第15話 信用できるわけがない

 エリーナ女史については、彼女の実家であるシュトルフ家に帰省するということで落ち着いた。

 彼女の家は神官の家系、闇魔法が入り込むことは難しいだろう。

 何よりベイゼルが『お守り』としてエリーナに渡したクリスタルの欠片にはハルカの祈りの光が宿っている。おいそれとは手が出せないはずだ。

「にしても、とんでもない物作ってるんじゃん! やっぱド外道魔道師じゃん!!」

 目の前にあるクリスタルの欠片を眺めてハルカが毒づいた。

 クリスタルの欠片は三つ。エリーナ女史に渡した物を含めると四つ。それの意味するところに気付いているシルヴィアは、クリスタルを持ってきた男を冷たい目で見た。

「さすがは天才といったところかしらね?」

「いやー、お褒めにあずかり光栄です」

 全然褒めてないから嬉しそうな顔をするな。という、冷ややかな視線にも、満面の笑みを浮かべるベイゼルをシルヴィアは問い詰めた。

「このクリスタルの欠片は呪具の核でしょう? けれど今のこれからは闇の気配はしない。どういうことです?」

 ベイゼルは笑顔のまま説明しだした。

「もとより、それは呪具ではないんですよ。ハルカ様を呪い殺す術に使われたので、そう呼んでいたまでで」

「…………………成程、あくまで自分の研究は『人を害するものではない』という主張ですか」

「いや、だから、あのですね? 何でそんなに私に手厳しいんでしょう??

 まったく悪事を働いていないとは言いませんけど、それでも国家の為になるべく勉めてきたんですが」

 肩をすくめるベイゼルは嘘を言っていない。むしろだから問題なのだ。

 この男は確かに敵にはならないだろう。だが、味方かといえば絶対に違う。

「貴方に悪意がないことは知っていますわ。だからこそ、信用してはならないということも」

「おや、そんなにはっきり信用しないと言ってしまいますか」

「言ったところで問題ないでしょう? だって貴方は、私達を研究したいのでしょうから」

 途端にハルカが「げ」と嫌な顔をした。逆にベイゼルはとても楽しげな顔をする。

「さすがです、シルヴィア様。本当に貴女達には興味が尽きない!!」

 やはりか、このマッドサイエンティストめ。と、一刻も早く追っ払ってしまいたい衝動に駆られたシルヴィアだが、まだ肝心な事が聞けていない。

 シルヴィアはつとめて冷静に空いている椅子をベイゼルに勧めた。

「貴方のご趣味の話はともかくとして、とりあえずお茶でも淹れましょうか」

 ちなみに三人がヤバげなブツを広げて話し込んでいるのは、実は談話室の隅だったりする。

 密談にはむかなさそうに見える場所だが、シルヴィアはさり気なく人避けと防音の魔法を周囲に展開させていた。

 これで周りからは意識されにくい上、話が他に漏れることはない。さらに、意識して見てくる生徒は魔法で察知できるようにしてある。つまり探りを入れようとしてくる者を逆に把握できるというわけだ。

