就活と終活のコラボ🙏

 暇だ。


 いやいや、ほんとは暇じゃない。

 わたし自身の来し方をなんとかしなければ。


 失業保険の手続きをやって、初めて自分が職を失ったことの実感がわいてきた。


「はあ・・・とうとうご厄介になっちゃったか」


 でもまあ考えてみれば他人の世話にならない人生などないだろう。


 おぎゃ、って生まれた瞬間から人様の世話になり通しで、大人になってほんの少しだけ社会に対するお世話を仕事を通じてやったりとか。まあ、お給料いただいてたんで、お客様のお世話になってるわけだけどね、結局。


「ううむ。組織に属さずに稼ぐ道はありや?」


 花蜜花かみつかちゃんみたいに凄まじい小説の才能があればわたしもいっぱしの作家としてやっていく・・・のは無理だろうな。

 この年齢で、しかも容姿に優位性のかけらもないし。


「ハロワ行くか」


 なんだか後ろめたさが先立って、とにかく自分は動いているんだという感覚を保持したい。まあ失業保険貰うにも就職の意思をきちんと持っておくことは必要だろうから。


 ハロワに着くと、こんなにも失業者(わたしみたいに倒産・失業のパターンばかりではないだろうけど)がいるのかと呆れるぐらいに大勢の求職者が検索用のPCとにらめっこしてた。


「お願いしまーす」


 と係の人から使用カードを受け取り、わたしはPC端末の前に座った。会社が潰れる前、総務の仕事も兼務していたわたしは、求人する側として何度もハロワに来ていたのでシステムは先刻承知なのさ。


 今度は求職する側で座るのもまあ世の常なのかな。


「さてと。高望みは無理だろうしな」


 とりあえず条件をPCに入力する。


「えと。年齢・・・ほっとけ。職種・・・うーん、資格っても簿記と普通運転免許ぐらいだからなあ。希望収入・・・」


 よし。

 言うだけならタダだ。


「月額○○万円・・・と。せいやっ!」


 わたしは、タン、とカッコつけてエンターキーを叩いたもんさ。


 うおっ・・・

 出るわ出るわ。

 これ、ほんと?


●営業管理・事務。週休2日(但し隔週)月額○○万円以上。

●清掃スタッフ・営業。週休2日(但し不定期)月額○○万円。

●セレモニーホールスタッフ・営業。休み月4日以上。土日出勤あり。月額○○万円から。昇給あり。


 なんだろうなー。どの職種もなぜか『営業』の2文字が微妙にちらついてるなー。魔法のワードなんだろうかね、営業って。


 とりあえず一先行ってみるかな。


「あの。この会社、説明聞きに伺ってみたいんですけど」


 ハロワのスタッフさんにアポ取ってもらって早速セレモニーホールの本社に行くことにした。バスで本社の近くまで行ってからコンビニで履歴書買って、イートインで書いて。事前に自宅のプリンタで出しといた顔写真貼って。


遠里とおさとです」

「総務課長の丘です。前の会社、倒産しちゃったんですね」

「はい。面目ございません」

「ん? なぜあなたが謝るんですか?」

「わたしも社の一員として業況の改善に尽力すべきだったわけですから」

「ほう」


 おや。

 なんだか却って好印象を与えたのかな?

 まだ若いイケメンの丘さんはなかなかに鋭い質問をいくつも繰り出してきた。


「遠里さん。あなたの社会人としての座右の銘は?」

「『誠実』、です」

「ではあなたのプライベート含めた人生の座右の銘は?」

「それも、『誠実』です」


 丘さんからもわたしは誠実さを感じたよ。お若いのに本当に人生の機微を知り尽くしてるような。そりゃそうだよね。葬儀って、人の死に常時接する仕事なわけだから。

 こんな人が総務課長を務める会社なら、もしかしてここへの就職を柱にして今後の人生プランを立てるのもアリかもしれないな。


 でもさ。

 最後の質問だけなんだか異様だったんだ。


「ホラー映画は平気ですか?」


 時間が許すなら、ってことでわたしは実際の業務に随行させていただいたんだ。

 当然セレモニーホールで葬儀の準備とか式にあたってのお供物の仕入れ業務とかを見るのかな、って思ってたら、丘さんは営業車をどうみても街中の住宅街に向かわせてるんだよね。


 着いたのは崩れ落ちそうな一軒家。


「遠里さん。無理ならば無理とおっしゃってくださいね」

「は、はい・・・」


 丘さんはゴミ袋がうず高く積まれた居間の中をスリッパを履いたままで歩いて行く。わたしもそれに続く。


 こういう匂いなのか。


 無礼かもしれないけれども、動物の匂いだと思った。幼稚園ぐらいの頃、動物園が付属したレジャーランドっぽいホテルに泊まったことがあったけれども、朝目覚めて父親と一緒に早朝のその動物園の、汚物がまだ掃除されていない時間帯の園内を見て回ったことがあったけれども、その動物臭・排泄物臭の比じゃない。


 ごめんなさい。

 死者に鞭打つ気持ちなんてほんとにないの。

 でも、臭い。


 丘さんは数珠をスーツのポケットから取り出して合掌し、「南無阿弥陀仏」と唱えながら寝室に足を踏み入れた。


 ああ。

 ごめんなさい。


 ダダダダ、とわたしは台所まで駆けた。


 シンクにはどれだけ放置されたのかわからない、原型をとどめないカップラーメンの麺や具と、ドロっとした水と、もしかしたら吐瀉物ではないかと思うような液体があり、今しがたわたしが見た光景


 ・・・・腐った老人の死体・・・・


 と入り混じって、胃がひっくり返って口から飛び出すような吐き気が爆発した。


「ごええええええええええっ!」


 わたしは、吐いた。

 自分の吐いたものを見て更に吐いた。


「遠里さん、大丈夫ですか!?」


 丘さんがわたしのところまで来てくれて、女の体に触れることを躊躇していたようだけど、わたしの背中をさすってくれた。


「すみませんでした、遠里さん。本当に申し訳ない!」


 誠実な人だ。まだわたしに触れることに後ろめたさを感じながらさすってくれている。


 たとえわたしが美形だったとしても、そして昼下がりの人気のない住宅街で男女が密室で二人きりだと言っても、こんな地獄そのままの現場で女を抱ける人間がいたとしたら、それは悪鬼でしかないだろう。


 ・・・・・・・・・・・・


 わたしが全てを吐き終えてから、丘さんはおっしゃった。


『セレモニーホールの業務は多様化しています。は孤独死の方のご遺体をお迎えする準備の段階から関わらざるを得ません。遠里さんにこういう業務をとして受け入れていただけるかどうか・・・』


 わたしはお断りした。


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