第14話 魔王の策略

 市場に着いたところでおれは道端を見て言った。


「あれ。髪飾りを買った男だ。一癖ある感じだったが、忠犬っていう感じでもなかった」


「そう」


 カリーナはおれの言葉に軽く頷くとさっさと商品を並べている男の前に行った。


「わぁ、綺麗なアクセサリーがいっぱい」


 布の上に置かれた商品にカリーナが目を輝かせながら見入る。

 演技が上手い上に外見だけは非常に良いカリーナは、可愛らしい商品に惹かれた可愛らしいお客となっていた。


「お嬢ちゃん可愛いね。安くするから一つどうだい?」


「え~いいの?あれもこれも欲しくて迷っちゃう」


 普段なら決して口にしない口調で笑顔を振りまくカリーナ。その姿におれは苦笑いをしながら近づいた。


「おい、おい。どれか一つにしてくれよ」


 おれの声に男が顔を上げて笑った。


「おや、さっきの兄ちゃんじゃないか。また来てくれたのかい?」


 おれが肩をすくめて答える。


「さっき買った髪飾りをあげたら、もっと欲しいってワガママ言われてさ。こうして、また来たんだ」


「だって、こんなに綺麗なのよ。全部欲しい」


「あのなぁ」


「それに、こんな綺麗なアクセサリーを身につけていたら、王太子様が街の視察に来たときに目にとまるかもしれないし」


 おれは何を言い出すんだと思いながら呆れ顔を作った。


「そんな夢物語あるわけないだろ」


「でも、女の子たちの間では第一王子が結婚相手を探しているって噂だもん」


 カリーナの言葉に男が笑顔で入ってくる。


「そうなのかい?でも、この国の第一王子は結婚するには若いんじゃないかい?確か、成人したばかりだろ?」


 男の言葉にカリーナが小首を傾げて思い出すように言った。


「なんか王様が急病とかで、早く王位を譲りたいから結婚か婚約しないといけないとか、なんとかって友達が言っていたわ」


「その友達はなんで、そんなことを知っているんだい?」


「その子のお姉さんはお城に勤めているの。すごいでしょ?」


 まるで自分のことのように自慢するカリーナに男は微笑んだ。


「そりゃあ凄いね。じゃあ王様は今、南へ療養に行っているのかい?」


「うん、そう聞いているわ。でも、その子のお姉さん、王様が南に行っている間は家に帰ってくるのに今回は帰ってきてないのよね」


「へぇ」


 男の相槌を聞きながらカリーナは視線を商品に移した。


「どれがいいかな?どれなら王太子様の目にとまるかな?」


 カリーナが夢見る少女のようにウキウキと商品を選ぶ。そんなカリーナに男がおれを見ながら言った。


「でも、お嬢ちゃん。彼氏はいいのかい?」


 おれは苦笑いを浮かべてカリーナを指差した。


「こいつとは従兄弟なんだ」


 兄妹というには、おれとカリーナは似ていなさすぎる。だからと言って友達が装飾品をプレゼントするには違和感がある。ここは従兄弟というぐらいが妥当だろうと判断して、そういう設定にした。


 おれの設定に納得したのか男は頷きながら言った。


「そうなのか。そういえば、どことなく似ているもんな」


 その言葉におれは思わず顔が引きつった。この冷徹な魔王と似ているところなど一片もあってほしくない。


 そんなおれの心の叫びなど無視して、男がカリーナに声をかけた。


「そんなに迷うなら、とっておきのを出してやろう」


 そう言うと、男は袋から緑の宝石と絹布で飾られたブローチを取り出した。


「これならどうだい?お嬢ちゃんの目と同じ色をしていて綺麗だろ」


「素敵!これがいい!」


 喜びにあふれたカリーナの笑顔に男が満足そうに笑う。

 笑顔で頷き合う二人におれは少し困ったように言った。


「それ高いんじゃないか?」


 これでも一応、王位継承権を持っているため仕送りは十分あり、お金には不自由していない。

 だが、ここは平民が買い物をする市場だ。そして、おれとカリーナは平民のちょっといいところ育ち風を装っている。あまり高額な買い物をしては怪しまれる。


 だが、男は気前良く言い切った。


「さっきの髪飾りと同じ値段でいいよ」


「え?」


 これには、さすがに驚いたが、男はカリーナにウインクをしながら言った。


「可愛いお嬢ちゃんにおじちゃんからのサービスだ」


「わぁ、ありがとう!」


 満面の笑顔のカリーナに押し切られ、おれは疑いながらもさっきの髪飾りと同じ値段を男に払った。

 もしかして宝石が偽物かと思い、ブローチを手にとって見たが本物に見える。上質とまではいかないが、そこそこの宝石を使用している。

 そう考えると、やはり髪飾りと同じ値段というのは格段に安い。


「まいどあり」


 訝しむおれと上機嫌のカリーナは男の威勢のいい声に見送られた。


 おれたちは人混みに紛れ、男の姿が見えなくなったところでカリーナが声をかけてきた。


「次はどこ?」


 先ほどまでの上機嫌と可愛らしい笑顔ははどこにいったのか、カリーナが一気にいつもの調子に戻っている。


「まだ、やるのか?」


「一応、全員見ておきたいから」


「これ、結構疲れるんだよな」


 台本無しでカリーナの芝居に付き合うのは意外と神経を使う。いつ何を言い出すか、まったく予想がつかないからだ。


「いいから。早くしないと日が暮れるわよ」


「はい、はい」


 おれは商品を買った人を建物の影から見せてまわった。

 その中でカリーナは興味がある人間にだけ声をかけて商品を買っていった。もちろん、あの噂も話しながら。


 こうしてカリーナ……いや、冷徹な魔王は下準備を整えていった。

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