第2話 悪役令嬢とヒロインの仲はかなり良好です

 シルヴィアのむかいには、この国に降りかかる災厄を鎮めるべく、異界から召喚された『聖女』の少女が座っていた。

 が、今の彼女の顔はヒロインにあるまじき鬱々としたもので。

「何あのドヤ顔。完全に冤罪だってのに、よくもまぁ、証拠も確かめずにあんな風に突き付けられるもんよね。ってゆーか、公衆面前で辱めるとか、モラハラだっちゅーの」

 怒りがおさまらないのだろう、ひたすらブツブツと毒を吐き続けるハルカにシルヴィアは苦笑いした。

 これは、そうとうキているな、と。

「とりあえず、なかなかに素晴らしいビッチぶりだったわ、とだけ。

 だいぶ無理してそうだけれど大丈夫? ハルカ」

 ともすれば皮肉にもとられてしまいそうな台詞だったが、ハルカはそう受け取らないことをシルヴィアは知っていた。というより、心から彼女のヒロインぶりっこを心配しての言葉だった。

 そもそもハルカにはあんな立ち振舞いは似合わない。かなり我慢をしていたはずだ。

 案の定、バッとこちらに向けられた彼女の顔は悲痛なものだった。

「そぉ〜〜〜〜なのっよっ!

 何が嫌って、そりゃ死んじゃうバッドエンドも嫌だけど! 好きでもない男に媚売って!! あげくサブイボ立ちっぱなしの台詞聞かなきゃいけないなんて、どんな嫌がらせよっ!?

 好きでもないのに!! キスなんか、じょぉ〜〜〜〜〜〜だんっ、じゃ、な、い、のっ!! 分かる!?」

 涙目で訴える少女の隣に座りなおし、シルヴィアは「よしよし、よく頑張ったわね」と彼女を撫でてあげた。

 ハルカはそんなシルヴィアに泣きつくようにして文句を続ける。

「もーーーーー、何なの、あのバカ共は! あ、ルースは除くよ?」

 我が弟は馬鹿を脱したらしい。シルヴィアはよかったわね、と心のなかで弟に告げておく。

「でも一応、この国の優秀な人材ばかりなのよ、あれでも」

 ヒロインに馬鹿共呼ばわりされた青年達を思い浮べてシルヴィアは困った顔をした。

「婚約者がいるってのに節度も守れないパッパラパー共でしょうがぁ!!」

 あー、婚約者がいるのは攻略対象者四人のうちの二名ですから。でも他二名のうち、一人には恋人がいましたっけね。

 まあ、ヒロインにぞっこんになっている終盤では、脳内に花畑ができてるんじゃあないかと疑うぐらいなので、あながち彼女の言葉も間違ってはいないんだけど。

 そこでハルカは事実を思い出したのか、ゴニョゴニョとフォローらしき言葉をはさんだ。

「まぁ、あの人達が悪いってわけでも、ないんだけどさ」

 きまり悪そうに言うハルカにシルヴィアは微笑んだ。

「貴女が悪いわけでもないわ」

 そう、『聖女』が悪いわけではない。彼女はきたくてこの世界にきたわけではないのだ。彼女を責めるのはお門違いというもの。

 間近でふわりと微笑まれハルカはちょっとだけ身体を離した。

 絶世の美女、公爵令嬢の微笑みはヒロインの動悸まで早める。いやいや、百合にはしっている場合ではない。

 少し冷静さを取り戻したハルカは、今まで聞くに聞けなかった事をこの際だからシルヴィアに聞いておくことにした。

「ねえ、ほんとに今更なんだけど」

「何かしら?」

「シルヴィアはさ、皇子のこと、好きだったんだよね? え~と、その〜、今も?」

 これはハルカにとってけっこう勇気のいる質問だった。

 婚約破棄の原因は間違いなくヒロインのハルカだ。もしシルヴィアが本気で―いや、ここまでの流れを考えると違うと思うのだが―本当に万が一にでも皇子を愛していたというのなら。

 気が引ける、どころではない。

 いや、シルヴィアに嫌われるのは、もはや耐えられないくらいに彼女が好きなハルカにとって絶望的な展開だ。

 そんな不安いっぱいのハルカの質問に、シルヴィアは少し考えて正直に答えた。

「そうね、あの方を公私共に支え、この国の繁栄に尽力することが私の人生だと思っていたわ。貴女に会う、あの日までは」

「支える、ってゆーのは、恋愛的な、ソレで?」

 ハルカの恐々とした質問に、シルヴィアは首を傾げた。

「どうかしら。そう聞かれてもよく分からないわ。そもそも恋愛なんて考えたこともなかったし。あの方の傍にいることが義務のようにも思っていたから。

 でも、そうね――――――容姿は綺麗な方よね」

「うん。無駄にね。ってか、メイン攻略者だしね」

 シルヴィアのそれにハルカが遠い目をして言った。

 今考えれば、エドワード殿下に言えることなど本当にそのくらいなのだ。良い面でいえば。

 ちなみに悪い面を言おうと思えば幾らでも言える自信がシルヴィアにはあったりする。

「ただ一つ、はっきり言えるのは、殿下のベタ甘台詞ってはたから聞いているとバカっぽさ全開ってことかしら」

 悪い面の一端を口にすればハルカが激しく同意してくれた。

「婚約者がいるくせに『王妃に相応しいのは君しかいない』とか、結婚詐欺か!? って台詞だよ、ぶっちゃけ」

 ああ、そんなこと囁かれるイベント、ありましたね、確か。

 でも舞台裏を知っちゃっていると、本当に馬鹿馬鹿しい台詞なのだ、これが。

「直情系で周りが見えなくなるところ、好ましいとか思ってた時期もあったけれど、冷静に考えてみたら王の資質としてアウトよねぇ」

「好ましいと思ってたんだ……………」

「ほら、政略的な婚約なのに私に好意を寄せてくれていたし。『王妃に相応しいのは君しかいない』って言われた時には、努力が認められたようで嬉しかったのよね」

「って、その台詞、使い回してんの!? どんだけボキャブラリーないのよ、あの皇子!!」

 イタイわー、ナイわー、と呟くハルカの気持ちがシルヴィアには痛いほど分かる。

 皇子がハルカに囁いている愛の言葉は、実のところシルヴィアにも囁かれていました。

 その事実に気付いた時の脱力感ときたら。シルヴィアが、ああ、殿下って馬鹿だったのね、と、思い知った瞬間でもありました。

「でもそれも過去のことだわ。第一、貴女と出会った瞬間に私はこの世界の根幹に気付いてしまったし。

 皇子ルートは何をしたって私にはバッドエンド。あんな状況じゃ、たとえ殿下に恋をしていたとして覆るというものだわ」

 だから安心していい、と言外に告げればハルカはほっと顔を緩ませた。

 彼女の唯一といっていい心配が解消されたのだろう、やっとハルカは晴れやかな笑顔をみせてくれる。

 それはヒロインらしい人を朗らかにさせるもので、シルヴィアはとても好きだ。

「これで、あと二年は二人とも生き残れるルートに突入だね!」

「ええ。油断は禁物だけれどね」

 そう言うものの、シルヴィアの声も柔らかかった。

 死の未来から解放された少女達はくすくすと笑いあう。ここは通過点にすぎないと分かっていても、今はこの達成感に浸り、喜びを分かち合いたかった。

 なにしろ、ここまでの道のりは長かった。

 本当に本当に、長かったのだ。




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