないと思いながら、私は全速力でその場所から離れた。


「くっ……待て、小娘ぇ!」

「ティアール!!」

 

 振り返らず森を走り抜ける。数分走ったくらいではこの森から抜けられない。

 彼らは魔法や弓を撃ってきたけれど、できるだけ低木の間を縫うように走ったから、そのうち私を見失ったのか、ぴたりとやんだ。


 こんなにこの広い森を憎いと思ったのは初めてだった。いつだって、この森は…ルーニーと楽しく遊ぶ場所だった。

 私が12歳の頃、川べりで一人で遊んでいる時に転んで、それを見つけた彼女が私を起こしてくれたのが、彼女との出会いだった。その時から始まっていたのだとしたら、この時の為だったのだと思ったら、もう私は…消えてしまいたくなった。

 同じ魔法を二人で発動して失敗し合ったことも、森に生えていた野いちごが思っていたよりすっぱくて二人ですっぱい顔をしたことも。彼女が両親が好きじゃないと私に泣いて話してきたことも……。

 全部……全部!!

 私の家族を殺す為だったなんて……。


 ――私はあまり笑わない彼女の、笑う顔が好き


 足が絡まりそうになりながら森から抜けると、お爺様とお婆様がいるはずの屋敷からは……ごうごうと火の手が上がっていた。黒い煙がうねって、風に乗りながら広がっていくのを見て、私は立っていられなくなって、その場で崩れ落ちた。

 荒い息が立ち止まった後も止まらず、心臓を打つ音がドクドクと耳の奥で大きく、私を責める様に響いていた。


「っは……はぁ……はぁ……はぁ、あ……あああ!! あ、ああ……あああああああああ!!!!!」


 私は目を見開いて叫ぶしかなかった。

 その光景は、今でも忘れない。時々夢に見て目が覚めることもある。

 私のせいで、なんてことになってしまったんだろうって。もう、どうやったって取り返しがつかない。 


「ティアール!」

「!! ヴァ、ヴァルードォ……。なんで、ここにいるのよぉ……」

 

 馬に乗ったヴァルードが、気づくとそこにいた。足音も聞こえないくらいに絶望していたのね。彼が来なければ、私は追いかけてきたドバニ家の手の者に殺されていたと思う。私を守って頬の傷を負わせただけじゃなくて、この時も……。私はヴァルードに二度も助けられた。


「午後からカッセノール卿と会う約束があったからだよ! ちっ、あの話……本当だったとは」

「ヴァルード! 多分私を殺そうと、追手が来るわぁ……! ねえ、お願い……逃げなきゃ! 私を連れて行って!」

「そうだろうな! 乗れ! 走るぞ!!」

 

 もう気力だけで無理やり立ちあがって、私はヴァルードのところへ駆け寄った。

 彼が持っていたフードを被ってしがみついて、私はここルパーチャにきた。

 ルクスドは、数年前まではお爺様に仕えていたけれど、足を悪くして引退してここで武具店を開いていた。彼は事情を話した私を迎えてくれて、置いてくれた。


 それから偽名でパーソナルカードを作った私は、この街に来た色々なパーティに入れてもらって、ダンジョンに潜って力をつけていた。

 強くなりたかった。

 強くなって……彼女と彼女の一族やそいつらを守っている奴らをみんなみんな殺さなきゃと思っていた。もう私に残された希望は、それだけだったの。もちろん一緒にやっていかないかって言ってくれたパーティも、いくつかあった。でも、彼らのパーティに入るということは、別の場所に移動もするだろうし、復讐だって諦めないといけない。だから、この街でやっている間だけというのは譲らなかった。

 

 18歳になってお酒の味を覚えて、それでもあんな風に酒場に入り浸るなんてことはしてなかったのよ。

 私が酒場に入り浸るようになったのは――ルーニアが死んだという話が、彼女たちの領地から離れたこの場所にも伝わってきたから。

 彼女にも、婚約者がいた。でも結婚をしたくないとずっと嫁ぐのを遅らせていて、とうとう痺れを切らせた両親が無理やり嫁ぐ日を決めたのね。その前日に、彼女は死んだそうなの。

 私が手を下すこともなく彼女が死んだと聞いて、いいザマだわって思っていたのよ。残った家族たちは、私が力をつけて全員後を追いかけさせてやるわって。

 ……でもその日から、うまく魔法が出せなくなって、私はその時入っていたパーティから追い出されて、どこにも入れなくなった。


 何十回、何百回杖を振っても、魔法が出ない。今まで当たり前のように感じていた自分の魔力を、うまく感じられない。殺そうと思っていた人間が死んだだけなのに。


 魔法が出せない魔法使いなんか……、拾ってくれるパーティがあるわけない。復讐する相手はまだ一杯残っているのに、その一番近道だった手段がなくなったのよ。魔法を使えない私が、どうやって彼らを殺せるというの……?


 ――そして私は、お酒に逃げたの。

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