第42話 たとえ忘れてしまったとして、出会いも別れも、なかったことになんかならない
シルヴィア、ハルカ、ルシウスが城へ着いた時には、もう全てが整っていた。
「ようやく来てくれたな、ハルカ」
優しく微笑むエドワードにハルカは腰を折る。
「ハルカ・トキワ、参上つかまつりました」
「うむ。さて、ではどうする?」
「はい! 還りたく思います!!」
きっぱりと言い切ったハルカにエドワードは苦笑いした。
「まったく、こちらの気持ちも考えず、よくそんな笑顔で言ってくれる」
それにハルカは慌てた。
「あ、いえ、そちらに準備ができていないのでしたら待ちますが」
エドワードはそれに首を振った。
「いいや、準備はできている。だが―――――――――別れを惜しむ時間くらいあってもいいだろう?」
「え?」
すると、後ろからハルカを抱き締める二組の腕が。
「ハルカ!」
「ハルカ様」
「へ? あ! フェリエルにエリーナさん!!」
ぐりぐりぐりと、聖女を撫で倒す二人の後ろには、どこか羨ましげにそれを見ているベイゼルとリヒャルトがいた。
「あれ、俺らがやったら、確実にぶっ飛ばされるよな」
「混じってくればいいじゃないですか。で、フェリエル嬢に吹っ飛ばされれば」
「アンタはそうやって見てるだけで吹っ飛ばされんじゃねーの」
リヒャルトの言葉にベイゼルは肩をすくめ、思い出したというように懐から封筒を取り出すと、それをシルヴィアに渡した。
「そうそう、シルヴィア様にこれを預かってきました」
封筒にはとある侯爵家の紋があった。
「誘ったんですけどねぇ、仕事があると断られてしまいました。彼女はこの時期、大忙しでしょうね」
シルヴィアは受け取り、すぐに封をあける。
そこには一枚のカードが。
『約束をお忘れなきように』
ただの一文だったが、それを書いた女性を思い浮べてシルヴィアはくすりと笑った。
忘れてないわ、アルメリア、と。彼女は今、社交界の真っ最中だろう。
アルメリアのことだ、人脈作りに足場固めと、いそしんでいるに違いない。もしかしたら、他国にまで手を広げるつもりかもしれない。
「ああ、その女か。お前に近づいていたのは」
「………………………人の手紙を勝手に見るんじゃないわよ」
気配もなく背後に立っていたギルフォードをシルヴィアは睨む。
「また燃やすのか?」
「もう燃やす必要はないから、とっておくわ。あれは、貴方へ極力情報を渡さない為にああしていただけだし」
「なくても問題ない、というのは?」
「手紙なんか残ってなくても、ハルカの想いはちゃんと分かってる、って意味よ。
それに一言一句、忘れたりしないわ。ハルカのことなら」
「そうか」
そんな二人のやり取りにルシウスが首を傾げた。
「姉上、いまさらで悪いのですが、彼との関係は?」
てっきり仕事上の関係かと思っていたが、姉がこんなに本音でしかも素直に話す男性は今までいなかった、とルシウスは気付いたのだ。
「成り行きで一緒にいることになった関係よ」
「ああ、それも正式なパートナーとしてな」
「………………………成る程、ある意味、お似合いです」
「って、ちょっとルース!? 何か誤解してないっ?」
慌てたシルヴィアだったが、いつの間にか傍にきていたハルカが、あろうことか「うんうん」と頷いた。
「だよね。私もそう思ってた! ギルフォードとシルヴィアは、けっこう良いコンビだよね!!
