第17話 冬のもみじ



「ルノ、いったいどういうことか、説明しなさい」


 僕らは今リビングにいる。

 面子は、父さんにルノ、チコと僕の四人である。


 ヴァスカルカの家から帰宅した僕は、ルノにいろいろ話すため彼女を探した。

 その時丁度、リビングにいたルノを父さんが捕まえたところで、僕ら三人はそのままここで父さんの話を聞くことになったのだ。

 当然夕食はおあずけである。


「え、や、その……。ノアを元気付けたくて、ちょこっと拝借しちゃったとゆうか……」


 いつもと違う父さんの雰囲気に、視線を向けられているルノだけでなく、僕とチコも身体を強ばらせていた。


「動機は良い。だがな、ルノ。宝物庫への立ち入りは禁止だと言った。忘れてはいないだろう」


「はい……」


 長いネコ耳をしゅんと垂らし、尻尾も太腿で挟まれていた。

 こんなにしおらしいルノを未だかつて見たことがあるだろうか。


「立ち入り禁止ということは、中の物に触れるな。そういうことだ。それを無断で持ち出し使うとはな」


「ごめんなさい……」


 いつになく父さんの怒り方が真剣だった。

 ルノも最初は軽く怒られて、ドレスのことを褒めてもらえると思っていたのだろう。当てが外れた戸惑いはすぐに、自分の行動への後悔と反省に変わったようだった。


「お前が使った生地や、モンスターの毛は、売れば莫大な金になる。それらはな、この領地に万が一訪れるかもしれん有事の際のために取っておいたものだ」


「うう……」


 ぽろぽろと大粒の涙がルノの両目から落ちる。

 それでも彼女は、泣き声をあげないよう、必至に堪えていた。


「お父様、本当っ、ごめ……なさい。ごめん、なさ、ひっく……」


 毛糸のニットの袖で涙を何度も拭いながら、ルノはそれでも父さんから目を逸らさずに謝り続けた。


 そんなルノをじっと見つめていた父さんの雰囲気が少し和らいだ。


「ルノ」

「……はい」

「作った物を見せてみなさい」

「わかりました……」


 ルノは、いつものように空間に裂け目を産み出した。

 この魔法が、空間魔法で間違いないと僕は思っている。


 六百年前に残されたアーシュレインの忠告を無視することになるけど、今までこの面子の前では使っていた魔法だし、それこそ今この場で空間魔法を使うなとは言える雰囲気じゃなかった。


 空間の裂け目から、ルノがマネキンに着せたままのドレスを次々と取り出す。


「え、七着も……?」

 驚いた僕はつい口にだしてしまった。


「多いな。身長別か? それにしては同じくらいの丈のものが二点ずつあるな。説明しなさい」


「ノアのと、私のぶん……。お揃いで着たかったから……」


 僕とルノのドレスは黒ベースに差し色が白と、同じ配色なのだけど、カチューシャを飾るフェイクフラワーが、僕の物が赤なのに対し、ルノのは光沢のある青だった。


 ふむ。と頷いた父さんが僕を見た。

 そういえば僕、ルノが怒られる原因になったドレスにウィッグを身につけたままだったんだ。


「ノアの髪の毛は、狐のモンスターの毛を使ったのだな。これは一点のみか?」

「はい、一つだけ、です。その代わり私のはカチューシャだけです」

「ノアの目が紫なのも、宝物庫の物を使ったのか?」

「ううん、それは私の光魔法です」


 そうか、と父さんは言い、僕を真剣な目つきで見た。

 正確には、僕の身につけている物を、だけど。


「ルノの動機、ノアを助けたいという気持ちに免じて、ノアの分のドレス四点と、ウィッグだけは許そう」

「えっ」


 ルノの表情が少しだけ晴れた。

 でも父さんは、そんなルノを牽制するみたいに「ただし」と付け加える。


「お前の分のドレス四点は、公国か王都でオークションにかける。先にも伝えたが、これら素材から得られたであろう金は、この領地のために使うものだからだ。わかったな」


「はい! ありがとう、お父様!」


 けれど、ルノは父さんの下した結論に一切の不満がないみたいに、涙の伝った跡のある頬を父さんの服におしつけながら、抱きついた。


「あと、一つ大事な事をお前達二人に伝えておく。チコも聞いておいてくれ」

 父さんの発言にチコは頷きで返していた。


「このウィッグの素材元、狐のモンスターは、東方で〝化生〟《九尾》と言われていたそうだ。彼女は自分の素材としての値打ちを知っていた。死んだ後も、自分の死体を無駄にするなと、自らに魔法をかけ、腐らぬ身体となって私にその身を預けてくれたのだ」


 父さんの話しぶりからして、父さんと狐の関係性が少しばかり窺い知れた。


 自らの死を悟り、その身を預ける相手に父さんを選ぶ。

 それだけで狐の父さんへの信頼が伝わる。


 その事に気が付いたのは、当然僕だけではないようで。


「ううう……、九尾さんがお父様とそんな間柄だったのに……、本当にごめんなさい……」


 父さんの腰に抱きついたルノが、また泣き出す。


「売れば莫大な金になるとは言ったがな。実は九尾を売るつもりは毛頭ないのだ。それに、九尾も自分の素材を金に換えられるより、私の子供に使われたほうが喜んでいるだろう。だから、そのことについては構わない」


