紅葉と紺色の狐23

 鷲田大将が死んでから鹿屋は色々な用件で電話から離れられなくなって、葬儀の設定で招集がかかった時も青山までの運転をユリアに任せた。昼に電話の弾幕が薄くなるのを狙って家に戻り、彼女に出掛ける支度をさせておいて、その間に僕が三人分の食事を用意した。僕と鹿屋はグレイの正装で、鹿屋はついでに佐官用の金ぴかの肩章をつける。基地では滅多に見ない格好だった。でもどちらかというとユリアの薄化粧の方が珍しいかもしれない。彼女はタイトなワンピースの礼服に冬用のジャケットを重ねていた。

 ユリアの運転は思ったほど悪くなかった。クラッチ操作はなかなか見事だった。でも鹿屋はそんなことは意中に無いみたいに窓の外にじっと目を向けていて、支給品の携帯電話に繋いだヘッドセットを被ったまま、コールが鳴るとすかさず返事をする。電話が切れている時は相変わらずぼうっとして「ここ右でいいの?」と切羽詰まるユリアに「そうだ」と沈着に答える。クマのぬいぐるみみたいに後席に詰め込まれた僕はそんなに余裕なら自分で運転しろと思うのだけど、やはり鹿屋にも考え事があって、時折思いついたように彼の方からどこかに電話をかけていた。鷲田大将の葬儀のこと、西部方面軍との折り合い含め陸軍組織の改編のこと、九木崎の行く末のこと、鷲田大将の死によって少なくとも三つの事柄が同時に鹿屋の頭の中で進行している。肢闘乗りの僕に例えてみれば、鍵鮫の相手をしながら対地攻撃機のロケットや機銃掃射を避け、なおかつ電子攻撃を受けているという満身創痍の状況かもしれない。そうそう、サキのことだって忘れてしまったわけではないはずだ。

 中央道に乗ったところで負担の減ったユリアがちょっと鹿屋の様子を気に掛けた。その横顔を見て僕は少しほっとした。数日前の夜に見せたシリアスな姿と全然違っていたからだ。いわし雲みたいに無根拠な思い付きだけど、でも、なんとなく、この夫婦はもう大丈夫だという気がした。

「どうした、人が死んだってのに嬉しそうな顔して」鹿屋がサイドミラーで僕の顔を見て言った。ルームミラーにもユリアの目があって、「放っとこう。この子変なのよ」と彼女は呆れ気味に言った。どういうわけか僕は笑いを収めるどころかおなかを抱え出してしまって、なかなか笑い止むことができなかった。

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