CEOって「セオ」って読むの?👓

台風が来てる。


女子高生のクルトンちゃんは午後休校となり、ちゃんと自宅へ帰った。

アベちゃんも常識的に早々に帰宅したらしい。


そういう訳で今夜はハセっちとふたりでカウンターに並び、せっちゃんの『ダイナー』での裏メニューとなる「カリン酒」をごちそうになった。


「う・・・匂いはいいけど、味は結構クセがあるわね」

「エンリちゃんは普段からお酒は?」

「うーん、ビールが多いかな。あんまりたくさん飲めないのよねー。ハセっちは?」

「僕もあんまり。顧客を接待する時は落ち着いたバーにお連れしてカクテルなんかは舐める程度にね」

「へー。ハセっちはさあ、IT企業の協同経営者なんだよね?」

「まあ、零細だけどね」

「てことはよく聞く『CEOシーイーオー』ってやつ?」

「僕は完全に技術屋だからね。技術に関する最高責任者でCTOって言うんだ。もうひとりの方が事実上の経営最高責任者、CEOだよ」

「そうなんだ。なんだか難しいね」

「ウチのCEOはねえ、女性なんだよ。しかも若い。エンリちゃんと同じぐらいかな」

「は、ははははははは・・・何歳?」

「・・・ごめん。年齢の話はやめておこう・・・でね、これがそのCEO」


おー。ハセっちの会社って『INXSES』っていうのか・・・意味わかんないけど。

おっしゃれなHPにCEOのご挨拶の画像が・・・


「うっわ! 美人! 参った!」

「まあ、美形だよね。なんでお前と組んでんの? なーんてよく言われるよ」

「経歴もすごいね。アメリカの大学院に行ってたんだ」

「そう。ものすごい切れ者だよ。それでいて腹もすわってるしね。まあ協同経営者って言ってもやっぱり彼女の会社だよね」

「へー。なんて名前?」

瀬尾せお。CEOも無理やり読んだらCEOセオなーんてね。生まれながらの経営者だよ」


なんだかなあ・・・こんなひともいるんだなあ。


「弱点は?」

「え?」


ちょちょ。台風に備えて看板を引っ込めてたボンがいきなり何訊いてくんのよ! ハセっちも困ってるじゃないの。


「うーん。弱点ねえ・・・・・あ」

「お、あった?」

「まあ、酒グセが悪いことかな」

「よっしゃー!」

「ボン、何が『よっしゃー!』なのよ!?」

「エンリさん。だって悔しくないですか? 容姿端麗・頭脳警察・・・」

「『頭脳明晰』でしょ?」

「ああそうでした。頭脳警察はエンリさんから教えてもらったバンドでした」

「ごめん、LINEが入った」


スマホの画面を見るハセっちの顔色が変わった。


「エンリちゃん、ボン、すぐに避難して!」

「ハセっちさん、台風のスピードが上がったとか?」

「えー。最接近するのは明け方だって聞いてたから『ダイナー』に寄っても大丈夫だと思ったのになー」


ハセっちらしくない。いつもはどっしり構えてるのに。


「台風の方がまだマシだよ。暴風女子が来るんだよ!」


ザバッ、と傘の雨雫をはらう音がした。全員一斉に警戒心を高める。


そこに立っていたのはあまりにも整った顔立ちの女性。

さっきハセっちの会社のHPで見たばかりのCEOだった。


「うわははははははっ!」


せっちゃんが、びくん、としている。


瀬尾CEOさん、どうしてここが?」

「ほほほほほほ。ハセちゃんのことはなんでもお見通しなのよー!」


あ。会社ではハセちゃんって呼ばれてるのか。どうでもいいけど。


それよりも瀬尾CEOさんが美形すぎる顔かたちとまったくかみ合わない動きをする。これは、前衛舞踏?


「な、なんですか、そのクネクネした踊りは」

「はっ! まさかブライアン・フェリーを知らないとは!」


ボンもよせばいいのに、初対面のどう考えても危機感溢れるCEOに絡んじゃって、しかもそのCEOの回答が『ブライアン・フェリー』ときたよ。

知ってるよ。Don't stop the danc、知ってるけどさあ。


「瀬尾さん、酔ってるね?」

「ハセちゃーん。これが酔わずにいられるかしら?」

「まあいつもお酒飲むとこうですけどね」

「はははははははははははは。うわははははははは」

「瀬尾さん、今日はちょっとおかしいですよ」

「え・・・ハセっちさん。これで『ちょっと』なんですか・・・相当異常ですよ」

「ちょっと、ボン・・・」


「M&Aするから」


店内にストップ・モーションがかかる。

台風の雨と防風の轟音が鳴り響き始めたにも関わらず。


「え」

「M&A。するじゃなくて『される』か」

「・・・まさか」

「ハセちゃん」

「はい」

「あなたには技術を任せてきたわよね」

「はい」

「INXSESを買ってくれるのは一部上場の大手よ。あなたの技術面での知識とそれに裏打ちされた営業能力は推しておいた。あなたはこれまで通り技術担当役員として残れるわ」

「僕はあなたと一緒だから創業の時からこれまで戦ってこれた。M&Aなんて考え直してください」

「ハセちゃん。わたしが持ち株51%、あなたが49%。わたしはもう売却を決めたから。決定権は親会社から来る新しい代表者に移るわ。それにね。わたし、生まれてからずっと走り続けてきて、疲れたのよ」

「・・・・・」


わ・・・

なんだかいきなりクライマックスになっちゃったよ・・・

でも、ハセっちってやっぱり優秀なんだね。


あれ?