 そこまで言った父さんは僕を見て、


「ノア、そのウィッグは決して無くさないよう気をつけてくれ」

「わかりました」


 僕は頷くと、父さんは僕の、今は銀色の髪を撫でた。


「驚くほど、手触りがきめ細かく滑らかで……気持ちが良いな」

「そう思います」

 笑顔で言った父さんにつられて、僕も笑って返した。


「九尾はこちらでは〝Sランク〟に相当するモンスターだ。そういったモンスターの素材は、何らかの特殊能力を持つことが多いと聞く。

 ノア、お前が良ければだが、時々でいいからそのウィッグを身につけ、ルノとチコと共に〝装具アイテム〟としてウィッグに何らかの能力があるか検証してみてくれ」


「わ、わかりました」


 父さんの後ろに控えていたチコの尻尾が揺れるのを僕は見た。

 ああ、これで変装させることの大義名分を二人が手にしたことになるのか……。


「それでチコ。ノアが帰って来る前に話していた、使用素材分の代金をお前が支払う件だが」


「はい」

 チコの表情は変わらないままだけど、両の手はスカートをぎゅっと握り締めていた。


「当然だが、受け付けない。お前の言い分も分かるが、これはルノと私の責任だ。よってお前は不問とする。いいな」


「かしこまりました、ご主人様」


 チコへ頷いた父さんは、次ぎにもう一度、腰元にいるルノを見下ろす。


「さて、ルノ」

「はい」

「お仕置きだ」


「え?」


 戸惑い、見上げるルノに対して、父さんは不敵な笑みを浮かべた。


「作った物のことは不問にしたが、お前の罪を許した覚えはない」


 父さんの言葉に、ルノは引きつった笑みを張り付けたまま、顔を真っ青にした。


「ま、まさか……カーライル家に代々伝わる〝お仕置き〟……?」

「そうだとも。私も幼少の頃、何度やられたことか」


 満面の笑みで言う父さんは、ある意味怒っていたときより怖いかもしれない。


「それだけはイヤあぁぁぁぁ!」


 逃げだそうとするルノ。

 父さんが手を上げる。

 即座に反応したチコが、ルノを拘束する。


「チコっ、チコおぉぉ! 離してっ、お願いだからぁぁ! お仕置きだけは、それだけはイヤあぁぁぁ!」


「申し訳ございません、ルノ様。ご主人様の命は絶対ですので」


 無表情のままルノを抱えたチコが、父さんの方へ。


 父さんは、ソファーに腰かけると、ルノを抱き受け、腹ばいにさせて膝に乗せた。


「ノアとチコは、そこからルノを見ていなさい。わかったね」


「はい」

「かしこまりました」

 僕らにお尻を向けてじたばた足掻くルノを、父さんは片腕だけで逃すことなく拘束する。


「お父様、私、わたしっ、お嫁にいけなくなっちゃうから!」

「大丈夫だ。私の妹たちは全員これを受けても結婚できた」

「そゆ問題じゃなくってぇ!」


 尚も暴れるルノのスカートを父さんは捲り上げ、さらに、何の躊躇いもなくパンツを膝までずり降ろした。


「ぎゃああああ!」


「お尻丸見えだね」

「はい。丸見えですね」


「み、見るなしぃぃぃ!」


 今からルノが何をされるのかがわかった僕は、ある意味ほっとしながら〝お仕置き〟を見学しようと気楽に構えることができた。だから軽口だって叩ける。


「動いたら肛門丸見えになるよ」


「こっ!? こ、こここここっ、こうっ……ここ、こう……って言うなぁ!? ていうか見ないでお願いしますぅぅぅ!」


 悪い夢を見た朝の鶏みたいにルノが喚く。

 喚きながらも尻尾で例の穴を隠すくらいの機転はきくようで、それがまた笑えた。


「見ますよ。ご主人様の命令ですので」

「右に同じく」


 僕が言った瞬間、パーンという小気味よい音が、広いリビングに響いた。


「ひうぅぅぅ!」


 なるほど。

 叩かれる痛みだけで反省を促すのではなく、その無様な姿を近しい物に見せしめることによって、後悔と、皆への警告も同時に促すということか。


 パーン。

「ひにゃぁぁ!」


 カーライル家伝来のお仕置き……恐ろしい。


 パーン。

「いやぁぁぁ!」


 なんてことを考えていると、またルノ尻が打たれる。


「いたぁぁい!」

「ぎゃぁぁぁ!」

「にぎゃぁぁ!」

「いだぁぁぁ!」

「ふにゃぁぁ!」

「ゆるしてぇ!」

「もうだめぇ!」



 きっちり十度、ルノは尻を叩かれた。


 そして僕は気が付く。

 このお仕置きの一番の恐ろしさに。


 それは、先に挙げたことよりも、肉体的苦痛という意味においては群を抜いている。


「寸分の狂いもなく、同じ箇所を十回も叩けるんだ……」

「ええ、ネルザール様でこその技でございましょう」


 チコの言葉を最後に、皆が口を噤み、お仕置きの余韻に浸っていた。

 ルノはぐったりとしているだけだろうけども。お尻丸出しで。


 暖炉の薪が、ぱちんっと一際大きな音を立てて爆ぜた。

 今ルノはどんな顔をしているのだろうか。暖炉に聞いてみたい。


「もう冬だな」

 父さんが言う。


「そうですね」

 チコが応える。


「冬なのにもみじが綺麗です」

 僕も言う


「イタイデス」

 ルノが泣く。


 冬の訪れを告げたのは、ルノの小さな尻に落ちた季節外れで特大な一葉のもみじ。


 ルノを除く三人が、その滑稽さに気付き、微笑みあう。



 この家らしいなという感想を抱きつつ、

 僕らはこうしてまた、冬を迎える。






 ~to be continued~


********************


るの「何なん……」


のあ「これにて五歳編終わりです」


るの「節目でこれって何なん……。せめてお金取りたい。あ、評価とかブクマとか評価とか感想とか評価とかあわよくばレビューとかおひねり代わりにくれてもよくってよ」


のあ「肛門で稼ごうとしない」


るの「せめてお尻って言おう!?」

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