22 魔女の功罪

 セヘルシア滞在四日目の朝。

 隣のベッドで健やかに眠るランディの寝顔をひとしきり愛でてから、パウダールームでいつもの身支度。

 時間はまだ早いからリビングへ移動して、窓を開けて朝の一服を楽しむ。


「はぁ~……起き抜けの一服たぁまんないわぁ」


 せっかくカートンで持ってきたのに、ここ暫くあまり吸えてなかったからね。

 ランディは吸わないらしいの。平気だって言ってくれたけれど、嗅覚も人より上みたいだからなるべく減らしてる。

 昨日は真面目なお話だったし、お酒もタバコもやめておいたわ。お酒が入っちゃうと吸わずにはいられないのよね、あたし。


「今日も婆さんとこと冒険者ギルドと……。時間があったら魔石や魔晶石のことも聞いてみたいわね」


 もう今回は魔石関係は諦めようかしら。

 別に急ぎでもないみたいだし、あと二日で帰らなきゃいけないのにまだあの自称勇者おバカさんの所も行ってないもの。

 そうだわ。今日の用事が済んだら行ってみようかしら。

 なんて、タバコ片手に色々考えていたら、寝ぼけ眼のランディがのそりとリビングに現れた。


「おはよう……」

「おはよ、よく眠れた?」

「あぁ、ベッドで寝たの久しぶりだ」

「どんな生活してたのよ」


 まぁ、それも仕方ないかしらね。

 ランディは先月、彼の妹が町で少し目を離した隙に拐われてしまった姪っ子と、その犯人と思われる拐い屋を追って、ロキシタリアにやってきた。

 親友と妹の間に生れた、可愛い可愛い四歳の姪っ子ちゃんは彼と同じ『純血者ジェニュイン』で、どこかでそれを聞き付けた密売商に狙われてしまったらしいの。

 妹のジーナは二人目を懐妊中。そして親友のボルドラートは、大猫族の多く暮らすシュライルンという、ロキシタリアの北西にある国の騎士をしていて、動けない彼の代わりにランディがこうして国を跨いでやってきたんだと、昨日話してくれた。


「顔を洗ってらっしゃい。食堂へ行きましょ」

「わかった」


 あたしは日本から持ち込んだ化粧品やらを全てキャリーケースに放り込み、魔法の鞄へ入れてしまう。

 だって外出中にお部屋を綺麗にしておいてくれるんだもの。こっちの世界にないような物をそこら辺になんて置いておけないじゃない。

 落ち人ということは知られているけれど、面倒の種は摘んでおくのが正解よね。


 いつものチョキとスープの朝食を終えて宿を出たあたし達は、足りないというランディのリクエストで朝の屋台をぐるりと巡って買い歩き、メルネ婆さんの屋敷まで食べ歩きしながら向かった。

 お肉大好きランディは、魚介のチョキより串焼き肉がいいらしく、朝から二本持ちでニッコニコよ。

 若いっていいわねぇ……胃もたれしちゃう。


「入るわよー」


 三度目になる魔女屋敷にはもうすっかり慣れたもので、門扉が開くやスタスタと中へ進む。

 屋台で買ってきた軽食を手土産に、昨日のギルドでのあれこれを話して聞かせて、婆さんにもバックアップをお願いしたいと頼んでみた。


「面倒なことをさせるじゃないか」

「地域のみなさんにトラウマ植え付けてんだから、お詫びに少しは貢献しなさいよ」

「詫びぃ? はン、ガキどもに魔法の手ほどきをしろと言ってきたのは向こうさ。あたしゃとっくに貢献しとるんだよ」

「手段に問題があったんでしょうよ……」


 魔法の素養があっても指先から水や火を出すのが精々で、簡単な生活魔法すら満足に使えない子供達を押し付けられたメルネ婆さんは、子供達を屋敷に閉じ込めて地獄の訓練を施したらしいの。

