レビュー・レビュー・レビュー✒️

 わたしの得意なことを考えてみたのさ。


 普段ボンを叱り飛ばしたりもしてるし直情的な性格だな、って自分自身でも思うことはあるけれども、よーく考えてみると。


 わたしはボンのいいところがいっぱい見える。


 だからまあ、も許したわけだし・・・


 それに、直情的ではあるけれどもものすごく涙モロい。

 大して読書とかしてきたわけじゃないけど、高校の時に読んだ『窓ぎわのトットちゃん』なんて、もう何度繰り返し読んで何度泣いたか。


 え、ベタ過ぎるって?

 窓ぎわのトットちゃんが?


 あなたそんな事言うなんて人生を損してるよっ!

 あんなに素晴らしい本はないよっ!

 優しくて暖かくて人生のどうしようもない辛さも表現してて。


 素直になりなよっ!


 あ、そっか。


 わたしは要は感傷的で単純で物事にとても感動しやすくて騙されやすくて。

 それでいてお節介でなんとなく自分が部屋から出るのが最後になるような、そんな感じの人間なんだろうな。ずーっと自分と付き合ってきててそう感じるよ。


 じゃあ、わたしの得意なことって、それをそのまんま出すことかも。


「ねえボン」

「はーい」


 アパートのボンの部屋をノックして中に入れてもらった。


「エンリさん、どうしたんですか? なんか、いつもよりしおらしい雰囲気ですね」

「ほっといてよ。あのさ、ボン」

「はいはい」

「これ、読んでみてくれないかな」


 わたしはスマホを見せる。


 表示されてるのは、ある音楽サイトの投稿欄。


 ボンは画面をスクロールする。


「えーと。『わたしのTom’s Diner』あ。Tom's Diner ってエンリさんの好きなスザンヌ・ヴェガの曲ですよね」

「うん。なんていうか、Tom’s Dinerのわたしなりのレビューを投稿してみたんだ」

「へえ。じゃあ、ちょっと読ませてもらいますね」


 ボンとわたしはコタツに足を伸ばして、あったかい赤外線の中で2人のつま先がぶつかりあうような冬の夜、ボンがわたしのレビューというかエッセイを読み耽る姿にわたしもふけった。



『わたしのTom’s Diner・・・投稿者:エンリ』


 わたしが初めてこの曲を聴いたのはラジオでだった。

 Lukaルカっていう、DVを受ける女の子のことを歌った大ヒット曲があったので、わたしはスザンヌ・ヴェガのことを知ってはいたけれども、その『孤独』という邦題がつけられたアルバムのオープニング・ナンバーであるこの曲のことは知らなかった。


 母親と一緒に車で病院からの帰り道。わたしが高校生の頃。

 真夏の午後、急に空が翳って次の瞬間には土砂ぶってたのだけれども、そんな中、地元FM局の女性パーソナリティーが、この短い曲のタイトルを告げた。


 ねえ、母さん、ヴォリューム上げていい?


 出だしのスザンヌのアカペラの歌詞がうまく聴き取れなかったのでそう母親に許可を求めると、無言で彼女は頷いたんだ。


 彼女、おばあちゃんと色々あって、自律神経が少しね。

 だから車は自分で運転するんだけれども、診察室は一緒に付き添って欲しい、って頼まれて、月に一度、一緒に行ってたんだ。


 わたしがカーラジオのヴォリュームを少しずつ上げると、スザンヌの少し低めの、なんだか尾てい骨にも響くような声にわたしは沈黙したよ。


 土砂降りの、雨が軽四ワゴンの屋根の鉄板を、トトトト、と叩く音とか、ワイパーを高速モードにしてシュン・シュン、って動く音とか、そういうのがあったから余計に良かったのかもしれない。


 沁みたよ。

 背中の全面から。


 いつも無口だけれども病院に行く時はもっと沈黙する母親にわたしは一方的に語りかけたんだ、曲が終わってパーソナリティがスザンヌを讃える間もずっと。


「母さん、すっごいいい曲だったね。メロディーは少し暗いけど、歌詞もよく理解できないけど、良かったよね。母さんはこんなの好き? わたしは一回聴いてもう虜だよ! ねえ、母さん。どこかでコーヒー飲まない? 一応わたし高校生だからこれがダイナーに集まってくるお客さんたちのことを歌った曲だっていうのだけはわかったよ。ねえ、母さん、聞いてる?」


 わたしが何度もそう声をかけると、母さんはバスと同じ軌道を走り右折のタイミングに入った。

 そして右を視認するためにサイドミラーをのぞき込み、大きい動作で右後方を直接目視する。


 多分、泣いていたんだと思う。


 この歌に出てくるダイナーはブロードウェイにあるんだとスザンヌ自身がBBCか何かのスタジオライブのインタビューで語っていた。


 わたしは高校を卒業して小さな小さな民間企業に入社した。

 親元を離れて。


 初出勤の朝、駅の改札の前あたりにひとりの女の人が立っていた。

 多分わたしの母親と同じかそれよりも少し年を取った女の人。

 その人は、電熱式のヒーターの上に乗っかったコーヒーポットから、多分ブレンドをお客さんのカップに注いでいた。

 お店を経営してるんだ、って社会人1日目のわたしは、すっ、と理解したよ。


 仕事の初日の緊張の連続が終わって電車でわたしのホームタウンの駅に戻って来て、朝見たその店に入ったのさ。

 ジューススタンドだった。

 その女の人は夜になっても同じ人で、働いてた。

 わたしにコーヒーを淹れてくれた。

 お腹空いてるんでしょ? メニューどうぞ、と軽食のお品書きを手渡してくれた。


 以来、ずっと通ってる。


 中二病のわたしはその床面積がそう広くないお店をダイナーに見立ててる。

 スザンヌ・ヴェガのTom's Dinerに見立ててる。


 やなこといっぱいあってもさ。

 1日を終えてホームタウンに戻って来て、その女の人が一人で切り盛りしてるダイナーに帰り着くと、本当にほっとするんだ。


 友達もできたよ。ダイナーによく来るお客さんたちさ。


 途中からはその友達の一人がスタッフになって、女の人を助けてる。


 わたしはダイナーに居る時に心の中で Tom's Diner を鳴らすんだ。

 この店はわたしにとっての Tom's Diner。

 何者にも代えがたいわたしの場所。


 ねえみんな。


 みんなだって持ってるんでしょ?


 あなたにとっての、Tom's Diner をさ。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「どう、かな?」


 わたしはコタツの中で胡坐をかいたり足を伸ばしたりを繰り返してボンが読み終わるのを待ってたんだ。

 ボンはずうっとスマホの画面に視線を落としたまま画面をスクロールし続けてくれてた。


 ボンが真面目な顔してたよ。


「エンリさん」

「はい」

「マジメに言っていいですか」

「うん。いいよ」

「素敵です」

「ありがとう」

「やっぱり、僕、エンリさんが好きです」


 なんて言おうか。

 躊躇してたらボンの方から言葉を続けてくれたよ。


「大好きですよ」

「・・・うん。ボン、顔が赤いよ」

「しょうがないじゃないですか。エンリさんだって」


 そう言われてわたしも気づいた。

 顔が火照ってたんだね。

 わたしはコタツの天板にぴとっ、と右ほおをくっつけて顔を伏せったよ。


 冷たくって、気持ちいいな。




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