 そしてこれはベイゼル対策でもある。もちろん、彼自身も分かっているだろう、妙な真似はしないはずだ。

「あ、私はコーヒーがいいのですが。どうも紅茶は苦手でして」

 ベイゼルのそれにシルヴィアは思い出した。そうだ、彼は紅茶よりコーヒーを好むキャラだった。

 だが、あいにく紅茶用のポットしか用意していない。

 取りに行こうかシルヴィアが迷っていたら、ハルカがぱっと立ち上がった。

「じゃー、私が取ってくるよ。シルヴィアは紅茶をお願い」

 シルヴィアが淹れたお茶が飲みたいハルカが率先してコーヒーをもらいに行ってくれた。

 そんなハルカの様子にベイゼルは首を傾げる。

「ずいぶんと仲が良いんですね? 『聖女様』とシルヴィア様は」

 探るような視線にシルヴィアはしれっと言った。

「ええ。弟からハルカの事はずいぶんと聞いていましたから。すぐに仲良くなれましたの。とっても良い子ですもの」

「へえ、ルシウス君から」

「そうそう、ベイゼル先輩にも良くしていただいている、とも聞いていますわ。魔法の手解きを受けたとか。

 首席学生に教えてもらえるだなんて、ありがたいことです」

 にっこりと令嬢笑いでシルヴィアは誤魔化した。ベイゼルには自分達が『前世持ち』だと知らせる気はない。

「ルシウス君もハルカ様もとても優秀で教えがいがありますよ」

「まあ、そうですの」

 実際のところ、ベイゼルの教えは的確なようだ。性格が破綻しているとはいえ優秀には違いない。

 そこでハルカがポットを手にもどってきた。腹の探り合いは終了だ。

「お待たせ! はい、コーヒーです。あとクッキーがあったからもらってきちゃった。甘い物は大丈夫でしたっけ?」

「ありがとうございます。甘い物は好きですよ。糖分の摂取は良いですね」

「ありがとう、ハルカ。ちょうど紅茶も淹れられたところよ」

 三人が腰を据えて温かな飲み物で一息つくと、シルヴィアは本題を切り出した。

「それで? 説明が途中でしたわよね?」

「ああ、そうでした。このクリスタルのことですが、正確に言えば『闇・光魔法の増幅装置』なんです。

 この前、ハルカ様にお渡ししたクリスタルの劣化版といったところですかね」

 劣化版と言いつつも、その効果はかなり強力であることは証明されている。

「って、待って? あのおっきなクリスタルと同じって、じゃあアレも闇魔法を増幅できちゃうってこと? え、それってヤバくない!?」

「いいところに気が付きましたね、ハルカ様。実はその通り。というより先日のアレは儀式用の物ではなく、本来は闇魔法に用いていた物だろうと、今では推測できます」

「つまり、アレは神殿経由で手に入れた物ではない、ということですわね?」

 シルヴィアの鋭い指摘にベイゼルは頷いた。

「あれは研究資料として渡された物でしたから」

 依頼者―――つまり真犯人から、ということか。

「しかもアレは天然のクリスタルではなく、人工的に作られた物。おそらく、この国の技術ではありませんね」

「魔法、それも闇魔法に明るいとなると、北部、エゼラム共和国あたりかしら?」

「さすがお詳しい。エゼラムは魔法研究者にとっては羨望の国ですからね。ですが、北にはもっと闇魔法に色濃い地域がありますよね?」

「――――――――ビシュタニア、ね」

「ええ。エゼラムの魔法研究は、あの地域から派生していると考えても良いくらいです。そして、我が国は彼の地と切っても切れぬ縁がある」

 やはり、この男は侮れない。シルヴィアはベイゼルを睨んだ。

「あまり無用心な事を口にしないほうがよろしくてよ。不敬罪で首が飛ぶことになりかねませんわ」

「おっと、そうですね。特に貴女は王家に忠誠を誓ったクリステラ家のご息女でした」

 思いの外、ベイゼルが真実に近づいている事を再確認して、シルヴィアは一番聞き出したい情報を確認する。

「クリスタルが闇にも光にも変容することは分かりましたわ。

 肝心な事はクリスタルに宿っていた力、つまり無効化する前の状態。貴方のことです、分析はされたのでしょう?」

「もちろん。闇の属性でしたよ、予想通り。しかも術式は私が知るなかで一番複雑なものでしたね。

 貴女がお察しの通り、貴女に用いられた呪詛と同様の」

「…………………術式を構築した人物を特定することはできますの?」

「あー、ちょっと難しいですね。何しろ、かなり複雑にできていますから。まだ解析だって終わっていないくらいです」

「え? 解析も終わっていないのに何故、呪詛と同一人物が構築したと?」

 怪訝な顔をしたシルヴィアにベイゼルが苦笑いした。

「あんな複雑な術式を構築できる人間はそうはいませんよ。

 まあ、ベースになっている術式が同じでしたので、同一人物だと思うんですが。

 んー、でもきちんと解析できているわけではないので確実とは言えませんけど」

 そこでベイゼルがじっとシルヴィアを見つめた。

「させてくれます? 解析」

 彼の視線の意図に気付いたシルヴィアとハルカは、

「「黙れ、この変態」」

 思わず口をそろえて言ってしまった。

「ですよねー」

 だというのに、ベイゼルはどことなーく嬉しそうで。何だろう、先程からぞわぞわする、これは。気付いてはいけない、何かのような。

 シルヴィアの背中にちょっと違う意味で嫌な汗が伝う。

「しかしそれ、イイですよね、その変態という罵りは」

 ハルカが堪らず叫んだ。

「ドSに見せかけて、実はドMなのッ!? 気持ち悪!!!!」

「…………止めて、ハルカ。これ以上、気分を悪くさせないで」

「ふむ、よく分かりませんが、私けなされてます? しかし不思議と悪い気がしませんね?

 かたや美人のご令嬢、もう一方は穢れなき『聖女様』、双方から罵られるとは、むしろ役得ですかね?」

 にこにことそんなことをのたまうベイゼルに、いっそコイツはここで死んだ方がこの国にとって平和なのでは? という考えがシルヴィアによぎる。

だが、その時。

「失礼します」

 声と共にベイゼルの頭に剣が鞘付きのまま振り下ろされた。

 ゴスッという音から、それなりに痛そうなことがうかがえる。

「………………いきなり何をするんですか、ルシウス君」

「いきなりではありません。殴り忘れていたことを思い出しただけです」

 グッジョブ、さすがはルース! タイミングはばっちりだ。シルヴィアとハルカは拍手喝采したい気分を視線だけで彼に送る。

 ルシウスはそれに応えるように、ベイゼルの首根っこを後ろからぐいっとつかみ上げた。

「先輩、教わった魔法で分からないところがあるんです。教えていただけませんか」

「あの、ですね。首が絞まってますよ? ルシウス君?」

「話は終わりましたよね? 終わっていますよね、姉上?」

 ぐいぐいと容赦なく首を絞めているルシウスに、シルヴィアはにっこりと笑った。

「ええ。ベイゼル先輩、ありがとうございました。

 ルース、勉強の邪魔をしてごめんなさいね。ゆっくり先輩に教わってきてちょうだい」

「はい。では、姉上、ハルカ様、失礼します」

「って、え? ちょ、ルシウス君? 私はまだ話がっ」

 じたばたするベイゼルをさらにきゅっと絞めあげて、

「ならお話は俺が聞きますよ。後で姉に伝えますから、安心してください」

 ルシウスは真面目な顔で急かす、というより脅した。

「ほら、早くしてください」

「ッ――――――わ、かった、から、手を、はなし」

「そうですか。ありがとうございます」

 ぱっと手を離すとベイゼルがごほごほと咳き込んだ。が、ルシウスは素知らぬ顔だ。

「では行きましょうか、ベイゼル先輩?」

「………………まったく、君達は姉弟そろって良い性格をしてるね」

「お褒めにあずかり光栄です」

 ベイゼルは仕方ないといったように席を立った。

「それではシルヴィア様、ハルカ様、失礼します」

「ええ、ごきげんよう」

「……………………ゴキゲンヨー」

 完全に社交辞令の挨拶だけを返して、シルヴィアとハルカは引きずられていくベイゼルを見送った。

 強制終了させてくれたルシウスに二人が心から感謝したのは、もちろんいうまでもなかった。





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