ファイティング・ワナビーズ👊

 さて。

 ことの発端はせっちゃんの『ダイナー』にウチの会社の超強力インターンである花蜜花かみつかちゃんを連れて行ったことだったんだよね。


「ねえ、カミちゃん。いいお店でしょ?」

「はい〜。コーヒーもとても美味しいですし〜、せっちゃんもステキなレディですし〜。あと、ボンさんもイケメンです〜」

「えっ!?」

「えっ!?」

「ふふん」


 せっちゃんとわたしは驚愕し、ボンは当然だと言わんばかりの表情を見せる。

 そうしていると、初めて見る老年の渋い男性客が入ってきた。


「せっちゃん。久しぶり」

「あら? もしかして、ノブさん?」


 聞くとせっちゃんがまだロンドン在住の少女時代、大手メーカーの駐在員として赴任していた当時若かりし営業マンだった方だという。せっちゃんのお父さんの仕事の関係と、あとお母さんは日本人だったので、せっちゃんの家にノブさんを招いて日本食を振舞ったりということもあったそうだ。


「いやー。せっちゃんのツイッターでこの店のことを知ってね。定年になって落ち着いたからちょっと昔の知り合いが懐かしくて色々訪ね歩いてるんだよ」

「そう。嬉しいわ、覚えててくれて」

「忘れないさ。せっちゃんは可憐な美少女だったからね」


 ほほー。

 確かに品のいいナイス・レディのせっちゃんならばきっとそうだったんだろう。


 そんなノブさんがせっちゃんになにやら世間話的に持ちかけている。


「いやー。実はウチの会社、定着率が悪くてねー。バンバン若い子が辞めてってるのさ」

「へー。ノブさんの会社って一部上場の優良企業でグループの親会社なんて元々財閥系の名門じゃないの。どうして?」

「うーん。仕事がまあきついというのはあるのかなあ。顧客との取引の金額が大きいから責任も重く感じるかもしれないし。あとは『自己実現できる職場ではありませんでした』っていう理由が多いとは聞いてる」

「あらまあ」


 二人の話を聞き流しながら、わたしと花蜜花ちゃんがスマホで小説投稿サイト、『カックンヨムンヨ』のランキングを見てると、せっちゃんとノブさんが話しかけてきた。


「エンリちゃん、カミちゃん。ノブさんの話、ちょっと聞いてあげてくれない?」

「はい?」


 ノブさんの話はこうだった。


 正直ノブさんが在籍していた会社は給料は驚くぐらい高いけれども、『自己実現できない』『自分のやりたいことと違った』という理由で入社1年目からも結構な数の若手が辞めていくのだという。

 古巣であり、もうしばらくしたらまた嘱託でそこに再就職する予定なので、なんとか役に立てたらなと思うけれども昔のイケイケ営業だった自分では若い人たちのその感性がなかなか理解できないという。


「せっちゃんから聞きましたよ。エンリさん、あなたが下駄履きでドブ板踏み踏みのスゴ腕営業ガールだと」


 小説や漫画の中でしか目にしたことのない不可思議な形容でもってわたしのことを多分褒めているのだろうと思う。そもそもわたしが『ガール』と言えるかどうかというところも自分でツッコミたくなるけれども。


