猫の夜会🐈🌙

「猫が集会するって知ってる?」


塾帰りのクルトンちゃんと並んでカウンターに座るわたしにせっちゃんが訊いてきた。

知ってるも知らないもわたしは体験したことがある。

だからわたしは訊いてきたせっちゃんにしかめっ面で答える。


「二度と行きたくない。あんなモン」

「ほー。さすがエンリちゃんは世の酸いも甘いも噛み分けてるわー」

「いやいや、せっちゃん。あれはそういうレベルのもんじゃないよ。猫っていうモンの恐ろしさをまざまざと見せてもらったわ」

「エンリちゃん。『行った』って、参加したってこと?」


う。クルトンちゃん、なんだか知らないけどファンタジーと勘違いしてんじゃないかな。これは全力で止めなくては。


「クルトンちゃん。参加だなんてそんなー。ただ単にちらっと見て通り過ぎただけよー」

「エンリさん、あれ、三日月の晩でしたよね」

「ボン!」

「今日も三日月か・・・エンリさん、確か亀がいっぱいいる池のある神社だって言ってましたよね」

「え! じゃあホントなんですね? わたし、行きたい!」


ああ。

よせばいいのに。


・・・・・・・・・・・・・


時刻は夜10時を過ぎた。

わたし、クルトンちゃん、ボンの3人で神社を目指す。

一応治安面を考えてせっちゃんはボンを早めに上がらせボディーガードにつけてくれた。文字通り身を艇して守ってくれるんだろうね、ボンよ。


「いやー、猫の集会なんて可愛らしそうですねー」

「ね? ボンもそう思う?」

「思う思う。クルトンちゃん、僕も猫大好きなんだよー」


ちっ。

のどかなこと言っちゃって。

とにかく遠巻きにちらっと見て、それで帰ろう。


「エンリちゃん、夜の神社ってなんだか怖いね」

「そう? ここは灯りもあるし月極め駐車場も併設されてるからまだ平気な方だよ」

「いやいやエンリさん。十分不気味ですって」


いやいやボン。うら若き女子高生のクルトンちゃんはともかく、いい大人のアンタがそんなこと言ったってかわいくないよ。


「はい。まずは参拝ね」


やしろの扉はもう閉まってるので閂の隙間から10円玉を入れる。

すみません。いい大人で社会人だけれども、給料日前で苦しいのです。クルトンちゃんはいくらか分からず、ボンは音からして一円玉のようだ。けれどもわたしにはボンを責める資格はない。


「えと。エンリちゃん、猫、いないね?」

「うーん。3人でぞろぞろ来たから警戒してるのかな?」

「エンリさん、そもそも猫の集会って何をするんですか?」

「それは・・・」


あ!

い、いる!


「エ、エンリちゃん!?」

「うわ・・・ちょっとマズイかもね」


やしろの階段の前。

新車のお祓いをする広いスペースにうにゃうにゃとうごめく集団がいた。


闇に紛れて気づかない筈だ。


全部、黒。


「エンリちゃんが前見たのもこんなの?」

「ううん。わたしが見たのはいろんな種類の猫が集団でケンカしてただけでこんなんじゃない」

「なんで全部黒猫なの?」

「あ、エンリさん、あれ!」


お、おお?


なんだか白いのがゾロゾロ来た。

白猫の集団がフニャフニャ言いながら足音も立てずに黒猫の方に近づく。


「うわ・・・黒白合わせて50匹ぐらいいますよ」

「う、うん・・・拮抗してるわね」

「エンリちゃん、なんかこういう映画観たことあるよ」


クルトンちゃんが言いたいのは『ウエストサイドストーリー』だろう。

けれどもこの中に映画のようなヒロインが?