 ただ、ここで学ぶと魔法の腕は確実に上がるということで、当時の領主が半ば強制的にメルネ婆さんのところへ子供を行かせる決めごとを作ってしまったんだとか。

 面倒ごとが嫌いな割に子供に教えるのは吝かでなかった婆さんは、領主からかなりの報酬をふんだくり、更に子供の数に応じて毎年授業料として領主家から金貨を吸い上げているんですって……。

 領主家は先祖の過ちを詫び、魔法契約によって結ばれたその取り決めをなくそうと働きかけたらしいのだけど婆さんは頑として譲らず、今も住人や領主家に恐怖を与え続けているという。

 ……鬼かしらね。


「ヒヒッ」

「面倒見がいいんだか悪いんだかわかんないわねぇ。子供なんて苦手そうな顔してるくせに」

「クソ喧しいガキは嫌いだがね、最初に鼻っ柱を折ってやりゃ後は簡単さ」

「かわいそうに……」

「はン、可哀想なもんかい。誰のおかげで魔王との戦で死ぬガキが減ったと思っとるんだ」


 ……あぁ、なんだ。この婆さん口では色々言うくせに、やっぱり優しいとこあるんじゃない。

 今だって預けた猫を膝の上に乗せてめっちゃモフってるし、小さい生き物が好きなのかしら。

 婆さん自身もミニマムだし、もしかしたら何か親近感めいたものを感じてるのかもしれないわね。


「素直じゃないわよねぇ」

「ヒヒッ収入源と道楽が同時に転がり込んで来たんだ。手放したりするもんかね」

「道楽?」

「聞くかい?」

「……遠慮しておくわ」

「そうか聞きたいか」

 

 いいから、いいって言ってるでしょ!?

 やめてちょっとそんな嬉しそうな顔でギリギリアウトな話を聞かせないでったら!!

 子供達に防御の魔法を覚えさせるために基本を叩き込んだあと有無を言わさず外に並べて魔法を撃ち込みまくったとか!!

 町の外に放り投げて魔獣を仕留めてくるまで帰って来させなかったとか!!

 魔力が尽きても怪我を負っても婆さんがすぐに回復させてしまうから子供達はそりゃあメキメキ腕を上げたらしいわよ。

 そして時折発生する子供連合の、美しいほど練り上げられた戦略をもっての反乱。それを一歩も動かず秒で叩きのめす婆さん……。

 それをそんな楽しそうに「道楽」ってあんた頭おかしいんじゃないの!?


