第33話 はい、きました、イベントですね

 二年の月日はあっという間に流れた。そして、そう、ついにハルカは学園を卒業する。

 この日ばかりは、エドワード皇子も城を出ることが許されたようだ。寮を出てきたハルカに、彼はほとんど飛び付く勢いで抱きついてきた。

「ああ! 待ちわびたぞ、ハルカ!!

 今日をもって、お前は学生ではなくなる! 私の婚約者として入城するんだ!! もういっそ、結婚の儀を執り行ってしまおうか!」

 あー、ハイハイ、そうはならないから。だいたいまだ卒業式もすんでないってのに、何言ってんだー。

 なんて冷めた心は綺麗に隠して、ハルカはにっこりと笑う。

「エドワード様、苦しいです。お気持ちは分かりますが、離してください。……………………せっかくのお顔が見えませんよ?」

「おお、すまん! 私の愛しい人!! これでどうだ?」

 暑苦しい。セリフが寒い。顔が近い。いいから離せ!!そう叫びたいのをハルカは堪える。

「殿下、人目につく、こんな場所ではよろしくありませんよ。ハルカ様の外聞もお考えください」

 ハルカの心境を汲み取って、ルシウスが助け船をだしてくれた。

「む、ルシウスか。相変わらず堅物だな。だが、それでこそ我が臣下に相応しい!」

「お褒めにあずかり光栄です」

 前ならばムッとするところだが、エドワードはいつになく機嫌が良い。今日からハルカは自分の傍にいるものと思っているのか。

「さあ、ハルカ、行ってくるが良い。そして、その足で我が元へ参れ」

「………………………はい」

 行ってきますよ、貴方の所には参りませんが! というセリフは、もちろん心のなかだけで叫びます。そしてハルカは式場となる大聖堂へとむかった。

 卒業式はさして元いた世界と変わらない。生徒の一人一人が呼ばれ、卒業証書が授与されるのだ。だが、それがもっとも重要である。

 この王立魔法学園の卒業証書はエリートの証。身分証になるのはもちろん、これを提示することで権限が格段に増えるという、優れ物アイテムである。

 頑張った甲斐がある。

「ハルカ・トキワ」

 ついに名が呼ばれ、ハルカは席を立った。

 だが、彼女が卒業証書を受け取る、その直前。

「聖女様! どうぞ、お助けくださいッ!!」

 扉に体当たりするように、聖堂に転がりこんできた男の叫び声が響きわたった。

 ハルカは冷静に、ええそうでしょう、こうなる覚悟はとっくにしてました、と思う。

「何事だ!」

 エドワードの怒鳴るような問いに、転がりこんできた男は膝をつき、頭を床に擦りつけて言った。

「魔獣がッ!! 村を襲った!! あのままじゃ皆が死んじまう!!

 ああッ、聖女様! どうか! どうか、お助けくださいッ!!」

「何だとッ!?」

 混乱する周囲を無視して、ハルカは男へと真っ直ぐに進んだ。そして彼の前に膝をつくと、優しく声をかけた。

「顔を上げてください」

「で、ですが………………」

「上げてください」

 男は顔を上げ、ハルカを見た。その顔は恐怖と不安と、一縷の希望を信じたい必死さで歪んでいた。

 ハルカは静かに聞いた。

「どちらにお住まいでしょう?」

「え、あ、お、いえ私、は、ここから東にあるテダのもんです」

「では、テダが魔獣に襲われたのですね?」

「そうだ! じゃ、なくて、そう、です。

 村が、襲われて。魔獣が、やってきて! 思い出したんだ。魔獣を祓う聖女様が、6学園にいるって噂を!

