第13話 ルノルーシュVSチェコート



「くくっ……、ふふふ……、あは、あははははは」


 窓の向こう。

 薄気味悪い紫がかった暗い空に、稲光が奔る。

 刹那の閃光が、高笑いをする少女の影を壁に映し出す。


「ついに完成した……!」


 少女は満足そうに手を後ろで組み、散らかった室内をゆっくりと歩く。


 彼女の前には、子供から大人の背丈までのマネキン四体がずらり並べられていた。

 四体のマネキンには、前世でゴシックロリータと言われていたデザインのドレスが、身長別で着せられている。


 前世でこのような格好は〝コスプレ〟と言われる事が多いが、この世界に置いては当てはまらない。

 少女がデザインしたドレスは、この世界では〝ゴシック〟などではなく、先鋭的とすら言える。


 ドレスの生地は一目で高価だとわかる布が惜し気もなく使われている。

 緻密さの極みといった装飾は、ドレスの全体デザインと相まって、貴婦人方の目に止まれば奪い合いは必至だろう。もしオークションにかければ値段は予想すら付かない。


 決して下品にはならず、かといって質素すぎず、上品にしてどこか妖艶さを感じさせる改心の作品だった。


 そして一番の自信作である銀髪のストレートロングウィッグは、着用者の成長に合わせて大きさと長さを変えられる仕様である。


 使用した毛束の価値は、ドレスに使った生地の比では無い。制作者の少女ですら知らないその値打ちは、今回使用した量だけでこの屋敷くらいなら優に建てられてしまうほどなのだ。


