20 協力体制

 二階へ上がった奥の部屋へと通されて、ずどんとソファーに沈みこんだギルマスと向かい合う。ティルはそそくさとギルマスの方へと行ってしまって、ソファーの後ろにしれっと立った。

 ついてくって言ったんだからこっちに立っててくれたらいいのに。この爺さんの視線、恐ろしいったらないのよ。


「改めて、俺はギルマスのゴゴルだ」

「あたしはレイと申します。一応、冒険者です」

「聞いている。落ち人ということもな」

「はぁ……」


 ゴゴルですって。名前もやたらと厳ついわねぇ。

 某英国俳優みたいな、サイドだけ残った白髪と髭がきれいに繋がった、眩しい御髪おぐしのゴリマッチョ。

 眼光鋭く筋骨粒々、どう見ても現役バリバリって感じなんだけど、数年前に惜しまれながらも怪我と加齢を理由に勇退した、元五ツ星クイントの凄腕冒険者なんですって、ティルが教えてくれたわ。


「俺のことはいい。それよりナイルとジギーを助けてくれて礼を言う。特別報酬として、金か物か選べ」

「いえあの、あたし本当にそんなつもりで助けたわけじゃないので……」

「ここで報酬を出さんと示しがつかん。ギルドがタダ働きさせたなどと連中に思われては沽券に関わる」


 えぇぇ? それって世間体のため? 見栄っ張り軍団なのかしら冒険者ギルドって。

 だけどこの人、そういったことを一番嫌いそうな感じがするのに。


「言っておくがギルドの体面の為じゃない。冒険者の働きに応えるのがギルドの役割だ。見合った報酬を得られんとなれば奴等は離れていき、やがて互いに立ち行かなくなる。そうさせん為にも、目立つ働きをした者には然るべき報酬を与える。それが例え登録三日目のど素人であったとしてもだ」


 はぁー、なるほどねぇ。

 人のことをど素人だの、奴等だ連中だなんてえらく口は悪いけれど、きちんと冒険者達のことを考えて、大切に思っている人なんだわ。


「わかりました。そういうことでしたら、ありがたく頂戴します」

「よし。それで、金か物かどっちだ」


 うーん、そこは急にそう言われても困っちゃうのよねぇ。

 正直お金は必要以上にあるし、物、物もねぇ。

 こっちの世界の名産品とか知らないもの。何か目録とかないのかしら。

 うんうん唸って悩んでいると、ギルマスが前のめりになってあたしをその鋭い目付きでじぃっと見てきた。

 ちょっとなによ怖いからやめて!? 優柔不断でごめんなさいね!?


「因みに聞くが、さっきは何の魔法を使った?」

「え? えっと『治癒ヒーリング』よ」

「ふたり同時にか」

「えぇ、そうね」

「そうか」


 えっ、急になによ? 報酬のお話どこ行っちゃったの?

 ていうかやっぱりあのやり方は良くなかったのかしら。変に目を付けられても困っちゃうんだけど。

 でもあそこで躊躇していたらふたりとも危なかったもの。悪いことはしてないんだし、しれっとしてましょ。


「レイ、物は相談だが」

「はぁい?」

「報酬が金品でなくても構わんなら、ギルドの専属にならんか? 当然試験なし、厚待遇、ランクも三ツ星トリプルまで上げてやるがどうだ」

「専属、と言いますと?」

「ギルド職員として働きつつ、冒険者としても活動する者だ。お前のその治癒力は得難い」


 ぶっちゃけた言い方をすると、要は『紐付き』になれってことよね。

 それはいい考えだと言わんばかりにティルも尻尾を振ってうんうん頷いているけれど、そればっかりは出来ない相談だわ。

 だってあたしはこっちの世界に留まるわけじゃないんだもの。


「とってもありがたいお話なんですけど、ごめんなさい。あたしにはやらなくちゃいけないことがあって、暫くしたらこの町も離れる予定なのよ」

「やること? まだ落ちてきたばかりと聞いたが」

「そうねぇ、人探しだと思っていただければ」

「人探しか。ならそれこそ専属になれば情報も得やすくなるぞ」

「……ですよねぇ」


 どうしましょう困ったわね。確かにギルドの情報網は魅力的だし、事情さえなければ是非とも乗っておきたいところだわ。

 だけどずっと留まってはいられない以上、このお話を受けるわけにもいかないし……もういっそ全部話しちゃう?

