6-7.


 ワークホース、白馬システムが開発したセミオート機構を搭載した特殊なブロスユニット。

 歩から見ればはそれは、夢でしか無かったブロスファイトの世界に自分を連れて来てくれた名馬と言える。

 そして光崎から見ればそれは、事前に学習した戦闘動作しか再現できない落ち零れ専用の駄馬でしか無いだろう。

 しかしそのセミオート機構特有の予習しか動きを愚直に再現するという性質が、このエキシビジョンマッチの戦いを長引かせる原因となっていた。


「"くっ、やぱりしぶとい…。 あそこで決められなかったのは痛かったな…"」

「"敵機の動きが全く乱れない、信じられないな…。 これが噂の白馬システム製のセミオート機構の実力なのか!?"」


 森林ステージという障害物だらけのステージで、相手に一方的に責められている。

 それは普通のブロスファイトであれば、とっくに勝負が決まっていてもおかしくない状況であった。

 どんなに訓練を積んだ名パイロットであっても、試合を行っていれば疲労が溜まりミスが出やすくなる。

 ましやて今の歩のような勝ち目のない状況に追い込まれてしまったら、精神的にも参ってしまい余計に集中力が乱されてしまう。

 実際に詰将棋のように確実に追い詰められている歩は、普段通りとはとても言えない状態であった。

 もしも歩の機体がまっとうなブロスユニットであれば、試合を決めるようなミスを既に何回もしていた事だろう。

 しかし今の歩の機体はワークホース、事前に学習した戦闘動作を再現するセミオート機構を搭載した鉄の使役馬である。

 セミオート機構によってワークホースはパイロットの状態に影響されず、試合前と変わらない軽快な足さばきを見せていた。


「"分析結果が出た、見た目では分からないが敵機の動きは試合開始時より確実に鈍っている。 相手は確実にダメージを負っているぞ…、此処で勝負を掛けるか?"」

「"まさか、このまま続けますよ。 落ち零れ相手に焦っても格好悪いですかね…"」


 幾らセミオート機構と言えども、試合中に受けたハードウェアのダメージを誤魔化すことは出来ない。

 背後からのヒットアンドアウェイを繰り返し、そして障害物を巻き込んで繰り出した薙刀によるダメージ。

 それらの目には見えないダメージは、ストライカーチーム監督の丸井の解析結果によって明らかにされていた。

 しかし未だに相手の動きは十分に健在であり、この調子では戦闘不能のダメージを与えるのにどれだけ掛かるか分かったものでは無い。

 セミオート機構の性質上、パイロットのヒューマンエラーを期待する事も出来ないだろう。

 そのため丸井はこの勢いのまま勝負を決めに行くプランを提案するが、光崎の方はこのままの戦い方を続ける意思らしい。


「"…分かった、お前に任せるぞ"」

「"当然です、任せて下さい"」


 下手に勝負に出れば負けないまでの、相手から幾らかの反撃を負う可能性はあるだろう。

 そして光崎というプライドの高い男は、落ち零れと見下している相手にノーダメージで勝利を得たいと考えているに違いない。

 丸井は此処で光崎の機嫌を損なう方がまずいと考えて、反論することなく光崎の考えに従った。

 ストライクエッジは僅かのミスも許されない全うな競技用ブロスを搭載しているのである、下手にパイロットの感情を逆撫でるのは良いことでは無いだろう。

 そのため森林ステージでの殺伐とした巨人同士の追い掛けっ子は、この後も延々と続いていった。











 ストライカーチームの丸井監督の分析通り、ワークホースのダメージは着実に増えていた。

 コックピットのディスプレイには機体のダメージ状況がリアルタイムに反映され、足回りの部分が既にイエローゾーンに入っている。

 既に相手の薙刀によって幾度も斬りつけ、その状態の脚部を酷使して背後から伸びてくる刃から逃げているである。

 幾ら使役馬に相応しい足回りを持つワークホースでも、傷口を広げながら行う逃避行が長続きする筈もない。


「"…ああ、後ろから長物で切りつけてくる奴に対しての、適切な動作パターンなんか幾ら探しても見釣らないわよ! それはそうよ、そんなマニアックな状況の訓練なんかしていないもの!?"

