第5話 夜更かしは美容の敵

 カウンターに突っ伏したまま動かないおれを放置してカリーナがマスターと会話を再開した。


 そこにドガドガと無遠慮な足音が近づいてきた。


「おう、そこの嬢ちゃん。傭兵を探しているなら。俺たちがなってやるぜ」


 おれが傍目からは分からない程度に顔を上げて視線だけで声の主を確認すると、酒場に入ったときにいたガラの悪い連中だった。


 声をかけられたカリーナは、ガラの悪い連中に見向きもせずにマスターに言った。


「後ろにいるような口だけのような奴はいらないから」


「なんだと!?」


 ガラの悪い連中がいきり立つ。


 カリーナがうつ伏せているおれの頭を軽く叩いた。


「あとよろしく」


 おれはうつ伏せたまま顔だけをカリーナの方へ向けて言った。


「このためにおれを連れてきたのかよ」


「そうよ」


 当然のようにおれを見るカリーナ。なんで他人の喧嘩をおれが買わないといけないのか。いや、そもそも。


「あんたらも、こんな五歳児の安い挑発にのるなよ」


 おれのため息混じりの声にガラの悪い連中が吠える。


「ガキが舐めたこと言ってるんじゃねーぞ!」


「おまえから先にしめてやる!」


 ガラの悪い連中がテーブルとカウンターに挟まれた狭い場所で武器を手に持つ。


 おれは椅子から立ち上がると丁度ドアの近くにいたウエイトレスに声をかけた。


「おねぇーさん、そこのドア開けて」


 おれの言葉にガラの悪い連中が武器を下げる。


「おう、外でやろうっていうのか?いいぜ」


「助けを呼ぼうとしても無駄だぞ」


 ガラの悪い連中の的外れな言葉におれはため息を吐いた。


「そんなわけないだろ」


 おれが言い終わると同時にガラの悪い連中の体がテーブルの上を飛び、そのままドアから外へ投げ出された。


「動くのが面倒だから開けてもらったんだ」


 おれはウエイトレスにドアを閉めるようにジスチャーをして再びカウンター席に座った。


 するとカリーナが楽しそうに顔を覗き込んできた。


「今の魔力を感じなかったけど、どういう魔法?」


 おれはカリーナの前で右手をブラブラさせながら説明した。


「今のは魔法じゃない、体術だ。あんな連中に魔法を使うなんて魔力が勿体ないだろ」


「なーんだ」


 カリーナはつまらなさそうに視線をおれからマスターに向けた。


 おい、おい。自分から聞いといて、その態度はないんじゃないか?


 軽く凹んだおれは自分を慰めるようにオレンジジュースを飲んだ。


 カリーナはいつの間にかマスターとの話を終わらしていたらしく、オレンジジュースを一気飲みして椅子から飛び降りた。


 カウンターの上にあった銀貨も消えている。


「帰るのか?」


 おれの質問にカリーナが小さく口を開けて可愛らしく欠伸をする。


「眠いから今日はこれで終わり」


「へい、へい」


 おれもオレンジジュースを一気飲みするとカリーナの後ろを歩いて店から出た。

 店の前の通りには先ほど喧嘩を売ってきたガラの悪い連中がまだ気絶して倒れている。

 おれたちはそれを無視して来たときと同じようにカリーナの浮遊魔法で家に帰った。


 何事もなかったように窓から部屋に入ったおれはカリーナに聞いた。


「傭兵の交渉はどうするんだ?明日の夜にまた酒場に行くのか?」


「酒場に行かなくても会える場所をマスターから聞いたから、明日からは昼に動くわ。夜ふかしはお肌に悪いし」


 五歳児のくせにマセたことを言う。

 まあ、師匠に言わせれば、この年代の女の子がマセたことを言うのは普通のことなんだそうだが。


「かなりの情報通だな、あそこのマスターは」


「もう一つの商売だからいい加減な情報は売らないわ。それに対価にふさわしいだけの情報を売ってくれるもの」


「それで銀貨一枚か」


 高いと思ったが、それだけ詳細な情報を買ったということだったのか。


 おれは明日からの予定について訊ねた。


「で、明日からどうするんだ?おれは師匠に頼まれた用事があるんだが」


「それはしなくていいわ。師匠さんには話を通してあるから。明日から数日は私に付き合って」


 相変わらずこういうことの手際は良い。しかも、おれでなく先に師匠に話しているところなどが特に。ここまできたら、おれの味方はおらず拒否権はない。


 おれは素直に頷きながら言った。


「わかった。明日、迎えに行くよ」


「うん。じゃ、また明日ね」


 カリーナは笑顔で手を振って夜空へと消えていった。


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