 黒基調で差し色に白を用いたドレスに対し、銀髪のウィッグにはカチューシャが備え付けられており、ワインレッドのフェイクフラワーとリボンが妖しさと可憐さを演出する。


「にえ……、にえはどこ……?」


 落雷の轟音が室内に響き渡る。


 少女が贄を求めて外へ赴こうと向かった扉が、ひとりでに開く。

 誰かがこの部屋へ侵入してきたのだ。


「ルノ、空き部屋で雷鳴らして何してんの。窓の外の靄もなに。せっかく良い天気なのにもったいないっていうか精霊の無駄遣いしすぎだろ……」


 来訪者の言葉をまるっと聞き流した少女の眼がくわっと見開かれ、同い年くらいの黒髪の来訪者へ襲いかかった。


「にえぇぇぇ!!」

「ひえぇぇぇ!?」



 ※



 前日のことである。


 昏倒し、目覚めたノアが吐いた後の事だ。


「まるで、自分じゃなくなったみたいで……」


 そう言ったノアの顔色は優れなかった。

 あれだけ吐いたのだから当然といえば当然なのだろうが、ルノにはそれだけが理由でないことが分っていた。


 状況から察するに、原因は短刀で間違いないだろう。

 短刀がノアの前世の記憶とリンクし、トラウマと結び着けたのだとルノは考えた。




 一晩明けて今朝。ノアはまだ気分が良くなかったのか、朝食を珍しく残していた。

 出された物は残さず食べるノアだからこそ(ルノもだが)余計に心配だった。


 なんとかしたい。

 ノアの助けになりたい。


「そうだ。本当に自分じゃなくなったみたいな体験をすれば、気が紛れるかも……」

「え、なに?」


 不穏なことを呟くルノに、朝食の席から立とうとしていたノアが、ぎょっとして向き直る。


「あ、ううん。何でもないよ。ノアはまだ調子悪そうだし、お部屋でお休み?」

「いや、庭で剣でも振ってるよ。よければ父さん、後でまた相手してもらえますか?」


 口元をナプキンで拭っていた父が、隣にいたチコを見る。


「本日は十の鐘刻より狩人の皆様方と霊泉の森への探索業務がございます」


 探索業務とは領内にモンスターや人の驚異になる獣がいないかを探す仕事であり、カーライル領が平和なのは一重にこの業務に携わる人材の優秀さを物語っていた。


「む、今日だったか。ということだノア、すまんな」


 いえ、とノアが返事をする。


 ふむむ。お父様はいない。ノアは庭で練習。チコは具合の悪そうなノアの近くにいると予想。


「よし、決めた!」

 あ、口にでちゃった。ま、いいや。とルノは即座に思考を切り替える。


 皆の視線がルノに集まる。


「今日は私もやりたいことあるから、珍しく皆別行動だね!」

「ルノは何するの? よかったら剣の練習一緒にどうかなって思ったんだけど」


「うぐっ……。ノアと組んずほぐれつ……」


 ルノの心は揺れた。


「いや……、剣でどうやって組んずほぐれつするんだよ……」


 都合の悪いことは聞こえないルノは、未だかつてない程の葛藤の最中である。


「う~……、うぐぐぐ、うぅぅぅ、うあああ! ……はぁはぁ。私には、それでも、やらなくちゃ、いけないこと、が、あるんだ!」


 言い切った。

 断腸の思いで言い切れたのだ。

 もしかすると血涙が出ているかもしれないと思ったけれど、気のせいだった。


 ノアの助けになりたい一心で、なんとか誘惑を断ち切れたこを誇りに思う。


「そ、そっか。頑張ってね」


 頑張ってね、がんばってね、がんばってね……。

 ノアの声を反芻する。


「うん、まかせて、私頑張るから」


 凜々しい顔をしたルノは席を立ち、ダイニングを後にした。



 ※



「チコ、ルノが何かやらかさないか、一応気を配っておいてくれないか」


「ですが旦那様、ノア様のお体がまだ優れないご様子……」


「確かにそうだな……、ふむ、やはりノアを――」


「父さん、僕なら大丈夫なので……」



 ルノが、ノアの誘いを断ることなどこれまでになかった。

 彼女の胸が突然膨らむ程の異常事態なのである。


 故に、全員が警戒した。


 当のルノは、自分が退席した後の会話など、知る由も無かった。



 ※



「次から次にアイデアが湧き出てくる。やばい、絶好調すぎてやばい」


 ルノは父から貰った黒鉛グラファイトを細い円柱状に加工し、自作した六角の木材に埋め込んだ所謂〝鉛筆〟を、亜麻紙に走らせる。


 扉が二回ノックされるが、ルノは気が付かない。

 僅かに扉が開いた隙間からチコが声をかけてようやくルノはそちらを見た。


「入って入って」

「失礼いたします。ルノ様は何をされておられるのでしょうか」

「作りたいお洋服のイメージを描き出してるの。見てみて、意見聞かせてくれたら嬉しい」


 ルノから手渡された何枚もの紙をチコは手に取る。

 紙には様々なデザイン画が描かれていた。


「これはっ! か、可愛い……」


 数年前までは無表情なことが多かったチコも、最近では表情豊かになってきており、ルノの絵を見て目を丸くした。


「でしょでしょっ」

「しかもモデルは、ノア様ですね。そっくりで驚きました」


「うん、ノアの為のお洋服なんだ」

「これは是非着て頂きたいですね。ですがノア様は……」


「そう、そこも問題なんだよ。ノアはスカート穿かないからなぁ。でもま、それよりも難問があってね」


「難問とは何です?」

 チコが首を傾げる。


「素材の調達だよ。デザインはこれとこれ、あとこの三つまでに絞ったから、この中から一つを作るとして……。でもね、どれも中途半端な素材で作りたくはないから、相応の生地や材料が欲しいんだ。特にこのウィッグを作るための物は、前に一度見せてもらったアレを使ってみたくって」


 チコが返してきた三枚のデザイン画を、鉛筆で指しながらルノは言う。

 言いながらチコを見る目は、鋭いものだった。


 チコはチコで、ルノの言わんとする意味を理解した。


「なるほど。となると、〝邪魔者〟はこの〝私〟ということになりますね」


「さすがだね、チコ」


 ルノとチコ、二人が同時に立ち上がる。


「悪いんだけど、しばらく拘束させてもらうから」


「私とて、ノア様がこの服を着たところを見たいと心の底から思います。むしろ私の手でお着替えをさせていただければ、幸せでどうにかなってしまうかもわかりません。ですが」


