第2話 1月20日のこと



 安倍政権に対する近隣諸国の対応を下ネタで語ろうとするのには無理がある、と言ってゲラゲラ笑う吉川と、下ネタといっても苦労してるんだぜ、と言い訳しながらゲラゲラ笑う俺が、しばらくの間ふたり子供のように笑い転げて、「おなかの皮がよじれるー!」と腹を押さえて泣き叫ぶ吉川に、「じゃあ、ちんちんの皮はどうだ。よじれるのかよ!」と、俺がまた下ネタをかぶせて笑い倒すそのゲラゲラ笑いも、最後にはヒーヒーひき笑いになって消えてしまうと、部屋の中は笑う前よりも静まりかえってしまって、お互い妙にはしゃぎすぎた後の倦怠感も手伝ってか、変に気まずい雰囲気に包まれ、正直なにをどう始めたらよいのかさえ分からないでいると、突然、吉川が不安げに、


「ところで、おれ、しんちゃんちへ来てからずっと誰かに見られているようなんだけど……」


と言ったのである。




 あーあ、やっぱり、わかったのか……というのが、俺の気持ちである。


 俺は、吉川が気づかなければ、それには触れるつもりはなかったのだ。


 知って、彼が得をするものではないし、俺が得をすることでもない。むしろ、知ったことにより、吉川は憂鬱になり、俺はもっと憂鬱になるかもしれないのだ。だから、言いたくはないのだが、妙というか変というか、異常というか馬鹿げたというか、阿呆くさいというか馬鹿らしいというか、とにかく普通でなく、うこんと書いてあるのをうんことしか読み取れなくなるような、そうして善悪で判断すれば絶対悪でしかないだろう“あいつ”の醸し出す、あいつらしさ感がそこかしこに漂っている限り、吉川が気づくのは当然の成り行きだったのだ。