いや、そんなわけない。


殺伐とした空気しか感じられない。


両者の距離が2mになった時点でウニャウニャ・フニャフニャの鳴き声が一変する。


「フー・・・フギャニャニャ〜オゥ〜!」

「ギニャーーーーーオゥッ!」

「ニャニャニャニャニャ、ンナゴー!」


「わー、うるさー!」

「エンリちゃん、怖い!」

「クルトンちゃん、わたしの後ろに隠れて・・・ってボン! アンタまで隠れてどうすんのよ!」

「いやっ、これはシャレになんないですー!」


えーい、なら最初から煽るなっ!・・・と今更言ってもしょうがないからなんとかしないと。


でも、鳴き声で威嚇し合ってるだけで動きがないな。


「あ。あれ、ボス同士ですかね」

「ん・・・黒白1匹ずつ前に出て来たわね。そうかも」

「わー。じゃあこれから一騎打ちかなっ!?」


クルトンちゃんて以外と格闘好き?

まあ、一騎打ちでもなんでもいいからさっさと終わって欲しい。


「あ。円を描いて歩き始めましたよ」


ボンが言う通り、ボスと思われる黒猫と白猫が1匹ずつお互いを牽制し合うように等距離で円く歩く。

ただ、歩く。


「・・・じれったいわね」

「うーん、勝負事ってこんなもんじゃないですかね」

「ボン、早く始めるように言ってきて」

「クルトンちゃん、無理だよー。僕はあの中に入っていく度胸なんてないよ」

「じゃあなんでついてきたのよ」

「エンリさん。ただ、見たかっただけなんです」


えーい、小学生、いや幼稚園か!


にしてもこれじゃあ埒があかないな。


「エンリさん、これ」

「ん? ボン、なによ、こんな時に」

「煮干しです」

「はあ?」

「これを投げ込めば動きがあるかと」

「ボン、最初から面白がってるでしょ!」

「クルトンちゃん、決してそんなことは」

「じゃあ何でそんなもの持ってくるのよ!」

「いやあ、いざという時のために」

「はあ? いざってなによ!なら、ボンが投げ込んでよ!」


ボンが煮干しを投げ込む前にクルトンちゃんの大声で猫たちが反応した。ギニャー!、ギャニャー!、と外野の猫たちが再びざわつく。

ただ、対峙し合っているボス同士は落ち着き払っている。大したものだ。

そして、それは一瞬だったわ。


「!」

「!」

「!」


わたしたちが声を立てる間も無かった。

電光石火、黒猫が右手(足?)のパンチを繰り出し、白猫の喉元の数ミリ手前で寸止めしたのよ。俗に言うアッパーカットのような猫にしては曲芸のような仕草に見えてやや滑稽な感じはするけどさ。


でも、感動したね!


猫たちのジャッジの手法なんて知るわけもないけど、この勝負の潔さと決着の明白さは人間どものわたしたちにも伝わってきたよ。黒白両猫たちとも勝負の結果を受け入れて整然としてるようだわ。

ああ、なんか、いいもの見たな。


「うわっととと」

「え!?」


ボンのスローモーションのような、絵に描いたような手の動きにクルトンちゃんが、ぱかっ、と口を開けて信じられないというようなこれまた絵に描いたような驚愕の表情を見せる。