 ここに来れば、アンタさえ連れて行けば! 何とかなんじゃねぇかって!!」

「落ち着いて。魔獣は何匹いましたか? 現れたのは何時?」

「何匹かは、分かんねぇ、です。でも三匹は、見た、です。

 何時かは、ああ、ちょうど畑の様子を見ようってぇ、時だった。朝飯食い終えて、さぁ働くかってぇ、時」

「では、もうだいぶ前なんですね」

 襲われてからここまで走ってきたとするなら、三時間ほど前か。では、もう村は。

 内心では絶望的な予測を思い描きながら、それでもハルカは頷いた。

「分かりました。すぐにむかいます。ですが、貴方はここで治療を受けてください。いいですね?」

「で、でも!」

「貴方はここまで死ぬような思いでこられたのでしょう? 休息が必要です」

 納得できない顔をしている男にハルカは、せめてこの人だけはと釘を刺した。

 その時。

「聖女様はおられるか!?」

 開かれた扉から、大声が響き渡った。ああ――――――――その声にハルカは聞き覚えがあった!

 現れたのは、ハルカの見知った顔。それも、頼りになる人、ダントツトップの!!

「バルカス騎士団長!!」

 リフィテイン最強の騎士団長が、そこにいた!

「おや、そのご様子では、もう事態はお分りか」

「はい。私はテダへ行きます」

 即座に答えたハルカに彼は笑いだした。

「はははははははっ、相変わらず小気味良い方だ!!

 なに、安心しろ! テダの民は避難させた。まだ被害はでておらん。そこの男! お前の家族も無事だ」

「ほ、本当ですかっ!? あぁ、ありがてぇ! ありがとうござぁます!」

 涙を流して頭を下げる男にハルカは微笑みかけた。しかし、そんな彼女に騎士団長は厳しい声をかける。

「しかし、予断は許さぬ! ご同行願おう、聖女様!!」

「はい!」

 急かされたハルカが厩にむかうと、もうすでにアカツキの準備はすんでいた。

「リヒトからアカツキを貴女様にお譲りした、と聞いておりましたからな。勝手に手配しましたが、よろしかったか?」

「もちろんです!」

 幾つかの防具を素早く身につけ、ハルカはさっとアカツキにまたがる。そんなハルカに騎士団長は不敵な笑みを浮かべると、自分も愛馬にまたがった。

「火急ゆえ遅れることなどなきよう、お願い申し上げる。聖女様?」

「分かっています」

 かつて王都でハルカを伴って駆けたこともある彼がそう言うということは、今回は本気で行くという意味だろう。

 言葉通りに凄まじい勢いで駆ける騎士団長の後ろを、ハルカは必死でついていく。

 アカツキでなければ、とっくにおいていかれていただろう。ハルカは引き離されないようにするだけで精一杯だった。

 だから、周りの景色が変わっていたことに、しばらく気付けなかった。

 が、ついにハルカは気付く。

「もう、テダに着いた、の?」

 木々がなぎ倒され、大地がえぐられている。何より――――――破壊された家々と、そこに残る戦闘の痕跡。

 血溜まりと、魔獣の骸。

「…………………………ひどい」

 思わず手綱を引いてしまったハルカに、アカツキが駆けるスピードを落とした。

 しかし、そんなハルカに。

「足を止めるな!!」

 鋭い一喝があびせられる!

 ハルカはハッとそちらに顔をむけた。

「聖女様、いや、ハルカ様。貴女はこれから過酷な道を行かねばならぬ。いいや、このリフィテインの為に行ってもらわねばならぬのだ。だからこそ、言わせてもらおう。

 足を止めてはならない。何を見ようと、どんなに酷かろうと。貴方は止まってはならん」

 厳しい眼差しがハルカを射ぬいていた。彼の目には、騎士が持つ、強い信念が宿っていた。

 それはひたすらに、ただ目的にむかって駆けていく強さだ。

「……………………はい!」

 ハルカは再びアカツキを駆けさせる。

 ハルカが今すべきことは、闇を祓うこと。それが、被害を最小限に食い止める、ハルカがしなくてはならないことだ。

 景色はどんどんと凄惨なものになっていく。だがハルカは駆けた。

 早く、早く、これ以上、魔獣を増やさない為に!

 王国最強騎士団は、ハルカの到着まで持ち堪えることができた。テダの闇は祓われ、魔獣はじきに掃討される。

 こうして、一つの村は救われた。だが、災厄が終息したわけではない。

 ハルカには分かっていた。

 だってこれは――――――――新たなる舞台の幕開けにすぎないのだから。





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