「それでエンリさん。ウチの会社の若い者たちに喝を入れてやってもらえませんか?」

「はい?」

「営業スピリットを注入してやって欲しいんです!」


 ・・・・・・・・・・・・


 とまあ、どういう訳かわたしと花蜜花ちゃんでその会社の若手社員さんたちの研修に出向くことになったんだよね。

 水田課長に話したら、


「カネにもならん仕事引き受けるな! そんなヒマがあるなら営業でドブ板駆けずり回らんか!」


 あらあら。語彙がノブさん世代で終わってるわ。

 けれども社長が、


「花蜜花くんにもいいOJTになるだろう」


 と、許可してくれたよ。さすが創業者。


「さあ、カミちゃん。緊張してない?」

「そうですね〜。ちょっとだけしてますかね〜」


 いや、まったくもって平常だよ。さすがだわ。


 場所はその会社の研修棟。

 全部で100人、なんと全員入社1年目だという。なんともまた人手はいる所にはいるもんだねえ。


 スクール形式に並べられた机に座るひよひよのリーマン男子・女子たち。

 かわいらしいもんだね。


「みなさん、こんにちはっ!」

「こんにちはー」


 お、お。

 元気いい返事とそうでない返事とごちゃ混ぜだね。そりゃそうか。


「えー、○○社の遠里とおさと花蜜花かみつかでございます。皆さんお忙しいでしょうから早速研修に入ります。テーマは、これです」


 わたしが話す後ろで花蜜花ちゃんがホワイトボードに書家のような達筆で文字を書いた。


『ワナビ』


 当然目が????になる若手たち。

 わたしは怯む間もなく畳み掛けたよ。


「みなさん! そもそもみなさんは一体何者ですか!?」


 さわさわと隣の席同士で顔を見合わせて話し始める。そんな中、花蜜花ちゃんがもうひとつ文字を書く。


『詩人』


 そしてわたしは待ったをかけない。


「この中で、詩人の方!」


 呆然とした表情の彼女・彼ら。

 花蜜花ちゃんがまた文字を書く。


『絵描き』


「絵描きの方!」


 ざわめきが大きくなる。中には舌打ちして「うぜえ」と言っている子もいる。


 次、花蜜花ちゃんは、


『ブロガー』


 と書く。


 騒然としながらもパラパラと何人かが手を挙げた。


『ゲーマー』


 結構な、特に男子が手を挙げる。


『美食家』


 女子がかなり挙手。


『オタク』


 ためらいながらも意外と多い人数の子が挙手してくれた。


「ありがとうございます。ちなみにわたしはワナビの小説投稿者です!」


 失笑する子もいれば、腕組みして真剣な顔をする子、オドオドした視線の子、なぜだか頭を抱えている子・・・


「わたしは職業としては超零細企業の細々とした営業に駆け回る下駄履きのリーマン女子です。だけれども、同時にわたしの本質は、ワナビたる『小説家』ですっ!」


 会場が引くかと思った瞬間、わたしの背後で割れんばかりの拍手が起こった。


 花蜜花ちゃんだ!


「エンリ先輩、素敵です〜!」


 そう叫んでもう1本のハンドマイクを手に取り、脳内ノベライズが繰り出される。


「さあ、少年少女よ! キミたちが今集うこの場は単なる入れ物だっ! キミたちは今座るその椅子の上にあって、冒険者たる責任を負うのだっ!」


 不思議。

 アブない人と思われても仕方のない内容のこの花蜜花ちゃんのノベライズに、みんな圧倒されて聞き入ってるよ。


「冒険者とてダンジョンの中では自活してる! それは食料と衣服と住まいを得るための戦いなのだ! では、その冒険者たちの本質はなんだっ!」

「・・・勇者・・・」


 頭を抱え込んでいた男の子が、つぶやいた。


「そうだっ! キミたちは勇者だっ! やめるのは明日でもいい。では、今日、今この場所でキミたちは何者だっ!? いや、ワナビとして何者になりたいっ!?」


 腕組みしていた男の子がつぶやいた。


「・・・僕は本当は少年漫画誌の編集者になりたかったんだ・・・」


 花蜜花ちゃんが、マイクの小指を立ててがなる。


「ならば、書けっ! キミのその激情を製品の企画書にぶつけてて書けっ! いや、企画書などでなくてもよい。今日の業務日誌を、社内の会議開催の案内メールすら、キミの激情をもって編集者としての文責を込めて書け! 書いて書いて書きまくるのだっ! キミはサラリーマンであると同時に、編集者なのだっ!」


 おおー、と拍手が起こる。


 花蜜花ちゃん。

 スゴいわ。


「わたしは、シンガーソングライターになりたかった」


 女の子の声にわたしは間髪入れずに答えたわ。


「あなたは詩人。そして歌手。『ニューヨークの詩人』と称えられるシンガーソングライター、スザンヌ・ヴェガのように、仕事を離れれば日常を大切に生きているであろうあなたのお客さんに、詩を語りかけるように、丁寧に話してあげるのよ。あなたの本質は詩人。シンガーソングライター。詩人でリーマン女子。最強よ」


 あとはわたしと花蜜花ちゃんが仕切る必要なんかなかったわ。


 みんな勝手に


「僕のわたしの『ワナビ』を聞けっ!」


 って熱く熱く語ってたわ。


 研修を担当した人事部の女性のご担当に最後にわたしは謝った。


「すみません。『やめるのは明日でもいい』なんて縁起でもないこと申し上げて」


 彼女は静かに答えてくれたわ。


「いいえ。会社をやめても社員たちの人生が終わるわけではありません。それはわたしたちのお客様にしたって同じことです。これからは採用も育成も、常にその責任を胸に努めて参ります」


 いい会社だ、って思う。

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