第44話 炎の雨
【首都高速道路都心環状線】
巨大な金属音が響き渡った。
甲冑の五感は、使いこなすことができるならば人間をはるかに上回る。故にサモスのコノンには聞き取れていた。遠方、右側より聞こえてくる戦闘音を。甲冑が存在しないはずのこの世界で、甲冑同士の戦闘が生起している!!
更に彼は、後方より急接近してくる気配に気付いた。手ぶりで部下たちを制止。警戒を促す。今まで来た道、高速道路の向こうには―――いない?
次の瞬間、空が陰った。不意打ちを回避できたのは、コノンの経験あればこそだろう。
攻撃は、空中から来た。
真上をすれ違っていく、刃。強烈なそれは、コノンが振り上げた槍に激突して火花を散らす。
振り返ったコノンは、見た。首都高の路面を滑っていく12メートルの紅を。地面効果を利用し、蒸気圧でわずかに浮遊したそいつは勢いそのままに百メートル近い間合いを取ったのである。
槍を構え、マントを翻したその巨体にコノンは見覚えがあった。
「―――何故ここに」
地獄谷の決戦で魔法王陛下にあと一歩まで迫った敵手。恐るべき騎士だった。多勢を相手にして互角に戦い、どころかあの戦場から無事逃げおおせたのだから。
こちらも槍を構え直す。手勢が前に出る。高まっていく緊張の中、敵手は声を張り上げた。
「鈍色の甲冑の騎士よ。よくぞ我が一撃をかわしたな!
サモスのコノン殿とお見受けするが、いかに!」
驚くべきことに、聞こえてきたのは女の声だった。それもまだ、若い。にもかかわらずあの甲冑を操っているということは、卓越した魔力と剣才を持っているに違いない。
コノンは、安堵している自分に気が付いた。この異郷において、理解の範疇にある存在が立ちふさがったのだから。
故にコノンは答えを返した。
「いかにも!我はサモスのコノン。貴殿とは地獄谷でお会いしたと記憶しているが。いかがか!!」
「やはりあの時の騎士は貴殿だったか。地獄谷では不覚を取ったが、此度はそうはいかぬぞ!
我が名はイーディア。大河の恵みを受けし者にして、流水騎士団団長バルザックの娘。
父の仇、討たせてもらう!!」
「よかろう。我が首、取れるものならば取ってみるがよい!!」
その言葉が合図となった。双方の陣営が前進する。強靭なはずの高架がたわむ。
コノンが踏み込むのと、紅の甲冑が蒸気を吹き出したのは同時。
強烈な攻撃が、真正面から激突した。
◇
【錦町河岸交差点南】
「もう保たないぞ!!」
誰かが叫んだ。
首都高の高架を盾にしていた泥人形部隊は追い詰められつつあった。盾となるべき高架自体がもはや半壊していたからである。耐えられてあと数回。この防壁なくして、戦力に勝る敵勢に対抗できるはずがない。
引くべきか。
部隊を率いる歩兵の長が撤退の算段を考え始めたときだった。こちらに来てから行動を共にしている現地の兵士。鉄帽を被り緑のまだらに色分けされた衣をまとう男が、なにやら手にした機器へ怒鳴っているのを見咎めたのは。
「どうした!?」
『支援射撃が来る!もう少しだけ足止めしろ!』
機器より聞こえてきたのは女の声だった。意図を理解した―――理解できる言語だった―――長は即座に命令を下す。
「壁を建てろ!」
後方の歩兵たちが命令に応え、部隊の装備の機能を解放した。
すなわち、ここまで運んできた
火が、灯った。
それは最初小さく、しかし刹那の間に火柱となり、そして左右へと広がっていく。
壁であった。
高さ20メートル、幅100メートルにも及ぶ防壁は、敵勢の眼前。崩壊しつつある高架の下に交差する、これまた巨大な橋のこちら側へとそそり立つに至った。
されど、これも時間稼ぎに過ぎない。敵、甲冑がすらりと抜いたのは破魔の文字を刻まれた剣だったから。
斬撃が、炎を易々と切り裂いた。急速に失われていく火勢。それを踏み越えようとして、甲冑はふと、動きを止めた。まるで何かを見上げるように。
「『伏せろ!!』」
鉄帽の兵士の叫びと機器の声が重なりあう。意図を理解した長は部下たちへ同じ事を叫ぶと、自らそれを実行した。
直後。
炎の雨が、降ってきた。
大気を切り裂きながら落下してきたのは火矢、なのだろう。目にも止まらぬ速度で降り注ぎ、命中と同時に爆発し、強烈な衝撃と破壊力を撒き散らすものを火矢と呼ぶのであれば。
たちまちのうちに敵勢の巨体を炎と煙が飲み込み、姿が覆い隠される。
永遠とも思える時間、それは続いたかに思えた。実際には刹那の時間を経て長が目にしたのは破壊し尽くされた橋と、半ば埋まって身動きとれなくなった甲冑たちの姿である。
M270多連装ロケットシステム。MLRSと呼ばれる、地球の兵器の威力だった。
「なんて奴だ…!!」
鉄帽の男の驚嘆。それは、これほどの火力に曝された甲冑が無傷な事への驚きから来るものだったが、しかし歩兵の長もまた驚嘆していた。地球の遠距離兵器の精度と威力、そして射程に。恐らく、何十キロメートルという長距離を隔てて投射されたに違いない!!これと比較すれば自分達の投射兵器は玩具同然だ。
呆然としていたのはほんの一瞬。長は、命令を下した。
「今だ!かかれ!!」
この時点で生き残っていた衝角が動く。それは、足場を破壊されて身動きのとれぬ敵勢へと襲い掛かった。
◇
―――強い。
攻撃を受け止めながら、イーディアは考える。
敵は多勢にして精強。まともに戦っていては勝てぬ。
敵の一撃に後退。斧を受け止める。左から回り込もうとする敵に石突きを喰らわせる。たちまちのうちに高架の端へと追い詰められる。十数メートル下はアスファルトの路面。
問題ない。
跳躍。蒸気を噴射。高架の向こうにそそり立つオリエンタルビルへと回転しながら着地する。
紅の甲冑は、壁面に直立していた。高所を取ったイーディア。そこから敵勢の頭上へ襲いかかろうとして。
巨大な質量が、体ごとぶつかってきた。
イーディアがそれに対処できたのは二度目だったからだろう。
ビルの壁面を駆け降りてきたのは、山猫。仮面を付けられ、絡み合った枝葉からなるそいつは恐るべき身軽さでイーディアに襲い掛かったのである。咄嗟に振り返り、攻撃を受け止めた彼女。
ぶつかり合う両者は、大地へ落下していった。
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