 まだあまり広めたくはないけれど、ここにはギルマスとティルしかいないし、どうにかなる、かしら? う~ん……


『主神様ぁ、お助けぇ~!』

『どうしたんだい』

『ねぇ、冒険者ギルドの偉い人に全部話しちゃっても大丈夫かしら』

『そこはレイの判断に任せるよ』

『なによそれ、無責任じゃなぁい?』

『それだけ信用してるってことだよ、頑張って』

『あっ、ちょっと!』


 くっその役にも立たないわねあのショタ!? たったそれだけでプチっと切りやがったわ!!

 ……えぇえぇそうよ知ってるわかってたわよ。

 あいつはいつだってあたしがいっぱいいっぱいになってあたふたしてる様を覗き見てはニヤニヤ楽しんでるような碌でもない奴なのよ!

 はぁ、仕方ないわね。こうなったら腹を括りましょう。ギルマスもティルも、きちんと話せばわかってくれるわよ、きっと。


「……あの、ゴゴルさん」

「なんだ」

「実は、あたしがそのお話を受けられないのには、ちょっと込み入った事情がありまして」

「詳しく聞いても?」

「口外しないと約束してくださるなら」

「ふん……ティルは」

「約束できる?」

「あぁ、もちろん」

「よし。俺も決して口外せんと誓おう。この部屋も外に声は漏れん造りだ、安心して話せ」


 なんだそうなの。でも申し訳ないけど念のため、遮音はさせてもらうわね。

 あたしはこっそり魔法をかけて、それから事情をある程度掻い摘まんで話して聞かせた。

 セヘルシアに来た経緯、落ち人回収問題の件と、それから神様の依頼について。

 さすがに魔法が呪文スペルもなく無制限で使えるだなんてことは黙っておいたけどね。

 話し終えるとギルマスは頭を抱えてしまい、ティルは何故だか目をキラッキラさせていたわ……。


「落ち人ではなく、神の遣いだと?」

「えぇ。正確には『渡り人』っていうらしいわ」

「呼び方なんざどうだっていい。しかし……そうか、それならその馬鹿みたいな魔力量にも納得がいく。それで、こちらへ来る頻度は」

「決まってないわ。向こうでの都合がつき次第だし、次もこの町に来るかはわからないの。今回は自称勇者の件があってここを訪れただけだから」

「ううむ、そうか」


 ギルマスはソファーにどっかり背を預け、眉間の皺を更に濃くして深い溜め息をついた。

 髭の生えた人によくある癖なのかしら、口元を手で覆って、指先で髭を弄りながら考え込む仕草。ちょっとイイわよね。


「できれば常駐してもらいたかったんだが、それだと確かに無理だな」

「お力になれずごめんなさい。でもあと三日くらいはこの町にいる予定だから、その間で良ければ協力はするわ」

「承知した。となると報酬だが」

「それも今思い付いたわ。あたしもギルドの力をお借りしたいの」

「情報か」

「えぇ」


 そうよ。お金や物なんかより、今は少しでも情報が欲しいわ。

 落ち人の情報はもちろん、例の件でも。


「実は神様の依頼とは別件で、もうひとつ関わってることがあるのよ。もしかしたら今回の四ツ星クワッドのおふたりの件にも関係するかもしれないから、情報の共有をお願いしたいの」

