06 魔法の鞄の使い方

「さぁ、早速そいつを試してみるとしよう。鞄の口から入る大きさのものはそのまま放り込んでも構わんが、最初は念じて入れるやり方を身につけるといい」


 鍛冶神様はそう言って、金細工の山の前へとあたしを促した。

 渡された鞄のフラップを開けてみると、中には何も入っていない、本当にただのまっさらな鞄だった。

 これに際限なく物が入るなんて、ほんと不思議ねぇ。


 山からひとつだけ手に取ってみる。ずしりと重たい、喜平風のネックレスね。

 そして逆の手を鞄に触れて念じる……。入れ、入れ……。


「あっ、入ったわ! え、すごい。本当に入っちゃった!」

「うむ。問題ないな。では残りも入れてしまうといい」

「はぁい」


 って、これ全部入れんのにどんだけかかるのよ。一体いくつあるのかしら。気が遠くなりそうね。


「はぁ……」


 ひとつ取って入れ、またひとつ取って入れるを繰り返していると、鍛冶神様が不思議そうな顔をしてきた。

え、なんかやり方変なのかしら?


「随分慎重だな」

「はい?」

「それだけ繰り返せばもう使い方は身に馴染んでいるはずだが、なにか不安か」


 うん? よくわからないわね。

 言われた通り手に取って念じるだけの簡単仕様だし、確かに何度も繰り返したらスイスイ出来るようにはなったけれど。不安とは?

 ひと掴みして口から放り込めってことかしら?


 お互い首を傾げて、頭の上に???を浮かべて見つめ合うことしばし。

 先に口を開いたのは、困惑顔の鍛冶神様だった。


「ひとつずつでは面倒だろう。時間もかかる」

「それはあたしも思ったけど……」

「土や砂を一粒ずつ数えたりはせんだろう? これをひと塊として認識するのだ。そうすればまとめて入れることが出来る」


 なるほど、やっとその困惑顔の意味がわかったわ。

 ていうかそんな楽なやり方があるなら最初から言いなさいよもう。

 早速金ピカ山のてっぺんに手を置いて、と。さぁ、いらっしゃい!


 ……しかし。

 念じれど念じれど、金ピカ山はうんともすんともいってくれなかった。


「できないぃ……」

「キュゥ」


 ふわふわとサラマンダーちゃんが翼の先であたしの頭を撫でてくれた。

 やだ、慰めてくれてるの? 可愛いコねぇ。


「ふむ、恐らくそれら全てをバラバラに『個』として認識してしまっておるな。ならばそうだな……その羽織りものを貸してくれるか」


 不意に近寄り肩から羽織っていたショールをするりと奪われて、本日何度目かわからないときめきタ~イム!!!!

 はぁあぁん不意打ちでそゆことすんのほんとやめてもう! ばか! すき!!


 露になった逞しい肩を気にもせず悶えているあたしをよそに、鍛冶神様はショールを床に敷き、その上に載るだけの量を一瞬で移動させてショールで包み込んだ。


「この包みをひと塊として念じてみるといい」

「ええ、やってみるわ」


 むん! と気合いを込めて手を触れると、今度は上手く仕舞うことができた。


「できた!」

「よし、ではついでに取り出すのもやってみるか。先程の布だけ手に取るよう念じてみよ」

「ショールだけ、ね」


 できるかしら。鞄に手を入れて念じるのよね。

 さぁショールちゃん、出てらっしゃい。

 するとこれまた不思議なことに、頭に中身のリストが浮かんできたのよ!!

 しかもフォルダ分けみたく、金細工は一纏まりになっていて、ショールは別になってるの!!

 横には入れた数まで表示されている親切設計。至れり尽くせり!


「なにこれすごい」

「リストが浮かんだか」

「えぇ。どういう仕組みなのかしらこれ」

「そうなるように魔法を編んである。中身が多くなると何を入れたのか忘れてしまうこともあろう」

「魔法ってすごいのねぇ……」


 こんな技術があるならわざわざ地球の細工物なんて欲しがらなくてもよさそうなものなのに。まぁないものねだりってやつかしらね。

 あたしだってこの短い時間でさえこっちの魔法や技術に興味が湧いてきたもの。


 その後ショールだけを無事取り出すこともできて、残りの金ピカ山もきれいに片付いた。

 ふうと一息ついてショールを再び羽織り、さっき慰めてくれたサラマンダーちゃんをなでなでしていると鍛冶神様が少しそわそわした様子でこちらに近付いてきた。



「レイよ」

「はぁい?」

「その、これはもしできればでよいのだが……」


 おっきい人がもじもじしてる姿ってどうしてこう破壊力があるのかしらね!

 一言でいうと「ぎゃんかわ!!」なのよもうなぁに頼みごとならなんでも聞いてあげちゃうわよ!


