20 ―寝業師―

20―寝業師―


 一日の休息は思ったよりも気分転換の効果があったらしい。

 何をしていいかイマイチ分からず空也に電話でもしようかと思ったがそれも出来なかったので一日静かに読書と音楽鑑賞にふけった。

 やはり音楽を聴いたり読書するのはいい。

 読書は読む本によって体が勝手に変化することがあるがそれでも心は安らぐというものだ。

 怪我も治った。

 夜眠ってきちんとした生活習慣も噛み締めた。

 これが今まで普通の日常であったのだ。

 丑三つ時に街を駆け回って戦う事は決して普通のことではないのだ。多分。

 ずっとこんな日が続けばなとも思ってしまいそうだ。

「勝負の日が来たよぉ。少年」

 空也からその報告を受けたのは私が目覚めてから数時間後のことだ。

 相生さんの時と同じタイマンかと聞けば、そうではないらしい。

 空也は交渉をしたのだが彼は一対一の勝負を徹底的に避けた。

 私達の前に姿を嫌がった。

 だからこちらから向かうことになった。

「初めてこっちから攻めに行くねぇ。今までぇ、攻めてきたのを防いだり、よーいどんで始めたからねぇ」

「あぁ……」

 攻撃。今度は敵陣に切り込む。

 相生さんの時には彼女が自らのテリトリーのように地下鉄を改造していた。

 彼はどうだ。過書古市はなにを仕込んでいる。

「少年。これで最後、だと思う。相手は過書古市君。私達ユートピアの中で最も敵に回すと面倒な相手だからさぁ」

 面倒な相手か。最強の若王子さん、人外に近しい相生さんときて最後は面倒か。

「じゃあ一つずつ、確認しようかぁ。過書君のスタンスは蒐集。妖を集めるのが彼のお仕事ぉ」

「なにか怪談話の類を集めているってこと?」

「ううん。妖そのものを集めてるんだよぉ。それは彼の霊能力に関係するんだぁ。あの子は二つ、能力を持っている。一つは使役する能力。もう一つは創造する能力」

 使役、創造。私は変化しか能力を持たない。

 誰にでも使える、汎用性の高い霊能力というのもこの世にはあるがそれを除けば一つだけだ。

「過書君は妖を集めて、自分の意のままにぃ操れる。妖を使ってあの子は情報収集とか根回しとかをしてるんだけどねぇ」

 桂御園の部屋への襲撃。

 あの時桂御園の同部屋の人間がいなかったのは過書古市の手回しらしい。

 依頼人である北斗南次郎を介して彼はあの夜部屋の住人たちをそれぞれバラバラの場所に押しとどめた。

 それは彼が自身が使役する妖を使って外出していた住人を寮にたどり着けなくしたりしていたらしい。

 必要とあらば金や物品も持ち出して立ち回る。それが過書古市のやり方であるらしい。

「もう一つの創造っていうのは?」

「作っちゃうのさ。妖を」

「そんなこと出来るの……」

「……都市伝説ってぇ知ってるかい?」

 それぐらいは知っている。

 現代の怪談話ともいえる存在だ。

「私達はその仕事の都合上さぁ、いろんな怪談話とか神話に触れることもあるんだけどぉ過書君はその中でも特に都市伝説が好きなんだ」

 だから過書古市は創造の能力を持つ資格がある、と空也は言った。

 都市伝説。友達の友達やファーストフード店の女子高生、ネットの書き込みなど不確かなものから流れ出る怪談話。

 同じ存在であっても登場する状況や姿かたちが違うこともある。

 表記ゆれともいえる揺らぎの中に生きているのが都市伝説だ。

 人に生み出された嘘か本当か分からない話である。

 その揺らぎを利用して彼は新しい怪談話と怪談話に登場する妖を作り出す。

「都市伝説を生み出す。既存の妖を混ぜ合わせることもあるしぃ、一からオーダーメイドで作ることもあるけどぉ」

「それは……相手にして大丈夫なの?」

「しなきゃいけないからねぇ」

 やらなければならない。どれだけ厄介な相手でも。

「……そういえば、過書さんがどこにいるか分かったの?」

「うん。山の中っぽいねぇ」

 山の中か。まるで山籠もりだ。

 よく空也もそれを特定したものだと感心する。

「……過書さんってこっちから行かなかったら戦うことって」

「なかっただろうねぇ」

「過書さんはなんで若王子さんとか相生さんみたいに襲ってこなかったんだろう」

「あの子、面倒くさがりなんだぁ」

 それだけか。いやそんなはずはないとは思うが。

 思えば若王子さんは全力を出せる相手として妖を選んでいる。それでも出せていないようだが。

 相生さんは妖退治という行為が食事とセットになっていて、それが出来ないと困るのだろう。

 しかし過書古市は蒐集。コレクションするためにユートピアにいる。

 若王子さんと相生さんの二人と過書さんでは少し温度差があるのかもしれない。

「だけど放っておいていいタイプって訳でもないからさ。来るかと思えば来ない。来ないと思えば背後から忍び寄る。それがぁ寝業師過書古市のやり方だからねぇ」

 寝業師。それが過書さんに対する空也の評価だった。

 裏工作を得意とするのが過書古市。しかし決して表に出て活動するというのが苦手という訳でもないのだろう。

「それとぉ今回は少年に作戦を授けようかなってぇ」

 少し意外だった。

 若王子さんは私の上手くいくかいかないか分からない作戦。

 相生さんに至ってはほぼ行き当たりばったりな感じだった。

 だから今回も相手の概要などは教えてくれても具体的な対策を教えてくれるとは考えてはいなかった。

「……それだけぇ、今回はイレギュラーってことだからさぁ」

「そうかありがとう」

 まだ終わりではないがこれで最後だ。

 だからこそ失敗するわけにはいかない。

 これまではうまくいきすぎたくらいだ。この勢いのまま今回も乗り越えたいものである。

「それじゃあ今回の作戦はねぇ……」

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