パワハラ、パラパラ、わはははっ!😆

 パワハラ。

 セクハラ。

 モラハラ。


 三拍子揃った水田課長に対し、わたしは特にどうということもない。


 異常も積み重ねれば日常になる。


「ならぬかんにんするのこそまことのかんにん」


 わたしの曽祖母の遺訓だ。

 ただ、この言葉をわたしはハラスメント小僧どもにこそ投げつけてやりたい。


 ところで、話はわたしのことではない。

 お客さんのお店での深刻なハラスメントのことだ。


「それで、被害は?」


 わたしは受注した資材を届けがてら、問題の居酒屋さんの店長と話していた。


「バイトの子が先月だけで5人辞めました。それから正社員も2人」


 ウチの会社のお客さんであるこの居酒屋さんで、来店客から嫌がらせを受けているのだそうだ。近くの一部上場企業の上層部の常連客で、結構団体での予約も入れてくれるのでおおごとにしたくないというのが本音らしい。


 ただ、どうしてそういうことをわたしに相談してくるのかはわからないけど。


 まあ、乗りかかった船というもんさ。


「具体的にはどんなハラスメントを?」

「えーと・・・」


 なんだろう。店長が思案してるね。分類不能な内容なのかな?


「ポジハラ?」

「え。なんて?」

「ポジティブ・ハラスメント。略してポジハラとでも言うんでしょうかね」


 全く意味がわからない。

 店長に事情聴取を繰り返すとこういうことだった。


「いつも専務さんと部長さん課長さんで来るんですけどね。顔がネガティブだ、ってウチの店員に言うんですよ」

「???」

「わからんでしょう。別にみんな暗い表情で接客してるわけじゃないし。もっとポジティブになれ、って延々と説教するんですよね」

「毎回ですか?」

「はい。毎回」

「たまんないですね」


 まあ、普段のご愛顧と、あとインターンの花蜜花ちゃんの歓迎会もやってなかったんで、ウチの課のこの地区担当者で飲みに来ることになったのだ。

 外すとうるさそうなので、水田課長も呼んだ。水田課長、わたし、練り切りくん、花蜜花ちゃんというなかなかにシュールなメンバーだ。


「ふうん。なかなかいい店じゃないか」

「あの課長。お客さんの店ですからあまりくつろぎ過ぎないでくださいね」


 練り切りくんが、『横柄な態度をとるなよ』という言葉を変換に変換を重ねて上記の表現となった。それでも水田課長は機嫌を損ねる。


「練り切り! お前、そんなことだから成績が上がらんのだ!」


 呼び捨て、お前呼ばわり、立場を利用した口撃。

 まずはあなたがアウトですね。


「よ! こんばんは!」


 威勢のいい声が3人、店に入ってきた。どうやらこの方たちがくだんのポジハラ客らしい。


「あ、専務。ようこそお越しくださいましたー」

「店長。今日もみんなネガってるぞ。もっとポジらせんと」

「は、はあ・・・すみません」


 水田課長が反応した。


「なんだぁ? ネガってる? ポジらせる? 訳の分からん連中だ」

「か、課長。声を落として・・・」


 そう練り切りくんが言ってる側から花蜜花ちゃんが、突然声を上げた。


「ネガティブな顔の、どこが悪い〜!」


 え!?


 専務、と呼ばれていた小柄な男性がこちらのテーブルにやって来た。

 花蜜花ちゃんの真正面に立つ。


「ネガティブは、悪だ。キミもなんだね。湿気った顔してからに」

「この顔は〜、湿気ってなんかないです〜」

「ならばポジティブだと言うのか?」

「ネガでもポジでもないです〜」


 語調はいつものようにのんびりと優しいのに、花蜜花ちゃんの表情は鬼面のようだ。

 ギャップがすごすぎて怖い。


「す、水田課長」

「なんだ遠里とおさと

「部下が絡まれてます。助けてください」

「なに!? この私がか?」

「はい(他に誰が居んだよ!)」

「い、いや・・・花蜜花くんは自分から相手に絡んだのであって」

「エンリさん〜、平気です〜。課長の助けなんて当てにしてませんから〜」


 うわ。

 す、すごいこと言っちゃって!


「おいこら〜、パワハラおじさん〜」

「な、なんだ!? キミ、酔ってるのか!?」

「酔ってなんかないです〜。わたしは子供の頃から小説書いてるせいで暗い〜、とか〜・・・」

「わー! わーわー!」


 あ、アブねー!

 カミちゃんよ、この場でわたしらが小説書きであることを会社に知らせても何もいいことないからー!


「わ、わたしが先輩としてお話しさせていただきます!」

「ん? キミも鬱々とした湿気った顔しとるなー」

「は、はい。最近余りいいことがないものですから」

「なに!? ネガティブな顔と発想を持ってるからだ。悪いこと全部吐き出してポジティブになれっ!」

「で、では・・・」


 ああもう。なんでわたしが見ず知らずの会社の専務さんに自虐ネタを披露しなくちゃいけないんだ。

 まあ、ならぬかんにん、ってことか・・・


「えーと。まずは先日、アパートの壁が壊れました」

「ほう? なんでまた」

「隣人がテーブルの脚に小指をぶつけて痛みに耐えかね、つんのめったところをバランス崩して壁に激突したんです」

「ほ、ほう。それから?」

「車でお客さん周りをしてたら、黒猫の親子に前を横切られました。全部で五匹。見事に全猫黒です」

「ふ、ふん。それから?」

「おみくじ引いたら大凶でした」

「は。はーん。で?」


 なんだぁ? だんだん腹が立ってきたな。


「あと、今朝の通勤電車で痴漢に遇いました」

「ほ、ほう! それはまた・・・」

「しかも、そいつわたしを見て、『すみません、間違えました』だって!」

「・・・・・」

「それからねえ、スーパーのイートインでベンダーのココアのボタン押したら、「あ、ごめん!」て小学生が『砂糖なし』のボタンにぶつかりやがって、カスカスの飲み物飲んだし」

「・・・・」

「ちょっと、聞いてる!?」

「あ、ああ・・・・・」

「おまけになんで楽しい後輩の歓迎会であんたみたいな人に説教されなきゃなんないのよ!」

「いや・・・むしろキミが説教を・・・」

「言い訳するなっ!」

「は、はいっ!」

「わたしはねえ、死ぬほどクタクタになって働いてる部下のことも慮れずに『覇気が無い!』とか怒鳴りつけるような上司が一番嫌いなのよ! わかった!?」


 うー。まだおさまらん!


「分かったかって訊いてるのよ! このポジティブ野郎が!」

「て、店長、お勘定!」

「こらー! 逃げるのかー!」


 むしろわたしが店員さんたちから宥めすかされてなんとか場が収まった形だ。


 ただ、みんな、あとでガッツポーズしてた。


「あ、水田課長。すみません、取り乱してしまって」

「う、うん・・・」

「さ! 楽しく飲みましょっ!」


 次の日から、水田課長、しばらくおとなしかったな。



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