「どういうことだ」

「昨日たまたま知り合った獣人の子が、出会ったときやっぱり刃物の傷を受けていたのよ。彼は獣人狩りの連中にやられたと言っていたわ」

「獣人狩り……!! そうか」

「ご理解いただけて?」

「よし、知っている限り洗い浚い話せ。こっちも出し惜しみはせん」

「交渉成立ね?」

「あぁ。落ち人の件も、総合の奴等にこの俺が直々に掛け合ってやる」

「頼もしいわねぇ。なら了解よ。よろしくお願いするわ」


 ガシッと固い握手を交わし(めちゃくちゃ痛かった……)あたし達は情報の擦り合わせを行った。

 そこで知り得た全てを繋げると、いくつかの組織が浮かび上がってきた。


「獣人狩りは『拐い屋テオカッチャ』一味、それと密売屋は『アックス商会』だな。大陸の方はわからんが、チャスラオに繋がりのある奴隷商か裏ギルドが絡んでいると見て間違いないだろう」

「大掛かりな話になってきたわねぇ……」

「なぁレイ、『拐い屋』を追えるかも知れねぇってのは本当か?」

「えぇ、こわぁい魔女を味方につけたから、多分なんとかしてくれるでしょ」

「魔女って、裏通りの魔女か!? なんだってあんなのと知り合いなんだよ!?」

「なんでって、成り行きよ」


 このティルの驚きっぷりを見るに、あの婆さんここらじゃそれなりに有名なのかしらね?

 まぁ多分……きっと、あまり良くない方向で。

 えっ、ちょっとやだ嘘でしょ!? ギルマスまで目が泳いじゃってるわよ!?


「あの婆さんはな、この町で産まれ育った奴ら全員のトラウマなんだ……」

「俺は今でも夢に見る……」

「俺達がガキの頃から少しも姿が変わってねぇんだ……」

「俺の爺さんもそう言ってたぞ……」

「マジっすか……」

「マジだ……」


 さっすが異世界から来たとんでも婆さん387歳ね。

 このギルマスにまでこんなにトラウマを植え付けるだなんて、あの婆さん一体何をやらかしたのよ?


「基本的には魔法を教えてくれるだけなんだが」

「あぁ、ここらに魔法学校なんてないしな」

「教え方がなぁ……」

「あの屋敷もなぁ……」


 …………よぉおくわかったわ。

 ごめんなさい、これ以上は聞かないでおくわね。


「すまん、取り乱した」

「あたしこそごめんなさいね。嫌なこと思い出させちゃって」

「いや、だがあの婆さんが味方というのは心強い」

「まぁそうよねぇ……ほんっとに碌でもないけど、知識と魔術は確かだし」

「レイはもしかしてあの婆さんから魔法を?」

「えぇそうよ」

「一日でか……?」

「うふん?」


 ダメよ。これ以上は突っ込まないでちょうだい。

 あの覚え方や使い方を知られたらヤバいっていうのはさすがにあたしにもわかってるから。

 ちょっと! メルネ婆さんを語るときと同じ目であたしを見るんじゃないわよ!!


「ここまでのお話全てを口外禁止にするわ。あと追求も禁止よ。でないとあの婆さんここに連れてきますからね!」

「わ、わかったよ……」

「承知した」


 うふふ。ふたりともとっても快く了承してくれて嬉しいわぁ。

 じゃああたしはそろそろ帰るわね。


「あたしは『灯火亭』っていう宿に泊まってるから、何かあったら伝言を残しておいてくださる?」

「あぁ。通信具ですぐに連絡を入れる」

「通信具? それって魔道具じゃないの?」

「そうだが」

「どこ製?」

「どこってそりゃ……あっ、そうか」

「チャスラオか」


 現状、何がどこまで絡んでいるかわからない状況だもの。

 怪しきは罰せよじゃないけれど、不安のあるものは今回の件に関しては使わない方がいいわ。


「確かに盗聴の恐れもある。よしティル、お前が伝言役だ」

「俺っすか!?」

「お前が一番はしっこい。昼飯で手を打て」

「はぁ……わかりましたよ」


 なんだかんだ総合・冒険者の両ギルドに凄腕婆さんと、万全の体制が整ってきたわね。

 ふふ。ランディ喜んでくれるかしら。あたし頑張ったわよ!

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