 言葉を切ったチコが、扉の前でルノを振り返ると、立ち居姿を正す。


「私の主はネルザール様でございます。ご主人様の意向により、宝物庫へは何人たりとも入れさせる訳にはまいりません」


「うん、わかってるよ。だから」


 ルノも立ちながら、魔法での攻め手を組み立てる。


「私たちは、戦うしかない」

「そう、ですね」


 睨み合う二人は、武器を取り出す。


 ルノは空間に出現させた裂け目から木剣を。

 チコは背中に回した両手で二振りの片刃の刃を抜き、峰をルノへ向ける。


 ルノはチコがどこから武器を取り出したのかわからなかった。

 おそらくスカートの中に仕込んでいたのだろうけれど、と願望を交えた想像だけしておく。


「へえ、忍刀みたいな武器だね。鍔はないみたいだけど」

「シノビガタナ……というものは存じ上げませんが、私が一番慣れ親しんだ愛刀を持ってお相手させていただきます。もちろん、刃は向けませんのでご安心を」


 チコは短刀を両手に、エプロンドレスを少し持ち上げお辞儀をする。


「では、参ります」

「絶対に負けないから」


 微笑んだチコの姿が左右にぶれた。


 ルノは熟練冒険者であったというチコのスピードを目で追うことは出来ないと瞬時に判断。


 魔力展開。

 魔力結界として運用。

 範囲は、半径一メートルのドーム状。

 同時に氷の精霊たちに魔力供給。魔力結界の外、全方位に配置。

 自分にも氷の精霊による耐性強化の付与バフを。


 どこから攻めてきても、この方法なら全方位死角なしだから!


 それでも油断なくルノは気配を探る。


 その時、ルノの足元に魔方陣が現れた。


「えっ!?」


「刀を見せたからといって、接近戦をしかけるとは限りません」


 背後の声にルノは振り返る。

 そこには、スクロールを床に押し当て、魔術を起動させたチコの姿が。


「まさか私相手に遠距離で来るとは思わなかったよ」

「裏をかかせていただきました」


 ルノは上体を捻って後方を見ることしかできなかった。

 なぜなら、チコの起動させたスクロールは、土属性魔法の《羈束の蔦アイビーバインド》の効果を持つ。足元から膝までを蔦で絡め取られ、拘束されてしまったからだ。


「でもっ!」


 魔力結界の範囲を瞬時に部屋一杯までに拡張する。

 魔力消費は激しいが背に腹は代えられない。


 これでもう逃さない!