「そちらの世界にない素材なども収集する手伝いをしてはもらえないだろうか」


 あ、やっぱりなんでもは言い過ぎたわね。できる範囲でお願いしたいわ。


「こっちにないものはどう頑張ってもあたしじゃお取り寄せできないわよ」

「そうではなく、こちらの世界へ渡り、色々と探したり採取したり買い取ったりをだな。俺も主も、そうそうここを離れるわけにはいかんのだ」

「はい? こっちの世界に行ったりなんてあたしができるわけが……できるの?」

「無論」


 神域ここからの行き来はショタ主神様がどうにか出来るらしく、神域を中継地点にしてあちこちへ行くことが出来るそうだ。

 勿論、帰りもきちんと送り届けてくれると確約してくれた。


 それなら、あたしも未知の世界や魔法なんかに興味もあるし、言葉も通じるし持ち物だってこの魔法の鞄ひとつでこと足りる。

 まずはちょっとした観光のつもりで行ってみても構わないだなんて魅力的なお言葉までいただいちゃって、元々旅好きなあたしはかなりグラついちゃってる。


「そっちはどんな世界なの?」

「そちらの世界との違いは……そうだな、俺もそちらをあまり多くは知らぬが、人種というか種族が多く、魔法があり、魔獣や精霊といった人や動物とはまた異なる生命体もいる」

「思いっきりファンタジーねぇ」

「自然も多く、未だ発展途上ではあるが、それなりに豊かな国が多い。金はこちらの世界でもそれなりに価値はある。故に渡した金があればこちらの世界でも不自由することはあるまい。先程も言ったが半分はレイへの謝礼だ。好きに使ってくれて構わない」


 ただ、市場に流通せず、金銭では手に入らない物も中にはあるそうで。そういった物は直接採取や討伐に行く必要があるとかなんとか……

 ん? 討伐?


「例えばどんなもの?」

「希少金属に希少鉱石、天然魔晶石、それから竜種ドラゴンの爪、牙、鱗……」

「いやちょっとまてまてまてまて待ちなさいよもう!! バカなの!? 無理に決まってるじゃない!! ドラゴンとか会った瞬間即死でしょうよなにさせるつもりよあたしこんなガタイだけどただの一般人よ?! てかそこにドラゴンいるじゃないの!!」

「こいつは竜種ドラゴンではない」

「反論そこぉ!?」

こいつサラマンダーは確かに姿こそ竜種ドラゴンを模しておるが精霊なのだ」


 いやそんなこと聞いてんじゃないわよ!

 なんでいきなりドラゴン倒して素材持って来いなんて話になってるのかって言ってるのにもう相変わらず話が通じなぁい!!


「案ずるな。俺の加護と、装備一式を専用に拵えて贈る。鍛冶神の手によるものだ。竜種ドラゴンのブレスでも傷ひとつ付かん」

「生身の部分は黒焦げでしょうよそれ……」

「加護があれば体も無傷だ」

「なにそのチート」

「そもそも我らの都合でこちらの世界へ降り立ってもらうのだ。レイに万一の危険や不安もないよう努めるのは当然であろう?」


 ズキュゥゥン!!


 あ、ダメもう……心臓撃ち抜かれちゃった……

 だからその笑顔は狡いわよぉ……

 

「あとはこれを」

「えっ……」


 やめてやめてもうあたしのこと殺す気なの!?

 なによその手に持ってるの。


「庇護者の証として、俺の神力を込めたこれを身に付けていてくれ。身を守るのは勿論、竜種ドラゴンや高位精霊などの魂格が高い者は敵対はしない」


 ドラゴン倒すんじゃないの?

 あぁ、そんなことよりそれって、ねぇ。


 鍛冶神様はあたしの手を取ると、あろうことか薬指に、揺らめく赤い宝石のはまった指輪をそっと嵌めてくださった。


「これがあっても敵対するのが邪竜だ。奴らを討伐し、素材を回収してもらいたい。瘴気は神域に入れば浄化される故、強度や特性は竜種ドラゴンと変わらんのだ」


 何か仰ってるけど完全に右から左。

 なにナチュラルに薬指に嵌めてくれてんのよこのイケオジ神様ったら……!! 右手だけど!! もうらめ!! しゅきぃ!!


「先程の所有登録の折、レイに魔力の道を通しておいた。血液同様、魔力は身体を巡る。意識して過ごせばこちらの世界へ訪れる際にも役立つだろう」

「ふぁい……」

「そしてこの指輪を通じて俺と念話ができる。依頼についてはレイが戻ってから色々やりとりしよう」

「ふぁい……」


 あぁんもう完っ全にメロメロだわぁ~

 貴方が望むならどんな場所へだって行ってみせるわよ!!




 ……なんて思っていた時期があたしにもありました。



「なんだかこんなに色々と貰っちゃっていいのかしら。これ割に合わなくなぁい?」

「動けん我らの代わりに行ってもらうのだ。初期投資としてこれくらいは当然だと主も言っておったしな」

「……初期投資ってなんだか不安になるお言葉ねぇ」

「……気のせいだ」


 絶対無茶振りする気でしょあのショタ!!

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