ボン!


「CEOさ〜ん」

「え。あなたは?」

「僕はボン。店員です。CEOさ〜ん、辞めてあなたはどうするんですか〜?」

「そうね。一旦実家に戻って・・・それからこれからのことを考えるわ」

「なんと悠長な」

「え?」

「ちょっとボン、やめなよ」

「いいえ、エンリさん、言わせてもらいます。瀬尾CEOさんがCEOを辞めたらただの瀬尾さんになっちゃうじゃないですかー。そんなのつまんないです」

「あなた、おもしろいわね」

「僕は真面目ですよ。CEOとCTOだからおおっぴらに一緒にいられるっていうのに。男心が分かってませんねー!」


あ。

ハセっちがうろたえてる。

そっか。

そういうことだったのか。

ボンって、時々鋭いわー!


「ボボボ、ボン!」

「ハセっちさん、ここはラップする場面じゃないですよ」

「いやいや。ボン、僕は別に」

「別に?」

「いや・・・ボンの言う通りだ。瀬尾さん」

「え」


ハセっち。頑張れ。相手がいくら若くて優秀でものすごい美人でおまけにお金も相当持ってたとしても、ハセっちだってかなりイケてる。


「瀬尾さん。僕はあなたのことがずっと好きだった。熟考した上での決断でしょう。ならば・・・」


おおー。なんだか駅の外が風やら雨やらですごいことになってるけど、こっちも愛の嵐だ!


「ただの瀬尾さんになって、僕と一緒にいてください」

「・・・ハセちゃん。ありがとう。でも、一度実家で少しだけ心の整理をさせて。返事をしに必ず戻って来るから」

「Yes, or No!?」

「ボン!」


わたしが怒鳴るとほぼ同時にせっちゃんが瀬尾さんにグラスをサーブした。


「これ、売り物じゃないけど一杯いかが? カリン酒ですよ」

「あ。いい香り・・・いただきます」


瀬尾さんはぐっ、と一息に飲む。


「う・・・これ、匂いはいいけどクセがすごいわ・・・これは、悪酔いするわねー!」


なんだなんだ。

また店に入ってきた時と同じに戻っちゃったよ!


「うわははははははは! これなら一杯で十分だわー。朝まで酔いが続くわー。ハセちゃん、台風どっかやって!」

「むちゃなことを」

「ハセっち、早まったんじゃないの?」


いくらいい女でも酒癖悪すぎだよ。

わたしがハセっちに問いかけると諦めたように首を振ってにこっと笑った。

まあ本人がいいんならこれ以上何も言えないけどね。


あ。駅のアナウンスだ。


『ただ今台風の影響でこの後の全ての電車の運休を決定いたしました。接続する路線もすべて動いておりません。なお、帰宅できない方のために待合室を終夜解放し、毛布等の貸し出しをいたします』


「瀬尾さん、どうします? 電車もうダメみたいだけど」

「ハセちゃんちにお泊りだあ!」


おお!


「よかったですね、ハセっちさん」

「ボン・・・まあ、ありがとう」

「『まあ』ってひっかりますけど」

「うははははははは! ではみなさん、さようなら!」

「あ、ちょっと、危ない!」


あ、瀬尾さんよろよろだ。ハセっちはやっぱりナイスガイだね。瀬尾さんをしっかり支えて歩いてるよ。


せっちゃんが今度はボンに声かけてる。


「さ、ボン。エンリちゃんを送って行ってあげて」

「え、もう上がっていいんですか?」

「うん。早くしないともっと雨風ひどくなって帰れなくなるでしょ。さ」

「じゃあ、エンリさん。僕が間違いなく無事にふたりのアパートにお送りしますから」

「『ふたりのアパート』っていい方やめてよ。なんか同棲してるみたいじゃない」

「隣同士なら同棲も同然」


せっちゃんが律儀にわたしたちを見送ってくれる。せっちゃんは帰宅困難者のためにもう少しだけ店を開けておくって言ってたけど・・・まあせっちゃんのアパートは駅の裏だから多分大丈夫だろうけど。


「ちょっとボン、もっと離れてよ」

「そんなこと言ったって、体重を分散させたら風に飛ばされますよ」


確かに冗談じゃないぐらいの暴風ね。

雨も相当降ってるのに濡れる間もないぐらいに雨粒が風に吹っ飛ばされてる感じだわ。


あ。ようやくアパートが見えてきた。


「さ。じゃあおやすみ」

「はい。エンリさん、台風怖くないですか?」

「別に」

「怖かったら僕の部屋に泣きついて来てもいいですからね」

「お・や・す・み!」


台風の風に煽られないように全力でドアを閉めた。まったく・・・自分の方がビビリのくせに。


『わーっ!!!』


な、なに? ボンの声!?


「エンリさん、エンリさーん!」


なになになに。とりあえずドア開けるからちょっと待っててよ。


「なに、どうしたの、ボン?」

「僕、窓開けたまま出かけちゃってて。部屋が悲惨なことに」

「はい?」

「エンリさん、今晩泊めてください」

「あーもう。とっとと上がって!」


あの晩以来2度目のボンのお泊りとなった。


・・・・・・・・・・・・・


台風一過。


翌日の晩、『ダイナー』ではまたもや常連メンバーはわたしとハセっちのふたりだった。


「ハセっち、首尾は?」

「外より部屋の中の台風が凄まじかった」


お互いどういう意味かは聞かないでおこう。

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