 "だからセミオート機構なんてキワモノの監督なんてしたく無かったのよ、普通のブロスユニットなら幾らで対処の方法があったのにぃぃぃっ!!"」

「"っ、耳元で叫ばないで下さい! 何でもいいんで、今の状況を打開する作戦を…"」

「"あったらとっくに指示しているわよぉぉっ!!"」


 全く光が見えない一方的な戦況を前に、犬居監督のお約束とも言える金切り声が歩の耳元で爆発していた。

 これをコックピット内で受けた歩は何時もの犬居だと言う奇妙な安堵感を覚えながら、監督と臨時の作戦会議を続ける。


「"…ストームラッシュもどきでの特攻"」

「"無理、今の脚部の状態だと相手を倒し切る前に確実にこっちが倒れる。 羽広くんがあそこで馬鹿な真似をしなければ、その手もあったんですけねぇぇぇっ!!"」

「"…すいません"」


 先に光崎が実演してみせたように、森林ステージの障害物はブロスユニットのパワーがあれば破壊することは不可能では無い。

 剣の嵐で障害物を破壊しながら一直線に相手に詰め寄るという案は、成功率が見込めない全く無謀な作戦では無いのだ。

 しかし麻生が使う本家本元ならともかく、機体への負担を無視して全力で剣を振りまわるストームラッシュもどきを今のダメージ状況で使うのは非常に厳しい。

 障害物の無い平ステージであれば行けたかも知れないが、森林ステージでは壁となっている木々という障害物を破壊する必要も出てくる。

 犬居の見た目では現状のワークホースの状況では、障害物ごとストライクエッジを倒し切るのは難しいと判断していた。

 そのため歩の頼みの綱であるストームラッシュによる特攻は、無碍無く犬居に却下されてしまう。






 そんな風に犬居と通信で作戦会議を行いながら、歩はワークホースを操ってストライクエッジの刃から逃げていた。

 コックピットに投影される外の映像から相手の動きを確認し、なるべく相手を背後に置く状況にならないように常に動き回る。

 この不毛な追い掛けっ子を続けている中で、ふと歩の中に何か漠然とした閃き浮かび上がった。

 まだ具体的な形になっておらず、それを言葉にすることが出来ないのだが確かに何かを思いついたのだ。


「"……あれは!? 監督、ちょっとワークホースのカメラの情報から、周囲の地形情報をまとめて貰えますか? ちょっとこっちは手が離せないんで…"」

「"…そんな物を何に? 分かった、すぐにやるわ…。 ほら、これでいい?"」


 自信の閃きを形にするためにはもっと正確な情報が必要だった、しかし光崎から逃げ回っている自分ではそれを得ることは難しい。

 そのため歩以外でワークホースから得られる情報を操作できる唯一の人物、彼の監督である犬居にそれを頼む。

 犬居はその突然の頼みに面を喰らいながらも、何処か張り詰めた様子の歩から何かを感じったのかすぐに仕事に取り掛かる。

 感情的になりやすいことを除けば優秀な人間と言える犬居は、手早く歩の望んだ情報を掲示してくれた。


「…"森の中に道が出来ている、俺たちが何回も通ったから、獣道みたいになったんだ…"」

「"そんな事、当たり前でしょう!? ブロスユニットなんてデカブツで歩き回ったら、道くらい簡単に…"」

「"けれども一度や二度通ったくらいで、ここまで綺麗になりません。 俺たちは何回も此処を通っているんだ、光崎に追いかけ回されている間に…"」


 それもまた通常のブロスファイトでは、余りお目にかけられない展開が生んだ奇妙な状況と言えた。

 セミオート機構の性質によって決して操縦ミスをすることなく、事前に学習した動作パターンを機械的に繰り返すワークホース。

 それに対して相手はその正確な動作に対応するため、自然と規則的な対応を行ってしまう。

 この森林ステージという狩場から相手を逃さないように円を描くように動き回り、背後からワークホースに襲いかかるストライクエッジ。

 ストライクエッジの刃から逃げるためにワークホースは逃げ回り、その動きはセミオート機構故の人間味の無い規則的な動作である

 それに付き合うストライクエッジは同じ動作を行うワークホースに付き合うことで、自然とルーチンワーク的な動きなってしまう。

 全く同じやりとりを繰り返す両機体は、結果として森林ステージの同じ箇所をぐるぐると回っている状態になっていたらしい。


「"羽広くん、一体何を…"」

「"…これだ、もうこれに賭けるしか無い!!"」


 歩の閃きは具体的な形となったが、それは手放しで褒められるような良策とはとても言えない物だった。

 はっきり言えば博打に近いか細い希望であるが、残念ながら今の歩にはそれ以外に光崎に勝利するビジョンが思い浮かばない。

 そして教習所を落ち零れの歩は勝利を掴むため、自分を見下す教習所卒の光崎に対して最後の勝負に打って出た。


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