「そうか、わかったか。……あいつがお前のことを見ているんだよ!」


 俺が、そう言うや否や、吉川は、上体を右、左へと何度も反転させながらおびえた声で言ったのである。


「だれだよ~~~? あいつ、って……」




「性格のねじまがった野郎だ」俺は言ってやった。


「じゃあ、隣の爺さんかい?」


「ばか! 爺さんは背骨がまがってるんだ! じゃなくって、もっと強欲で、勝手に棲みついて、とにかく他人に迷惑をかける野郎だよ」


「だったら、ホテルの前で逃げられた光浦似の、しんちゃんの昔の彼女だ!」


「違うって! それは逃げられたんじゃなくって、俺が逃げたの。っていうか、彼女なんかじゃない!」


「へー! 彼氏?」


「っていうか、一回どつくぞ! お前、あいつの正体知りたくないのか?」


「もちろん知りたいさ。教えてよ!」


「じゃあ、教えてやる。あいつは人間じゃない。鳥だ!」




 俺が、鳥であると言うや、吉川は部屋の天井をすばやく見上げた。


 そうして欄間の透かし彫りの隙間から顔を覗かせているあいつを見つけたのだ。


「しんちゃん、あいつってボウボウ鳥のことかい?」




「ボウボウ鳥じゃない。あれは渡り鳥だから、こんなところにいるはずがない」


「だったら、オロオロ鳥だ?」




 俺は、裏庭にやってくるへんてこな鳥について、以前、吉川に話したことがあるのだった。


 彼は、その時の鳥の名前を挙げている。




「オロオロ鳥は気が小さい鳥だから睨んだりしない。むしろお前に驚いて部屋中あっちこっち走り回ってたろうよ」


「じゃあ、あいつって、なんて鳥なんだよ~?」泣き出しそうな声で言う。




 俺は、あまり口に出したくはない名前だったのでわざとボソボソとつぶやくように言ったのを、勘違いした吉川は、


「え、九官鳥なの?」と言って立ち上がり欄間の隙間から覗き見るあいつに近づいて、「きゅ~ちゃん?」とか「お、は、よ、う!」とかやりだしたのである。




「おい、吉川! あんまり近づくなよ。そいつの頭のてっぺんから、長い、白い毛が生えてるだろう?」


「うん。生えてる、生えてる」


「そいつ興奮してくると、一定のリズムを刻んで頭を回しやがるんだ。その白い、長い毛が、鞭のようにしなって、危なくってしかたがない!」


「ケガするのかい?」


「いんや。ケガはしないだろうが、さきっちょに毒でもついてりゃ、かなわんからな。ほいでよ、吉川。そいつに言葉なんか教えても、無理だ! バカだからな」


「でも、キュウカンチョウは人間の言葉を真似してしゃべれるんだろう?」


「確かに。キュウカンチョウはしゃべれるだろうが、そいつはキュウカンチョウではなくってチュウカンチョウだ。だから常識やあたりまえのことが理解できないらしい」




「え、なに? どういうこと?」


と吉川は、俺が言ったことが理解できないらしくうろたえている。


 俺は、自分の滑舌の悪さを棚に上げ、


「お前は日本人だろう! しっかりしろ!」


と吉川を叱責してから、朝刊に挟んであった織り込みチラシの中から、裏が白地であるパチンコ屋のチラシを一枚抜き出した。




「いいか、吉川。キュウカンチョウってのはこう書くんだったな」


と、チラシの裏に九官鳥と書いてから、


「こいつはチュウカンチョウだ。いいか、こう書くんだよ」


と言って、今度は大きめの字で中韓鳥と書いてやった。




「中韓鳥(tyuukann-tyou)?」


「そうだ、吉川。チュウカンチョウだ! おれんちを占領しやがった!」




 俺は、本棚から、


『21世紀に日本国で繁殖する恐れのある害鳥図録2013』(民明書房)を取り出して、極悪害鳥の分類欄から中韓鳥を検索し、そのページを拡げて吉川に言った。




「現在、竹島では繁殖していることが確認されているらしい。ほら、ここみろよ」


「竹島って、島根県だね」


「そうだ。そうして、最近では沖縄の尖閣諸島へも複数の固体が日夜飛来しているらしいんだとよ」


 中韓鳥の全身の写真の下に分布図があって、日本列島の西の端と南の端に、赤い印が描いてあった。




「じゃあ、なぜ、こんなところにいるんだよ?」と吉川は不安げに言うが、


「んなこと知らねえ~よ」俺だって不安なのである。




 考えてみりゃ、いつの間にかへんな鳥が棲みついて、夜な夜な眠っている俺の髪の毛は抜きやがるし、メシ食っているときにはわざと茶碗めがけて糞はたれるし、大声で鳴きやがるし、日本製品はことごとくクチバシで突いて壊しやがるし、ほんと、泣きたいほど心細いのだ。




「なんだか混沌としてきたね」と吉川が俺を慰めるように言う。


「ああ、大きな変革期が来ているのかもしれない」と俺は応える。




「じゃあ、どうしたらいいんだよ。しんちゃん」


「とにかく、いままでの日本じゃ、ダメだってことだ」


「どういうこと?」


「つまり、こういうことだ!」




 俺は、すばやく壁際へ転がって、そこに置いてあったゴキジェットを手に取ると、それを「吉川! 受け取れ!」と投げると、


「それを噴射して、あいつを欄間から追い出してくれ! 俺はこれで一発食らわしてやる!」


と、新聞紙をぎゅっと棒のように両手で丸めた。よっしゃ!


 


 シュー!!!!!




 吉川は的確にゴキジェットを噴射した。




 その攻撃に飛び出してきた中韓鳥を、


「舐めやがって! 一回ケツの穴から指突っ込んでクチバシコリコリいわしたるわい!」 


と、俺は渾身の力で棒のように丸めた新聞を振り回した……。




 バシッ!




 こら待て! 待ちやがれ!




 バシッ!




 痛い! わ、ごめん!




 ドリャ! ぎゃ! プゥ~!




 ゲッ! くっせ~!





                            (了)




ボウボウ鳥(boubou-dori) と オロオロ鳥(orooro-tyou)については、『ポケットの中の、25個の掌編小説』をご覧ください!


って、いうか、めっちゃ短いことやし、以下にカトちゃんペッ! しときます。




「ギェ~ッ!!!」




それは明らかに悲鳴だった。




しかも、女性の……。




ただ、すこぶる汚い声である。




最初は、放っておこうと思った。




しかし、やっぱり確かめてみたい……。




縁側に出て、庭を見渡すと――。




ああ……やっぱり、あいつか。




キンモクセイの木の枝に、一羽のボウボウ鳥がとまっていた。




私の顔を見ると、




「ケケケケケッ」




と笑いやがった。




まったく虫唾(むしず)の走る奴である。




なぜ、ボウボウ鳥というのかは知らない。




が、時々拡げる羽の付け根と股の間に、




白くて長い羽毛が生えている。




しかも、異常なほどボウボウと……。




一見、カササギのように見えるが、実はボウボウ鳥だ。




頭はザビエルのように地頭なのに、アソコには毛がボウボウ――。






そんなヘンな奴が庭に棲み付いては困るのだ。




追っ払おうと、縁石の庭下駄をつっかけたのだが……。




片足が、うまく履けずにオットット――。




よろついて、石灯籠にガッシャ~ン!




「ケケケケケッ」




また、笑いやがった。




同時に、石灯籠の陰から新たに一羽の鳥が飛び出した。




こっちも驚いたが、相手は相当驚いたのだろう。




右に行ったり、左に行ったり、右往左往している。




目的意識のないままに、ただ走っているようだ。




何かから逃げているのだろうが、気が動顚しているらしく、




石灯籠や私などは、まったく眼中にないらしい。




悲壮感漂う表情で、もう私の前を二度ばかり駆け抜けた。




つまり、こいつはオロオロ鳥だ。




気の小さい、心配性の鳥で、ちょっとのことでパニックになってしまう。




また、妙な奴が隠れていやがった。




しかし、こいつは落ち着けば、自分が飛べることを思い出して、




きっと去って行くのだろう。






まあ、とにかく奇妙な鳥が増えたものだ。




人間だって、おかしいのが増えてきてるのだから、




鳥だってそうなのだろう。








「ギョギョギョギョギャッ~!」




あ、またヘンなのが飛んできやがった!




                              (了)























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