第18話 帰還
火山とは、山ではない。
意外な話ではあるが、火山という分類の中に山という地形のものがあるのであって、その逆ではないのだった。そもそも地殻の中にあったマグマが何らかの形で地表に噴出することで生まれる特徴的な地形こそが火山である。カルデラのような窪んだ地形も、それがマグマの噴出によって形成されたのであれば火山に含まれるのだ。
とはいえ、時にその噴出物は堆積する。それが繰り返されれば、やがては山を形成するであろう。
ここにそびえたつのも、そのような経緯を経て生まれた成層火山だった。
建国神話の舞台でもあるその山は、近隣の地形の中でも際立った威容を放っている。それも当然で、この山は一帯の火山を支配する精霊たちの王とでも呼ぶべき存在が鎮座している霊山なのだ。魔法によって支えられたこの世界において、霊地の確保は何にも増して重要視される。都市の発展は、霊地によって決まるといっても過言ではない。
だから、そこに広がる都市。図書館の国、と現地の言葉で呼び習わされて来た国家の王都もまた、壮麗なものである。
山の麓に位置する石造りの古城を起点として広がる城下町は区画整理され、舗装された大通りには石と
豊かな都市であることは明白だった。
今、この都市に足りないものはただ一つ。平穏である。
1600年の歴史を誇る王都は、戦火に巻き込まれようとしていた。
◇
慌ただしい。
それが、王都を見ての
少数の供を連れての行動である。わたしの帰還はまだ秘密だから、こっそりと、だが。例の甲冑は都市の外回りで移動させていた。
整備された大通り。石が敷き詰められたその左右には立派な公衆浴場(ちなみに温泉である)や劇場、巨大な図書館が立ち並び、アーチ型の巨大な門や様々な彫刻が外来者を出迎えてくれる。往時ならばそこは各地から来た人々で賑わいを見せているはずだったが、しかし今は戦時である。大通りを行くのは、槍を持ち戦衣をまとう兵士や、背負子に物資を満載した泥人形などなど。辺境より引き抜かれてきた騎士団だということが、彼らの紋より見て取れた。今はよそへの防備を手薄にしてでも戦力を集中せねばならぬ時なのだ。富裕な市民は脱出したか、あるいは武器を手に取り市民軍に参加しているだろう。経済活動も大幅に縮小しているはずだった。この損失は測り知れまい。
裏路地に目をやってみても、ほとんど人気は見られない。女子供は家に閉じこもり、迫る猛威が通り過ぎるのをただ待つのみのはずだ。悲しい光景だが、それを何とかするためにわたしは戻ってきたのだ。
一通り現状を把握したわたしは、命じた。
「行こう」
◇
「ようやっと、帰って参りました」
セラの言葉に、
前方にて開いて行くのは巨大な城門。1600年もの間増改築が繰り返された城の現在の姿である。石垣と城壁で防御され、起伏にとんだ内部構造を備えるこの広大な建造物は、現在でも軍事施設としての性格を有している。されど、どちらかと言えば一国の首都の行政機関。そして王の住居としての性質の方が強い。
その裏口より帰還したわたしたちは、髭面の男によって出迎えられた。
「おお。ヒルダ!よくぞ生きて戻ったものだ」
「叔父上!」
抱き合って再会を喜ぶわたしたち。知った顔である。ヒルダの叔父。現在のこの城の最高責任者だった。忙しいだろうに、よくぞ出迎えてくれたものだ。
城内を見回せば、どこも慌ただしい。敵勢が迫りつつあるのだから当然だが。
「聞いたぞ。派手に活躍したようだな」
「叔父上のおかげです。ネズミは随分と役に立ちました」
「おお。そうか。奴には褒美をやらねばならんな。
―――これが、敵陣から強奪してきたという甲冑か」
わたしたちの傍らに付き従っている漆黒の巨体を見上げ、叔父は顔を綻ばせた。
今これを操縦しているのはイーディアである。彼女は操縦者としては驚異的な能力を発揮し、行軍期間を大幅に短縮するのに貢献していた。さすがは魔法に長けた
「ええ。今は一領でも多くの甲冑がいるかと思い、持ち帰ってきました」
「ははは。大したものだよ、そなたは。
さて。積る話はたくさんあるが、まずは旅の疲れを癒せ。わずかばかりだがまだ猶予はある」
「はい。実を言うともう、へとへとです」
わたしたちは、笑いあった。
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