第35話 だから! 人が死ぬのは駄目でしょうッ!?
破壊された建物。苦しむ人々。予想はしていたし、覚悟もしていたつもりだったけれど。
こうして惨状を目にしてしまえば、どうしたってハルカの気持ちは焦る。
「早く、早く何とかしなきゃ」
いくつかの地点の浄化を終え、何匹かの大型魔獣を討伐した。が、それでも被害は収まっていない。いや、むしろ激化している。
相手は生き物だ。しかもその数は増える。人々をそれから守りぬくのは、予測があったとしても難しい。
そして最悪にも、予測していた出現地点からズレが出始めていた。一刻も早く、浄化を行なわなくては。
苦悩が滲むハルカの言葉にフェリエルは顔をしかめた。
「ハルカ、焦っても仕方がない。それに、もう十分急いでいるんだ。無茶をすれば、それこそ救える人も救えなくなる。
冷静にならなくては駄目だぞ」
「分かってる…………………分かってる、けど」
その時、微かにだが何かが崩れる音が聞こえた。それは、もう聞き間違えようがないほど何度も聞いた、建物が破壊される音!
考えるよりさきに、ハルカはアカツキを駆けさせていた。
「ハルカ!」
その後をシルヴィアとフェリエルが追う。
道のさきに少年が二人、駆けてくるのが見えた。
「大丈夫? 魔獣はどこッ!?」
ハルカは子供達を避けて止まり、すぐさま尋ねた。
すると、小さな方の男の子が震える声で叫んだ。
「む、村、が。おとぅ、が。おかぁがっ!!
助けて! このさきなんだよぉ! お、おれが! 連れてくからッ!!」
「バカッ、もどるな!! おとぅも! おかぁもッ!! 逃げろって言っただろッ!!」
兄なのだろう、村にもどろうとする小さな弟を、彼は必死で引き止める。しかしその目には涙があった。
もし小さな弟がいなければ、彼の方が村へ走り出していきそうだ。
「大丈夫! 私が助けに行くからッ。だから、二人は逃げてね!」
ハルカも叫ぶように言った。
しかし、そんなハルカを冷静な声が引き止める。
「ハルカ、貴女は行かない方が良い」
シルヴィアのそれに、しかしハルカは首を振ってアカツキの腹を蹴った。
「フェル、この子達を頼みます。ルースとギルフォードは一緒にきて!」
シルヴィアの指示にメンバーはすぐに動き出した。
フェリエルは少年達の安全が確保できる場所へ。そして他の三名はハルカの援護へと。
村はすでに壊滅状態だった。魔獣達は駆けてくるハルカ達を発見して、いっせいに襲い掛かった。
「どきなさい!」
だが、そこにいるのは、魔獣に脅えている聖女ではなかった。
魔法で魔獣達を蹴散らし、生存者がいないか、必死で目を凝らす。後方で頼もしい仲間が、魔獣を次々と仕留めてくれているのがハルカには分かっていた。
ハルカはアカツキを降りて、瓦礫を崩さないように建物の隙間をぬって進んだ。
「誰かーッ、返事してくださいッ!! 誰かーッ!」
けれど、うめき声一つ、聞こえない。あるのは、死体。死体。死体。
その中に。
血だらけになって折り重なっている―まるで抱き締めあっているかのような―夫婦らしき人達が見えた。
あの子達の、親? そう思った瞬間。
「あぁ……………………ああぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ハルカは悲鳴のような叫び声を上げていた。
自分でも、あふれ出るそれの止め方が分からない!
「ハルカ! しっかりしなさい!!」
シルヴィアがハルカを強く揺さ振った。
彼女の力を腕に感じた途端、ハルカの瞳は潤み、顔が歪んだ。
「シル、ヴィア? や、だよ? こんなの。な、んで、死ななきゃ、いけないの?
なん、で。なん――――――――」
「ハルカ、分かった。分かってるから!」
身体も心もボロボロのハルカを、シルヴィアは抱きすくめる。泣いては駄目だとハルカにも分かっていたけれど、限界だった。
理不尽だった。
だって、必死で頑張ってきたのに。やれること全て、やってきたのに。
何で、こんな風に、死ぬ人が出る。何で、救えない。
何で、こんな、残酷なことが。
何で、何で、何で!
「……………………ハルカ、よく聞いて。これが、現実なの。
理不尽で、頑張っても報われなくて、救われない。そういうことが、現実にはある。それが、現実よ。
でも、だからって、諦める? 違うでしょ?
やり通すの。辛くても。戦い抜くの。残酷な現実と。
それが、私達の選ぶ未来だって、決めたでしょ。だから。ハルカ、ねぇ、お願い。
お願いだから―――――――――――戦い、続けて」
囁く声は強くなかった。
むしろ、弱々しかった。泣いているようでさえあった。
それでも。
ちゃんとハルカに聞こえた。
聖女は涙を拭う。
「……………………行こう」
「ええ」
二人は、進むしかないと知っていた。
浄化の旅は、まだ続く。足を止めることは、あってはならなかった。
どんなに辛くても。たとえ、何があったとしても。
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