14 黒猫
「猫……?」
にゃーぅ、と風に乗って届いた細い鳴き声。
港町だから猫がいてもおかしくはないけれど、なんだかちょっと違和感があるのよね。
林の方から聞こえたような、空から聞こえたような?
「まさか猫が空飛ぶなんてとんでも現象はさすがにないわよねぇ」
もしかして木に登って降りられなくなってるのかしら。
あっちでもよくあったわよねぇ。それで素敵なレスキュー隊のお兄さんが助けに来てくれるのよ!
みぃみぃ鳴いて隊員さんの胸板に抱き留められちゃって、ほんっと羨ましいったらなかったわ。
みゃーぁ
「やっぱり上から聞こえるわね。一体どこにいるのよ」
タバコを消して、あたしは林を振り仰ぐ。
防風と防砂も兼ねているのか、幹はどっしり太くて葉も密に茂る針葉樹が海岸沿いに広がっている。
猫、猫、この鳴き声の持ち主……
「あ、いた」
【
お店もそれで探せば良かっただなんて言わないでちょうだいね? あれはあれでいいのよ。町歩きも楽しいんだから。
「なんであんたそんな所に登ったのよ……」
見つけたその猫は、町へ繋がる小道から少し離れた木の高い所にいた。
助けてあげたいけれど、あんなとこあたしだって登れないわよ。枝が折れちゃう。
「あら? でもなんか布に
猫って木の上で暮らすの? 鳥に狙われたりとかしないのかしら。こっちの動物の生態なんて知らないけれど、でもなんだか心細そうな鳴き声なのよねぇ。
せめてご飯だけでもあげようかしら。さっきの魔物魚なら食べるかもしれないわよね。
猫に対して毒性があったりは……ないのね。凄いわね【
「だけどナイフも何もないのよねぇ。仕方ない、あれを使いますか」
こんなに早くあんたを使うことになるなんて思わなかったわ。さぁ出でよ!
じゃじゃーんと取り出したのは鍛冶神様謹製の剣。
これで一番最初に切るのが猫の餌っていうのもなんだか申し訳ないけれど、きっと許してくれるわよね。
近くにあった平たい石の上で猫ちゃんサイズに細かく切り分けてと。やだ物凄い切れ味。
ヤツデみたいな大きめの葉っぱに切った魚を包み、そのまま魔法の鞄へぽいっ!
そして猫ちゃんの元へ行ってらっしゃーいっ!
「み゛に゛ゃっ!」
「あらやだ驚かせちゃったわ。ごめんなさいね、ほらお食べ」
最初は警戒してた猫だったけど、すんすんと匂いを嗅いでいると葉がめくれて中身が現れ、そしたら目を輝かせて食らいついていたわ。
やっぱりおなか空いてたのねぇ。良かった良かった。
「……ちょっと道具屋にでも行こうかしら」
また同じようなことが起きるとは思えないけれど、一応冒険者でもあるんだし、調理道具とかキャンプ用品とか、あればきっと役に立ちそうよね。
この浜辺でひとりバーベキューも、意外といいかもしれないわ。きっと素敵な星空が見られると思うのよね。
その時まだあの猫が木の上にいたら、なんとかして降ろしてあげましょう。
だって魔法があるんだもの! きっとどうにか出来るわよ。
「そうと決まれば町へ戻りましょ。じゃあね猫ちゃん、また後でねぇ~ん」
そして冒険者市場へ戻ってあれこれ道具を買い込み、屋台と商店街で食材や調味料、お酒なんかも色々と吟味していたら少し日が傾いてきた。
火を起こすなら明るいうちがいいわね。そろそろ行きましょう。
マシュマロは流石になかったわ……残念。好きなのよねぇ焼きマシュマロ。くすん。
一応宿にも寄って、少し帰りが遅くなることと、延泊をお願いしておいたわ。
それと浜辺で火を起こしても大丈夫か聞いてみたら、特に問題ないって言われたから安心して浜辺へと向かう。
「さて、火も起こせたし、安定するまで下準備ね」
っとその前に、あの猫まだいるかしら。
さっき猫がいた木を視てみると、おなかが満ちたからか、気持ち良さそうにすぴすぴ眠っていたわ。
起こしたらかわいそうだし、このまま寝かせておいてあげましょう。相棒が欲しいところだったけど、仕方ないわね。
パチパチと薪に火が回る音を聞きながら、ざっとテーブルセッティング。
薪用に売ってた丸太を椅子にして、商店街であれこれ買った時に「品物をまとめて入れたいから」とお願いして譲ってもらった木箱をテーブルに。
テーブルクロスも敷いて、その上と後ろの木にランタンを取り付けて灯りをともす。このランタンは魔石を使う魔道具なのよ。
それからお皿を数枚とコップ、お箸もあったの。さすが日本人落ち人よねぇ。
お魚は屋台でお願いして切り身にしてあるからそのまま、あとは調味料やチョキ用のパンなんかを用意して、とりあえずこんなものかしら。
魔法で砂を固めて造った竈に網をかけ、まずは貝から。海老と蟹ももちろんあるわ。今日は海鮮バーベキューよ!
ぶしゅぶしゅと貝から水分が出てきて、少し粘ってぱかりとご開帳。ああんいい香り~!
お醤油が欲しいところだけど見つけられなかったから、そのままいただきまーす!
