第3話 怪訝


 私は男を応接間に通して、紅茶とお菓子を出すと、一旦自室に戻った。鞄をやや乱暴にベッドに投げつけ、自身も鞄の隣に伏す。

 男の言った話とは何なのだろうか。緊張でもしていたのだろうか、終始声が上ずっているように思えたので、笑い話をしに来たという風ではなさそうだ。そもそも笑い話程度なら、初対面の私にわざわざ披露するのはおかしいし、翌日学校ですればいいだけの話だ。そして更に、私の家の前で声をかけたというのも解せない。帰路をずっと付いてきていたのか? 私に気付かれずに? 何故私が家に入ろうとするタイミングで私を引き留めたのか。考えても答えは出しあぐねるので、気になることは後で問い質せばいいだろう。

 私は徐に起き上がり、スカートの留め具を外してセーラー服のスカーフをほどいた。床に脱ぎ捨てられたブラウスとショートパンツを身につけ、姿見で身だしなみを整える。ポニーテールを作っていたシュシュを取り去り、髪を梳った。

「はは」

 これではまるで、デートに心を躍らせる少女のようではないか。単純に、他人に姿を見られる以上最低限の装いはしなければならない、という義務感からの行動なのだが、不思議と自身が乙女チックに映った。此嘉であれば、その行動も私と違い可愛らしく見えるのだろう。そう考えながら、制服に皺ができないようハンガーに掛けて自室を出た。


 客間に戻ると、男は紅茶にもお菓子にも手をつけず、剰え私が最後に見た時から寸分も動いていないらしかった。

「お待たせ」

 身体を強ばらせる男を瞥見しつつ、私は彼の対面に腰かけた。私の分のお茶を口に含み、脚を組んでみせる。

「話があるんでしょ。どうぞ、えっと、鬼頭きとうくん」

 促すと、男はようやくお茶に手を伸ばした。武骨な手に繊細な意匠のカップはやや不似合いに映った。

「僕は何首烏かしゅうだよ。何首烏秀司しゅうじ

 そう言って何首烏は紅茶を口にして顔を少し顰めた。

「そう。それでは何首烏くん、本題に入りましょう?」

 この何首烏とやらが何者で何用かは知らないが、早急にお帰り頂きたいというのが本音だった。一応は客としてもてなしたものの、親交の深いわけでもない人間を自らのテリトリーに常駐させるのは気持ちが悪かった。

 その私の思いが彼に通じたのか、何首烏はカップをソーサーに置いた。


十津川とつかわさん、僕は君に訊きたいことが二つある。一つ目は、先日何者かに殺されたという我が校の下級生についての話。二つ目は、僕と正式にお付き合いしてくれないかという話だ」


 ……この男は何を言っている?

「どういうことかしら。貴方は冷たいと思うかもしれないけれど、私は自分と関わりのない人間が死んでも何とも思わないわ。それに、会って数分もしない男とどうして付き合う意思が芽生えるのかしら。特段突出して恵まれた要素があるわけでもない貴方に」

 何首烏の不可解な言動に、知らず言の葉が尖る。その言の葉は鋭利なナイフとなって彼の胸を抉るはずだ。容姿も、才能も、どう贔屓目に見ても優れているとは言い難い。私が見出せないアイデンティティが、彼の内には隠されているというのだろうか。

 何首烏の表情はぴくりとも動かない。据わった目はこちらを射て、僅かな所作も逃さないといった様子だ。まるで――そう、獲物の隙を窺う獰猛な獣のようだった。

「殺された下級生、というのは、一年三組の、女の子で、学業において、優秀な成績を残していたらしい。手芸部に所属していて、木葉このはさんとはそれはそれは仲良くしていたようだね」

 私の反応をやや過剰に窺いつつ、何首烏は噛み締めるように言葉を紡ぎ出していく。

 どこから情報を得たのか、彼は担任教師が告げた以上のことを訥々と並べた。

 奇妙だった。何首烏の表情は読み取れないに等しかったが、どこか真に迫る感があった。

 そして私は、次の何首烏の言葉で、何首烏との交際を余儀なく了承することになるのだった。

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