第10話 悪魔改め、魔王降臨

 カリーナの怒りを目の当たりにして、河童は震えながらも日干しにされないために精一杯知恵を絞って発言した。


「お……おいらを故郷に返してくれたら、お礼するっす」


「お礼って何?」


「おいらの生き血は万病に効くって人間たちが言っていたっす。たくさんは無理っすが少しなら、おいらの血をあげるっす」


 河童の提案にカリーナが腕を組んで頷いた。


「仕方ないわね。それで手をうつわ。レンツォ、港に行って大和国行きの船がないか聞いてきて」


「それはいいが、河童は船に乗れないだろ。乗ったら大騒ぎだぞ」


「別に乗らなくても船の後ろをついていけば大和国に着くわ」


「わかった。聞いてくる」


 おれはそう言って港に向かって早足で歩きながら、ほくそ笑んだ。


「まったく、素直じゃないな」


 カリーナは人魚がいなかったことに怒っていたものの、心のどこかでは河童の心配をしていたようだ。でなければ、こんなにすぐに解決案は出てこないだろう。


 おれは港で聞き込みをしたが大和国行きの船は見つからなかった。

 大和国はここ数十年、他国との交流を絶っているため、そこまで行く船がないのだ。おれは近くの国まで行く船を聞いてカリーナたちがいるところまで帰った。


 そして、そこで見たものは……


「おい!生きているか!?」


 哀れにも瀕死寸前まで血を抜かれた河童の姿だった。


 おれは慌てて回復魔法をかけたが、河童がまともに話せるようになったのは好物のきゅうりを数十本食べてからだった。


「いやぁ、三途の川を初めて見たっす。死にかけると本当に見えるんっすね」


「死にかけたって明るく言うことじゃないだろ。しかも三途の川って何だ?」


「この世とあの世、つまり生者の世界と死者の世界を分けている川っす。川の向こう岸に死んだじいちゃんと、ばあちゃんがいたから間違いないっす」


 軽く笑いながら言う河童は死にかけたことで性格も変わったらしい。いや、血が薄くなったため頭に栄養が回っていないだけかもしれない。


 そして、おれは改めておのれの甘さを認識した。カリーナは河童の心配はしていなかった。断じてしていなかった。


 何故ならカリーナは河童から血を抜き取れるだけ抜き取ると、どこから出してきたのか怪しげな機材をテーブルの上に並べて血の成分を調べていたのだ。


 瀕死寸前の河童は放置して。


 もう、これは悪魔どころではない。魔王だ。天使の外見をした冷徹な魔王がここにいる。


 そんな冷徹な魔王……いや、カリーナが機材から目を離さずにおれに聞いてきた。


「で、大和国行きの船はあった?」


「なかったが、隣国に行く船はあった。そこから東に向かって泳げば大和国に辿り着くだろ」


 河童がきゅうりを食べながら訊ねてきた。


「東ってどこっすか?」


「東は太陽が昇ってくる方角のことだ。季節によって太陽が昇てくる角度が多少は東からズレるが、隣国まで行けばだいたい東の方角に向かって泳げば大和国に着く」


「わかったっす!」


 そう言って立ち上がり今にも泳ぎだそうとする河童をおれが止める。


「待て、待て。最後まで話を聞けって。一応、船からはぐれたときのことを考えて、もう一つの帰り方を教えとくから」


「どんな方法っすか!?」


「とにかく泳げ。ただし海岸沿いをだ。大陸が左手側に見えるように泳ぐんだ。そのうち冷たい海流とぶつかる。そうしたら大陸を背にして東に向かって泳ぐんだ。ただ、この方法は大陸に沿って泳ぐから大和国に着くまで、かなり時間がかかる。船とはぐれた時の非常時用の方法だからな」


「……左手側ってどっちっすか?」


 河童が両手を見て戸惑う。


 おれは自分の髪を束ねている紐を外して河童の左手首に結び付けた。


「こっちが左手だ。この手がある方に大陸が見えるように泳いだらいい」


「ありがとうっす!」


「大和国の隣国へ行く船は三連の白い帆があって、船体が赤く塗られている。かなり大きいし目立つから、すぐに分かると思う」


「わかったっす!ありがとうっす!」


 そう言って河童は嬉しそうに手を振りながら海に飛び込んだ。


「随分と優しいのね」


 その声におれが振り返ると、カリーナが河童の血をフラスコに入れて怪しげな薬品と混ぜ合わせていた。


「何が?」


 おれの質問にカリーナはフラスコから目を離すことなく答えた。


「河童にあげた紐。あれ師匠さんから貰った水の精霊の加護付き紐でしょ?」


「あぁ。大和国は遠いから、お守りだ。それに誰かさんが血を抜きまくったからな。お詫びもかねて」


「あら、これは故郷へ帰る手伝いの正当な対価よ」


「いや、明らかに取りすぎだろ。ぼったくりだ」


 おれはカリーナの足元に転がっている巨大なビンを指差した。


 これだけ血を抜かれてよく死ななかったものだと思う。と、いうか、どこに隠し持っていたんだ、こんな巨大なビン。


「人魚の鱗が手に入らなかったんだから、これぐらい当然よ。もう、ここは日差しが強いわね」


 カリーナは文句を言いながら立ち上がると足元に魔法陣が現れた。


「このまま帰るつもりか!?」


 テーブルから巨大なビンまで包み込んで魔法陣が光りだす。


「片付けるのが面倒なんだもん。このまま帰って続きをした方が楽だし。レンツォは帰らないの?」


「帰る」


 おれが魔法陣の中に足を踏み入れると景色が一転した。


 眼前に広がっていた海は見慣れた庭となり、強かった日差しは空を覆う木々により木漏れ日となっている。


「じゃ、私は続きをするから」


 再びイスに座ったカリーナにおれは手を振った。


「おう。おれは家に帰るわ。じゃあな」


 そうして、おれは無事に家に帰ることが出来た。ちなみに河童も無事に故郷に帰れたようだ。


 それは数ヵ月後に届いた一つの荷物で判明する。


 荷物はさほど大きくない木箱だったが、中には東方の珍しい山菜や薬草が入っていた。差出人は河童となっており、無事に故郷に帰れた礼のつもりらしい。意外と律儀なヤツだ。


 ただ、どうやって宛先不明でおれのところまで届いたのか、という大いなる謎が残ったが。



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