わたしだって信じらんないよ、ボン。

どうやったらそんなに器用につまずいてお手玉のように煮干しを宙に放り投げられるの。


止めることもできず、煮干しがバラバラと猫たちの集団のど真ん中に落ちる。


阿鼻叫喚。突如として黒白入り乱れての乱闘が始まった。

食欲を優先せざるを得ない理性はやっぱり畜生の悲しさなのかねえ。


「みんな、逃げるよ!」

「う、うん!」

「でも、どうやって!」


うん。どうしよう。


「静まれーっ!」


声の質は高音、けれども張りは凛とした女性の声が境内に響き渡った。


女性? いやそんな年齢じゃない。巫女装束の女の子? が猫たちの向こう、鳥居の辺りに立っている。

そして、彼女は何か銀色の小さな小枝のようなものを口に軽くあてがう。途端にわたしたちの身体に違和感が生じる。


「んん?」

「や、頭痛い」

「ちょちょ。く、苦し・・・」


なんて言うの。鈍痛が前頭葉の辺りに一気に広がって、ちょっと吐き気が・・・・お・・・でも、猫たちもなんか、大人しくなってきてるみたいだな。


「解散!」


女の子がそう言うと、黒白両軍が尻尾を垂らして足音も立てずに鳥居の両脇をくぐって歩いて行った。ほどなくして1匹もいなくなっちゃった。


「大丈夫?」


彼女がわたしたちに聞いてくれた。女の子、と思ったけど、ほんとに小さい。巫女装束もまるで七五三の衣装みたいだわ。


「いや、大丈夫大丈夫」


ボンが代表して答えると、女の子の表情が急に険しくなる。


「猫に餌を与えちゃダメって、入り口に書いてあるでしょっ!」


ボン、クルトンちゃん、わたしとも一斉に向こうの看板を見る。確かにそのとおりだ。全員でごめんなさい、と謝った。


「あの、あなたは?」


クルトンちゃんが女の子を見下ろして声をかけると、意外な答えが返ってきた。


「アルバイトよ」

「え・・・それってどういう」

「『猫好きの人急募』って臨時のアルバイトに応募したの」


話を聞いてみると、何年も前から境内に猫の集団が住み着いて神社は対応に苦慮していたらしい。その内にある年に生まれた子猫たちはなぜか黒猫と白猫ばかり。これまたうまい具合に縄張り争いのグループが黒と白に完全に分かれて識別しやすくなった。そして古い世代を駆逐して黒白の若猫たちの集団だけが残ったというのだ。


「うーん。時代だなあ」

「あなた、せっかくわたしが調教したのにぶち壊しよ」

「調教?」


ボンの人ごとのような反応に怒り心頭の女の子。でも、調教って?


「発想の転換で無理に猫を追い出すんじゃなくてわたしが猫たちにおトイレの作法から餌を食べる時は必ず境内の外に出るとか躾けたの。でも、黒白両方とも境内に住み着かせる訳にいかないから。どちらかのグループ限定で。今日はその年一回の入れ替え戦だったのに」

「もう一度聞くけど、あなたは?」

「アルバイト。猫の調教の」

「でもなんで巫女装束でこんな遅い時間にいるの? 小学生でしょ?」

「ううん、幼稚園の年長さん。この神社が経営してる幼稚園の。今日はお泊り保育ということにして決闘に万一があったら刺し違えるつもりで」

「刺し違える!?」

「お相撲の行事さんだってそうでしょ? それに、一応神前に出るから巫女装束なの」


ああ、なるほど。

色々と無茶苦茶な設定はあるけどなんとなくまあ納得できる範囲ではある。


「ところでさっき口にくわえてたのは?」

猫笛ねこぶえ

「え」

「猫を落ち着かせる猫笛ねこぶえ


なんだそりゃ。


「ねえ、あなた。どうしてくれるの」

「え、ぼ、僕?」

「そうあなたよ。最後の最後で乱闘になっちゃって、決闘の仕切り直しよ。ねえ、責任とってね!」

「ど、どう責任を取れば・・・」

「次の三日月の晩、あなたが一晩じゅう猫の決闘を見張るのよ! あ・・・でもやっぱりダメね」

「ふー。そうだよねそうだよね。やっぱりアルバイトとしての責任をキミが果たすべきだよね」


うっわ、ボン! 園児相手に大人としての威厳も責任もゼロのコメント!


「ボン! あなたが自分からやるって言ってあげなよ!」


思わずわたしがボンに怒鳴ると女の子はこの中の誰よりも大人っぽい語り口で続けたわ。


「ううん、違うの。ボン? っていう人はまた失敗すると思うから、オバさんとお姉さんとでこの人の不始末の責任取ってね」

「お、オバさ・・・」

「え、エンリちゃん、堪えて堪えて」


うう。そして女の子の最後のセリフににとどめを刺されたし。


「わたし、何か間違ったこと言ってる?」


うう・・・・

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