ってゆーか、もう釣り合うのっていなくない? お互い、魔法も技術も知力も持て余してるんだしさー。いっそ最強夫婦になっちゃえばいいと思う!!」
「ハルカ!!」
叫ぶシルヴィアをよそに。
「私的には、ありだと思う!」
「えぇ〜、でもシルヴィア様には、やはり殿下でないと〜」
「お? 復縁すんのか? でもちとキツくね? エド、どうなんだよ」
「………………………私はしばらく独り身でいい」
「傷心ですねぇ。まあ、お気持ちは分からなくないですが」
フェリエル、エリーナ、リヒャルト、エドワード、ベイゼルが好き勝手言ってくれる。
「………………………………………儀式! さあ、もう儀式しましょうか!?」
ぱんぱんっと手を叩くシルヴィアに、周りはさらに盛り上がった。
「話をそらしたぞ。シーアの癖だ」
「ああ。突っ込まれたくない話の時の、な。これはけっこうマジかもな。どーするよ、ルース」
「どうするも、祝福するだけですが。姉上に来るはずのなかった春が訪れたとなれば、母上は泣いて喜びます」
「お父上の方は頭痛で寝込みそうですけどねぇ」
「まあ、クリステラ公爵殿なら溜め息一つですませるだろう。なんなら、私が口添えしても良い」
「えぇ〜、殿下までお認めになってしまわれては、ますます確率が上がってしまうではないですか!」
わいわいと騒ぐ周囲に、シルヴィアがついにブチキレた。
「皆、勝手言わない! そこッ、調子にのらない!! ハルカ、準備はッ!?」
その剣幕に。
「ハイッ! 大丈夫!!」
勢い良く応えて。ハルカは笑った。
「うん――――――――大丈夫。じゃー、そろそろ、いこっか」
ハルカの言葉に、賑やかだった空気がすっと引いていった。
「ああ。では、こちらだ」
エドワードが先頭に立ち、その後にギルフォード、そしてハルカの順で城の奥へと進む。
そしてハルカは見覚えのある聖堂へとたどり着いた。
「覚えているか、ハルカ」
エドワードに尋ねられ、ハルカは頷いた。
「私がこの世界で初めて見た場所。ここが、召喚された場所なんですね」
「そうだ。………………………はじめるぞ。皆、少し下がってくれ」
聖堂の中心にエドワードとギルフォードを残し、他の者は言われた通りに下がる。
対のように立った兄弟が詠唱をはじめると、床に黒と白の魔方陣が浮かんだ。そしてその中心に、二人を柱とした、光と影で形作られた扉が現れた。
「ハルカ、できたぞ」
エドワードの言葉に、ハルカは皆に向き直った。
まずはフェリエル。ハルカは彼女に抱きつきささやいた。
「フェリエルはリヒャルト様にもっと素直になるよーに」
「う、うむ。努力しよう」
次はエリーナ。同じく抱きつき、労るように言う。
「エリーナさんは焦らないで。自分を大切にしてください」
「ええ。貴女に誇れるようにいたしますわ」
リヒャルトには、もちろん抱きつかない。
「アカツキを返しますね!
あと、乙女心は複雑なんです! もっとちゃんと考えるように!!」
「………………………まったく、難しいもんだよな。でもま、頑張ってみるぜ。
あ、あとアカツキの主はハルカだからな? 預からせてもらうぞ。半永久的にでもな!」
隣のベイゼルには。
「エリーナさんに迷惑かけることのないように。あと、世界平和に貢献してください。
いや、本気で。貴方、本当にロクでもないことしそうだから。心から、お願いしときます」
「酷くありません? 大丈夫ですよ、世界を滅ぼしたら観察対象がいなくなっちゃうじゃないですか。
ま、貴女という研究対象を失うのは惜しいですけれど。まだまだ楽しみはありますからね」
ハルカは、次! 次にいこう!! と、さっさと方向を変える。
その変えたさきにいるのは。
「……………………………ルース」
「どこにいても、何をしていても、貴女が貴女であるなら俺は良いんです。だから安心して行ってください」
逆に気遣われてしまった。彼には最後まで迷惑をかけ通してしまった気のするハルカだった。
「うん。…………………元気でね」
「はい。ハルカも」
そして、最後は。
「シルヴィア」
ああ、駄目。泣きそう、と、ハルカは思った。
泣かないと決めていたのに。
「ハルカ」
シルヴィアがそんなハルカを抱き寄せた。
「たとえ忘れてしまったとしても、この出会いも別れも、なかったことになんかならないわ」
それが刹那の、ほんの瞬きのような時間でも。ハルカ自身が忘れてしまったとしても。
ここに、彼女は絶対に、存在していた。だから。
「絶対に――――――――――――――――て」
「……………………え?」
強く抱き締められた瞬間、ささやかれたセリフの意味が分からなくて、ハルカは目を丸くした。
だがそんなハルカを、シルヴィアは微笑んで放した。
「さあ、行って。お別れよ」
促されて、ハルカは扉の前に立つ。
「あの! ありがとうございました!! 始めから終わりまで、何もかも!!」
ハルカはエドワードに叫ぶように言った。彼は優しく頷いた。
「シルヴィアをお願いしますね!」
ギルフォードにそう言えば、彼も頷いた。
その後、ハルカは振り返らなかった。
ただ一言。
「皆、ありがとう――――――――さよなら」
それだけを言って。
聖女は、扉を開けた。
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