「あっつ! ……ふ、ほふ、んん~おいひーぃ!」
開いた先からどんどんお皿へ。あんまり食べ過ぎちゃうと後のお楽しみがなくなっちゃうから食材は少しずつね。
今は海老と蟹脚が網の上で色を変え始めているわ。焼き上がったらチョキに香草入りのマヨネーズみたいなソースと一緒に挟んで、専用の焼きごてで焼いても良さそうね。
バーベキューなんて久しぶりだわ。
実はうちのお店のくま子が山オネェでね、バイクにも乗るし、アウトドア大好きな子のよ。
毎年夏になるとお店の子達を連れて、箱根とか秩父辺りまで行ってキャンプをするの。それであたしも多少はバーベキュー慣れしてたけど、ひとりでも出来ちゃうもんなのねぇ。
ふふ。色々経験しておくものよねぇ。まさかこんな異世界まで来て、ひとりバーベキューやるなんて夢にも思わなかったけど。なーんか楽しいのよねぇ。これも旅先マジックかしら。
次々焼き上がる海の幸を果実のお酒と一緒に堪能していると、空は夕焼けから徐々に夜が広がって、ちらほらと星も見えはじめてきた。
穏やかな海風が通り抜けて、静かな中で薪の爆ぜる音が響く。
「最っ高ねぇ」
タバコに指先で火を点けぷかりと吹かす。
こんなに魔法の便利さに触れちゃったら、あたしこの先も日本で生きていけるのかしら。
ショタ神様の魔導書を読んだおかげで、思っただけで魔法が使えるようになったのよ。本来必要なはずの
魔法を使うには
魔法の上位にあたる魔術になると
魔法は型が決まったもの、魔術は自由度の高い魔法。
そのどちらも、あたしは口に出さなくても使えるようになってしまったの。必要なときに必要な魔法が頭に浮かぶのよ。
「便利は便利だけど、咄嗟の弾みで暴走しないかだけが心配よねぇ……」
何も起きなきゃいいんだけど。
町の中にいる限りは魔獣と
魔法が使えて、加護や装備のお陰で傷を負うことはないとしても、迎え撃つ覚悟もなければ、腕っ節に自信もない。
「一番弱い魔物にワンパンされちゃったらどうしようかしら。あっやだお魚焦げちゃう!」
慌ててお皿へ乗せる。皮が真っ黒になってしまったけれど、身は大丈夫そうね。さて初めての魔物魚、いっただきまー
──カサカサッ
「え、なに?」
あーんと大口を開けたところで、後ろの茂みに何かの気配がした。
さっきの猫かと思ったけど違うわ。もっと大きい何かがいる……!? やだやだなにもう!!
──ガサ、カサカサッ ガサッ
「いやーーーーぁ!!」
林の中から突然現れた黒い塊に、あたしは思わず裏拳を入れてしまった。
「えっ、うそ死んじゃった!?」
そこにくったりと横たわっていたのは、一メートルくらいありそうな大きな大きな黒い猫だった。
おろおろ様子を伺っているとすぐに目を開けたけれど、ぐうぅぅとおなかを鳴らしてへたり込んでしまった。
「……おなか空いてるの?」
「ニ゛ャゥゥ」
警戒しているのか、動かないままきつく睨み付けてくる。
魚の匂いに釣られて来ちゃったのかしら。
「ね、お魚好き? ほら、これ食べていいわよ」
焼きたてで熱いだろうから少しほぐして、ついでに深めのお皿に魔法でお水も出してあげたら、少しだけ顔を近付けてきてくれた。
どこを走ってきたのやら、あちこち葉っぱが付いてるし毛並みもぼろぼろね。
「やだ、あんた怪我してるじゃない」
「ニ゛ァウッ」
「触るなってこと? もう……まぁいいわ、とりあえずお食べなさいな」
そんなに警戒しなくたって。ほら美味しいわよ? お水も飲んで落ち着いて、ね。
「動けないんでしょ? 死にたくないからあたしを襲ってきたんでしょ?」
「…………」
「なら食べて。死にたくないなら生きなさい」
「…………」
「強情ねぇ。プライドなんかじゃおなか膨らまないわよ?」
「……ニ゛ァウ」
「大丈夫よ」
「グルル」
「ほら、お食べ」
そうやって促すと、やっとその大きな猫は水をひと舐めし、ほぐした魚を食べてくれた。
傷の手当てもしてあげたいけどまだ少し警戒してるっぽいし、落ち着いてからが良さそうね。
そうだわこの子、もしかしてあの子の親かなにかかしら。
「ねぇ、あの木の上にいる猫、あなたの知ってる子?」
「……ニャ」
へ、返事したわよ!? こくんて頷いた!!
こっちの猫ってこんなに頭いいの!?
「じゃ、じゃあ、ここへ連れてきてもいい?」
「……ニャァオゥ」
うっそ今度は「頼む」って聞こえたわ!!
いやいや流石に空耳よね、空耳。
「じゃあ行ってくるから、それ食べて待っててね」
食べ終わったら宿に戻るつもりだったけれど、今日はここで野宿になるかもしれないわね。寝袋も買っておいて良かったわ。
だけど野生の猫って人の側で眠るかしらね?
「あら、寝ちゃってる?」
魔法の力を借りて無事に保護した猫を連れて戻ってくると、大きな猫は目を閉じて静かに寝息を立てていた。
魚も半分残してるし、やっぱり体力なさそうねぇ。
よし、今のうちに傷を治してあげましょう。あと汚いから綺麗にしてあげたいわ。
「ほら、あんたも一緒に綺麗にしましょ」
「にぁーぅ」
「んふふ」
傷の癒えた大きな猫は、深く息を吐き出して丸くなった。その側に連れてきた猫を降ろし、毛繕いをするイメージで魔法をかける。
「黒いから暗くてよく見えないけど、毛並みは良くなったわね」
ゆっくりおやすみ。
夜は冷えるから、火を絶やさないようにしてあげなくちゃね。
あたしは二匹の様子を伺いながら、ぬるくなったお酒を飲み干した。
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