第20話 チャコールダイエットって、インチキなの?

〈登場人物〉

マイ……中学1年生の女の子。色んなことに腹を立てるお年頃。

ヒツジ……人語を解すヌイグルミ。舌鋒鋭め。



マイ「お母さんが、チャコールダイエットを始めるんだってさ。わたしもやってみようかな」


ヒツジ「なんだ、そのチャコールダイエットって?」


マイ「知らないの、ヒツジ?」


ヒツジ「オレはダイエットとは無縁だからな」


マイ「活性炭っていう、食べられる炭を利用して、体から毒素とか脂肪を取り除いて痩せるっていう、今流行りのダイエット法だよ。アメリカのセレブはみんなやっているんだってさ」


ヒツジ「効果あるのか?」


マイ「それで痩せたって言う人がたくさんいるみたい。データもあるみたいだし」


ヒツジ「本当にそれで痩せたのか?」


マイ「そうなんじゃないの?」


ヒツジ「それで痩せたってことが分かるためには、そのチャコールダイエットをする前と後で、その活性炭を摂ること以外、生活が変わっていない必要があるだろ」


マイ「別に変えてないんじゃないの。生活を変えずに、無味無臭の粉末をさ、飲み物や食べ物に混ぜて摂取するだけっていう手軽なダイエットなんだから」


ヒツジ「しかし、ダイエットしようと思ったら、全く同じ生活をするなんてことはありえないんじゃないか。そのチャコールダイエットをしていても、やはり、以前よりは、甘い物は控えるようにするだろうし、運動だってするようになるだろう。だとしたら、もしかしたら、その分で痩せたわけであって、チャコールダイエットで痩せたわけじゃないのかもしれない」


マイ「そういうことができない、あるいは、したくないからこその、チャコールダイエットなんだから、別に変えてないと思うけどなあ」


ヒツジ「思うだけじゃ、どうしようもない。思いで痩せるんだったら、ダイエットなんかしなくてもいいことになる」


マイ「なに、あんた、チャコールダイエットに反対してるの?」


ヒツジ「いや、オレは賛成も反対もしていない。単に、データの見方というものは気をつけなくちゃいけないってことを言いたいだけだ。例を変えるが、たとえば、コーヒーを飲む量と、仕事の生産性の間に関連性があることを示すデータがあるとする。コーヒーを飲むほど、生産性が上がっているというわけだ。そういうデータを持って、コーヒーを売り込みに来た男が言ってくる。『見てください。ご覧の通り、コーヒーを飲んでいる人の方が、生産性が上がっています。これはですね、コーヒーに含まれるカフェインが血管を拡張させ、それによって、意識をすっきりとさせるからなのです。ぜひ、こちらのオフィスでもコーヒーをお飲みになってはいかがでしょうか』と。どう思う?」


マイ「どうって……まあ、そのオフィスにいる人たちがみんなコーヒーが好きで、コーヒを飲んだことで上がる生産性で儲けられる分が、そのコーヒーの代金より大きいなら、取り入れてみてもいいんじゃないの?」


ヒツジ「バカだな、お前は。お前のようなヤツが、幸運の壺を買うんだ」


マイ「そんなもん買わないわよ! わたしが、なんでバカなのよ!?」


ヒツジ「そもそも、本当にそれは、コーヒーを飲んだ『から』生産性が上がったことを示しているのか? もしかしたら、生産性が上がった『から』コーヒーを飲んだのかもしれないだろう」


マイ「なんで、生産性が上がったからコーヒーを飲むのよ?」


ヒツジ「生産性を上げるためにがんばることで得たストレスを軽減するためにコーヒーを飲む。そういうことだってあるだろう。どっちが先に起こっているのか。コーヒを飲むことが先か、生産性が上がっているのが先か、それをしっかりと特定しなければ、二つのできごとにただ関連性があるということしか言えない。じゃあ、今度はこういう例だ。あるフィットネスクラブで、3ヶ月間のダイエットコースがあったとする。このダイエットコースを3ヶ月間やり遂げた人は一人の例外も無くやせている。お前は、体重が気になってきた友人に、このフィットネスクラブを勧めるか?」


マイ「一人の例外も無くやせているの?」


ヒツジ「そうだ」


マイ「だったら、勧めるよ。高額じゃなければね」


ヒツジ「本当にバカだな。お前は一日6時間も学校で一体何を勉強しているんだ?」


マイ「何がいけないのよ!? 一人の例外も無くやせているんだったら、めちゃめちゃ特別な人ででもない限りは同じようにやせるハズでしょ?」


ヒツジ「そもそも、3ヶ月間やり遂げた人というのが、全体のどのくらいいるのかということが問題だ。たとえば、このダイエットコースに100人が申し込んだとして、途中で50人が辞めていたとしたら、3ヶ月間やり遂げた人間が全員痩せたと言っても、100人のうち50人しか痩せていないということじゃないか。お前の友だちが辞めていく方の50人に入らないとどうして言える?」


マイ「そ、そんなのインチキじゃん!」


ヒツジ「別にウソはついていないだろう。3ヶ月間『やり遂げた人は』と断っているんだからな。じゃあ、次はこういう例だ。お前が温泉旅館に泊まろうとする。口コミで評価のいい宿を探していたところ、それなりの数……たとえば、500件の口コミがついていて、評価が5点満点中、平均で4.5点だったとする。お前はその口コミを信じて、その旅館に行くことにするか?」


マイ「……その口コミって、泊まった人じゃない人、たとえば、宿の人自身がつけているっていう可能性もあるの?」


ヒツジ「そういう可能性は常にあるかもしれないが、まあ、今回は無いことにしよう」


マイ「じゃあ、行く」


ヒツジ「その500件の口コミが全てだという保証はどこにも無いぞ。もしかしたら、その500件の口コミは全て高評価であって、その他に本当は低評価の口コミが1,000件あったが、それらが削除されている可能性もある。1,500件全体で見たら、評価は3点くらいになるかもな」


マイ「そんなこと言い出したらキリが無いじゃん!」


ヒツジ「つまり、データというのは、そういうものだということだ。そもそも改ざんの可能性が常にあることに加えて、因果関係を逆にしたり、一部だけを公表したり、他にも様々に詐欺に応用できる。データを見るときは、常に批判的な態度でいる必要がある」


マイ「結局チャコールダイエットはやった方がいいの? それともやらない方がいいの?」


ヒツジ「始まったばかりのものだから、データが少ないだろう。他の人間のデータサンプルになるためにやってみたらいいんじゃないか?」

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