6-5.


 当初の目論見が崩れ去った光崎の次の行動は素早かった。

 ストライクエッジを駆る光崎はワークホースと軽く数合撃ち合った後、徐に後ろに下がり始めたでは無いか。

 離れていく相手に向かってすかさず追撃に出ることも出来たが、此処で経験の浅さが出てしまう。

 歩は突然の相手の動きの変化に動揺してしまい、犬居から声が掛かるまでストライクエッジが森の中に入る所を棒立ちとなって見ているだけであった。


「"馬鹿、何やっているのよ!? 敵機が障害物だらけの森の中に行くのを黙って見過ごすなんて…"」

「"す、すいません。 まさかあいつが俺に背を向けるなんて思っても見なくて…"」


 歩が動揺した理由は相手の予想外の行動だけでは無く、それを成したのがあの光崎という男だった事にもあった。

 こちらを落ち零れと見下していた不遜な男が、まさかその落ち零れ相手に自分から背を向けるとは思いもしなかったのだ。

 しかし歩は知らないが光崎という男は、必要とあれば自らが泥を被ることを厭わない程度の度量は持ち合わせていた。

 勿論、執念深いあの男のことであるので、その原因を作った者に対してとてつもない恨みを持つであろうことは間違いない。


「"どうします…、追いますか?"」

「"普通の試合だったら、この平地を陣取って持久戦に持ち込む手もあるでしょうけど…。 ああ、試合をして貰っている立場で、そんな消極的な手に出るわけにはいかないじゃない!