 チコがどれほど速く動こうとも、室内に居る限り魔力の干渉によってルノは彼女の現在位置を把握できる。


「無限の氷鏡、汝の幽囚は幾許か久遠か。選べ! 許しか抗いか! 氷柱の牢獄アイシクルカンファインメント!」


 ドカカカッ、と氷柱がチコの衣服を縫い付ける。

 念のため、以前ノアがしたように、チコの体を氷の拘束具で固定させた。


「くっ……、お見事でございます、ルノ様」


 チコの讃辞にも、ルノの表情は浮かない。


「手加減したでしょう」

「はて。何のことでございましょう。それを言うのなら、ルノ様こそわざと詠唱をなされたり、拘束部分が凍傷にならぬよう魔法を付与して下さったりしていらっしゃいます」


「詠唱あったほうがかっこいいじゃん」

「そうですね。文言はご自分で考えられたのですか?」

「うん」

「それは素晴らしい」


 チコにどれだけ褒められたとしても、ルノは素直に喜べなかった。


「やっぱり私相手じゃ、立場的にも本気で戦ってもらえないの……?」

「とんでもございません。私ごときがルノ様のお相手をするとなれば、本気を出さねば数秒と保ちません」


「じゃあなんで? チコなら詠唱の内容から察して回避だってできたでしょう!?」


 悔しかった。

 訳も分らず手を抜かれたことが、ルノには耐えられなかった。

 確かに目的を果たすためには、こんなところで足止めされている訳にはいかない。


 けれど、大切な人が、大好きなチコが、自分のことを雇い主の娘だからといって手を抜いていたのだとしたら、これほど悲しいことはない。


「なんでよ……」


 ルノはここまで言って、初めてチコを見る。

 天井に氷柱で張り付けられたチコを。


「なぜでしょうね」


 無表情で言うチコは、ルノから視線をそらせた。


 ルノは、ここでも自分をきちんと見てくれないのかと怒鳴りそうになったのを、思いとどまる。

 チコの視線の意味に気が付いたからだ。


「そうゆう、こと」


「さて、何のことでしょうか」


 ルノは背後を振り返り、床にチコが置いたスクロールを炎の魔法で燃やす。

 蔦はそのまま床の上で枯れた。

 拘束が解けると、床に散らばったデザイン画を拾い集める。


「一つだけ教えて。チコが答えられないようなことは訊かないから、お願い」


 何も言わないチコに、ルノは三枚のデザイン画を天井に向かって順番に広げる。

 自分が一番気に入っていたものを、最後に見せた。


「ノアにどれを着せたい?」

「三枚目のものです」


「だよね!」


 言ったノアは笑顔を弾けさせた。


「これは私の独り言だけど~。チコはやっぱ私の友達で同士だ! じゃあ行ってくる!」

「私はルノ様を止めることに失敗しましたので、何も言えません」


「ふふ、そうだね」


 言いながら、ノアは扉を勢いよく開けて出て行く。

 二人のお気に入りが一致したデザイン画を握り締めて。



 ※



 ご主人様には私から謝るとして……。

 ルノ様が使ってしまわれたものの代金は、私の貯蓄から支払わせて頂かねば。


 ここまで思考してから、チコは致命的なことに気が付く。


「ああ、失敗だ。ルノ様に物の質を見分ける目はあっても、それの使用を自制できる精神をお持ちでは……無い。さらに言えば、金銭感覚など……皆無」


 宝物庫にある一番高価なものの金額を思い出す。


「まずい。王都に屋敷を四、五軒建てられる金額なんて、私には払えない……」


 けれど、チコは思い出す。


 ルノとノアの部屋の扉を何度ノックしても、ルノはぶつぶつと独り言を言い、こちらに気が付かなかった。

 その時彼女はこう言った。


 ノアを助けるんだ、と。


 チコには、ルノがどのような手段を用いてノアを助けようとしているのかなど見当も付かない。

 あの可愛いドレスの絵が、その手段となり得るのだろうと予想はすれど、それがどのようにノアに作用するのかがわからないのだ。


 それでもルノは、ノアを助けることを第一に動いていた。

 今はもちろんのこと、五年前からずっと、ずっと、ルノがノアのことを一番に想っていたことをチコは知っていた。


「覚悟を決めよう。私もこの結果を見てみたいのだから」


 それに、と、チコは口に出さず、心の中だけで呟く。


 あのドレスを着たノア様も見てみたい。

 あわよくばドレスを自分の手で着せてみたい……、と。


 チコは、自分がノアを着せ替える姿を想像して身震いする。


「ああ……たまらない……」


 二人が幼かった頃。

 毎日がきらきらと輝いていた。


 なぜなら、おむつを変えることが義務付けられていたのだから。


 チコは生まれたばかりのルノの世話をするうちに、自分の性癖を知った。


 そう、私は、可愛い女の子を着せ替えるのが……好き。

 好きで好きでしようがないのだ……。


 また、身体が震えた。


 でもその震えは、狂おしい妄想によるものではなかった。


「おトイレに、行ってから……ノックをするべきだった……」


 天井の上で、チコは太腿を擦り合わせて身悶えた。






 ~to be continued~


********************


るの「天井の上のチコ 2」


のあ「言うとおもった。でもそんなことより……、ああ、チコまでも……か」


るの「なにその〝までも〟って」


のあ「なんでもないです」


るの「はっきり言おう? どんだけ可愛くても身体は女の子でも、心は男の子なんでしょ?」


のあ「ルノだけじゃなくチコも〝ヘンタイ〟だったんだなーって」


るの「……ノアの素直さが憎い」


********************


【ステータス】

名前:チェコート

種族:人狼族ウォルア

性別:女性

年齢:19歳(子竜歴619年現在(ノア5歳))

職業:冒険者(斥候)⇒使用人

特徴:巨乳、オッドアイ

趣味:可愛い女の子を着せ替えること

希望:またおむつを替えたい

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