「楽しいだろう?」

「どこがよ!!」

「ヒーッヒッヒッヒ!」

「俺、ここの生まれじゃなくて良かった……」

「そうね、あたしも心底そう思うわ……」


 そりゃあトラウマにもなるしギルマスだって夢に見ちゃうわよ。

 こんな碌でもない婆さんなのに、なぜかあの猫ちゃんめっちゃ懐いちゃってるのよね。

 たった一日で何があったのやら……。


「その子そんなに懐いちゃって、手放せるの?」

「いいや、こいつは隣町の野良だったからね、ここに置くことにしたよ」

「もうわかったの? でもそう、野良だったのね」

「探すのなんざ簡単さ」

「……奴らの行方も?」

「そうよ、どうだったの婆さん。あとあのリングも」

「愚問だね」


 ぱさりとテーブルに置かれたのは一枚の地図とメモ書き。地図には赤いインクで丸がいくつか。

 メモにはリングの元所有者と製造者が書かれていた。


「オクトの端にあるのが拐い屋のねぐら、島にあるのは密売屋の使う船着き場だ」

「凄い……」

「どうやってわかったの?」

「【眼】を使えばそう梃子摺りはせんよ」


 本当に凄いわね。

 さっきの話を聞いた後で教えを請うのはちょっと気が重いけれど、あたしももっと【真眼まなこ】を使いこなしたい。

 婆さんに負けないくらい、あたしだって力になりたいのよ。


「ヒヒッ安かないよ?」

「……いいわ。お願い、教えてちょうだい」

「ほれ」


 そして渡された一冊の本。中身は当然のように『魔法言語』で書かれた薄い魔導書。

 これは婆さんの【魔眼】用にとショタ神様が渡したものなんですって。


「基本は同じさね。ただ恐らく視え方が違う」

「こんなもんあるなら最初から見せなさいよぉ!」

「ヒヒヒッ」


 先日は本当に簡単なレクチャーたけだったのがこの魔導書を視てわかったわ。

 この婆ぁ、あたしが泣きついてくるのわかってて出し惜しみしてたわね!?

 ほんっと碌でもないんだから!


「修行が足りないね。なんならお前さんもうちで学ぶかい?」

「結構よ! ……と言いたいところだけど、魔法の使いどころなんかもできれば知りたいのよねぇ」

「はン、修行も想像力も足りてないね。まぁ仕方ない、お前さんにゃ勿体ないがこいつを貸してやろう」

「こいつ? って、は!?」


 婆さんの首に下げられていたお気に入りの兎の脚を、その枯れ枝のような指で摘み上げると急に薄ぼんやりと光りはじめた。

 その光は少しずつ大きくなっていって、両手でおさまるくらいのサイズで宙にふよふよと浮かんでいる。


「さぁ『おいでサモン』」


 婆さんがそう呪文スペルを唱えると、光の玉はくるりと回ってテーブルの上にしゅたっと着地を決めた。

 兎の脚と同じ茶色の毛並みでもっふもふのかわいらしいウサギさんが、なぜか片手を突き上げ後ろ足で立つという、サタデーナイトフィーバーじみたポーズを決めつつ、あたしをじいっと見上げている。


「はあぁぁぁぁ!?」


 なに!? なにがどうしてこんな、えぇぇ!?

 兎の脚から本体出てきちゃったわよ!? なんで!? どうやったの!?

 ていうかそのポーズどこで覚えた!?


「ヒッヒッヒ、かわいかろ?」

「いやそういう問題じゃないわよね!? なにしちゃってんのよあんた!!」

「こいつは魔女の使い魔だと言ったろうに」

「だからなによ!? なんでこんなことできちゃってるの!?」

「魔力を渡して喚び出したのさ、主を失い、眠っていただけだからね」

「あんたが新しい主ってこと!? なんてことしちゃったのよ! かわいそうじゃない!!」


 えええぇぇぇやること突拍子もなさすぎでしょこの婆さん……やだもう怖い。

 うさちゃんつぶらな瞳でめっちゃかわいい。めっちゃ不憫。


「こいつはお前さんに貸してやるから、さっさともうひとつ持ってきな」

「借りたところでどうしたらいいのよ!? 餌は?」

「ヒヒッ餌の心配かい」

「だって兎なんて飼ったことないもの」

「こいつは精霊みたいなものさ。餌は魔力を与えてやりゃあいいし、普段はこの中で寝とる。ほれ、持っておいきな」

「いやだから連れてってどうすんのよ……」

「こいつはあたしと『同調』させてある。必要なときに知恵を貸してやるさ」

「ねぇ……それって覗き見装置じゃない?」

「ヒッヒッヒ! そうとも言うかねぇ」


 んもう信っじらんない!!

 体よく出歯亀機能付き使い魔(かわいい)を押し付けやがったわよこの婆さん!


 あたしは受け取らされた兎の脚を、仕方なくベルトに括り付けた。

 こちらの言うことは理解しているみたいで、戻ってとお願いしたらするりと脚に吸い込まれた。

 喚び出すときはさっき婆さんがやったように手に触れて呪文スペルを唱えればいいらしく、試しにやってみたら再びひょっこり現れた。


「くっそかわいいぃ……」

「名はエルトだ。ぞんざいに扱うんじゃないよ」


 エルト、そう、あなたエルトっていうの。

 婆さんに振り回される不憫な者同士、仲良くしましょうね……。

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