 虎穴に入らずんば虎子を得ずよ、相手の思惑に乗ってあげましょう!!"」

「"まあ、それしか無いですよね…"」


 光崎の想定通り今回のエキシビジョンマッチでは、対戦する両チームは完全な五分の立場では無くなっていた。

 エキシビジョンマッチという活躍を施された白馬システムチームは、ある程度は施し側である光崎をを立てる必要があるのだ。

 これを無視して問答無用で勝ちに行きでもしたら、歩たちは恩知らずの集団であるとブロスファイトの世界で認識されてしまう。

 時代は進んだとは言え人間はそれほど進歩しておらず、ブロスファイトの世界においても世間的な評判と言う物は決して無視できないファクターである。

 必然的に白馬システムチームが今後もブロスファイトの世界でやっていくには、エキシビジョンマッチを施された者らしい立ち振舞を行わなければならない。

 そして光崎の思惑通り、ワークホースは彼が用意した死地へと足を踏み入れることを強いられてしまう。






 一流のプロであればその超絶した操縦技術によって、障害物を物ともせずに戦うことが出来るだろう。

 しかしその域に達していない者にとっては、森林ステージという場所は非常に厄介な場所となる。

 20メートル長の巨人より高く聳え立つ人工の大木、これが本物であれば樹齢三桁は下らない筈だ。

 流石にブロスユニットが動き回る程度の間隔でランダムに木々が設置されているが、その自由度は先程の広場とは比べ物にならない程に狭い。

 何も考えずに剣を振ろうものならば、その剣は木の枝に取られて致命的な隙を作り出してしまう。


「"監督、相手の考えが読めますか?"」

「"ふん。 大方、ワーカーもどきの私達の機体は、こんな障害物だらけの環境ではまともに動けないと思ったんでしょう"」


 障害物の無い広場から森の中へと入っていた光崎の思惑を、犬居はセミオート機構が持つ致命的な弱点を突くつもりであると推測していた。

 セミオート機構、凡人では実現不可能な競技用ブロスの過剰なまでのパラメータ入力の大半を機械操作によって肩代わりする夢の装置。

 これによって凡人代表と言うべき歩は、ブロスファイトの世界に足を踏み入れることが可能となった。

 しかしこの夢の装置には明確な欠点があった、それはセミオート機構の学習させた動作の再現した出来ないという点である。

 事前に学習させた動作パターンであれば完全に再現できるが、それはあくまでも事前に覚えさせた物でしか無い。

 自力で競技用ブロスを操れない凡人には、自力で新たな動作を想像することは不可能なのである。


「"ふふふ、こちらは障害物を想定した訓練も行っているのよ! 森の中でならセミオート機構は無力化されると思っていたら、甘い甘い"」

「"そんな単純な思いつきであればいいんですけど…"」


 仮にワークホースが今のような障害物だらけの環境を想定した動作を事前に学習していなかったら、このエキシビジョンマッチでの敗北は確定しただろう。

 しかし歩と犬居は当然のように、障害物を前提とした環境に対する戦闘を想定した訓練も行っていた。

 ブロスファイトの世界では森林ステージのような、障害物が設置された試合も行われる事は分かっている。

 そのブロスファイトの舞台に立つために今日までやってきた白馬システムチームが、それに対する備えを行わない筈は無いのだ。

 確かに犬居の予想も一理あると思うが、歩は光崎という男がそんな単純な手を打つと思えずに不安を拭いきれなかった。











 ストライクエッジを追って森林ステージの奥まで足を踏み入れたワークホース、先程まで居た広場は既に見えず四方を人工の木々で囲まれている状況である。

 そんな木々の奥そこでこちらを待ち構えていたストライクエッジが手に取っていたのは、先程までの剣では無く背に背負っていた長物だった。

 長物の棒の先には背負っていた時には見えなかった幅広の刃が付いており、その見た目は槍よりは薙刀の方が近いと言えた。

 歩は相手の手にしている武器を訝しむ、確かに長物は剣よりリーチはあるがこんな障害物だらけの場所で使うにはどう考えても不適切であろう。

 しかし歩の戸惑いなど気にしないとばかりに、ストライクエッジは薙刀を携えて動き出す。

 そしてストライクエッジはワークホースに向かって直進せず、それを中心点として円を描くように木々の間を駆けたのだ。


「くっ、後ろから…」

「ほら、どうした。 どんどん行くぞ!!」


 正面から待ち構えた相手が予想外の行動を取ったことで、歩はまたもや一瞬反応が遅れてしまう。

 その隙を逃すこと無くストライクエッジはワークホースの左後方まで移動し、器用に木々を縫って手に持った薙刀を突き入れる。

 ストライクエッジの刃はワークホースの左足を削り、歩が乗るコックピットのディスプレイに自機のダメージ状況が更新する。

 ダメージを受けた事で遅まきながら歩が反応した時には、既にストライクエッジは元居た場所から移動しているでは無いか。

 そして歩が先程までストライクエッジが居た位置に気を取らていると、今度はまた別の方向から薙刀が飛び出てくる。

 後手後手となってしまった歩は、見事なまでに光崎に翻弄されていた。


「"ちょっと、早く立て直しなさい! このままダメージが蓄積したら、まずいことになるわよ"」

「"無茶言わないで下さい。 こんな状況を打破する手段なんて、訓練では一度も…、あっ!?"」

「"…まさか、あいつの狙いは!?"」

「"ははは、監督の読みが当たりましたね…"」


 確かに犬居が予測した光崎の思惑、セミオート機構の弱点を突くという考えは的中していた。

 セミオート機構は事前に学習した動作した再現できず、想定していない事態に陥った時にそれを打破する新たな動作を想像することは不可能である。

 僅か一手のミスが致命的となる競技用ブロスで、森林ステージのような障害物だらけの環境でブロスユニットを操る難易度は筆舌に尽くしがたい。

 それ故に過去のブロスファイトでは超一流同士の試合でも無ければ、森林ステージのような環境での戦いは小細工を極力省いた正面通しの戦いが主になる。

 確かに森林ステージのような障害物を想定した訓練はしていたが、歩たちが行った訓練の殆どはブロスファイトの世界では常識的と言える正面からの戦闘であった。

 今の光崎のような正面からの戦闘を避けて回り込み、リーチの長い長物で襲いかかる相手という極めて特殊な状況などは想定すらしていないのだ。

 そして前述の通り、今のストライクエッジの特殊な戦法に対する対抗策を学習していないワークホースに為す術は無い。

 こうして歩とワークホースは、光崎の計画通りに絶体絶命の状況に追い込まれてしまった。


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