6-2.


 ブロスファイトに限らず、この手の興行には客引きのためのイベントを組み込むことはよくある。

 アイドルや芸人によるトークショー、パフォーマーによる演技などと、あの手この手で人を集めようと試みる。

 そのため今回のエキシビジョンマッチが紆余曲折を経て、とあるブロスファイトの興行内で行われることになったのも別段不思議な話では無い。

 前座とセミファイナルの間に組み込まれたエキシビジョンマッチ、観客で埋まるスタジアムの上に歩とワークホースは初めて立つのである。


「よし、これで万全だ。 いよいよ本番だな、ワークホース…」


 全身を地味な茶色に覆われ、特徴と言えば一般のブロスユニットと比べて一回り大きい脚部くらししか無い平凡な見た目の使役馬。

 エキシビジョンマッチの前日、歩は1人ベースに残りワークホースの最終チェックに励んでいた。

 既に重野たち整備チームで念入りに整備は行っており、はっきり言ってこの行為に意味は無いだろう。

 しかし仮にも白馬システムチームの整備士としても働いている身として、念には念を入れて置こうと思ったらしい。

 手に持つ端末に映し出されているワークホースの状態はオールグリーン、完璧な状態で歩とワークホースは試合に望めるだろう。


「光崎、か…。 まさかあいつと戦うことになるとは人生分からないよな…」


 以前に犬居相手に光崎と交友が無かったよう言っていた歩ではあるが、実はそれは半分嘘であった。

 確かに光崎と歩との間には葵とのような良き関係は築いておらず、教習所時代にも殆ど絡んだ事は無い。

 しかし歩にとって光崎という男は、決して忘れられない人物でもあった。

 何故なら光崎という男は、歩のパイロットの夢を諦める切っ掛けを作った人物だからだ。






 競技用ブロスを使いこなす才に恵まれなかった歩は、教習所のパイロットコースから落ち零れてしまった。

 右手と左手と右足と左足と頭を個別にかつ精密に使うことで、競技用ブロスは初めて動かすことが出来る。

 これを実現するには複雑な複数の処理を同時に熟すためのギフト、関係者の間でマルチタスクと呼ばれる才能が必要となる。

 努力だけでは絶対に越えられない壁という物は残念ながら存在する、マルチタスクを持たずに生まれた時点で歩が競技用ブロスに受け入れられないことは確定していた。

 教習所のカリキュラムに付いて行けなくなり、歩はそれでも必死に夢に追い縋ろうとしていた。

 そんな歩に引導を渡したのは、あの光崎という性根の腐った男であったのである。


「昔の俺はあいつには手も足も出なかったろう、けど今の俺にはお前が居る。 何とかなるさ、きっと…」


 光崎がやったことは簡単な事である、歩がその時にどうやってもこなせなかった教習所の課題を眼の前で鮮やかにやってみせたのだ。

 マルチタスクの才を持つ者と持たない者の差を見せつけた光崎は、昔から良かった外面を崩すことなく呆然とした表情の歩の横を通り過ぎようとした。

 そして歩にだけ聞こえる小さな声量で呟いたのだ、"落ち零れ"と…。

 この時に歩は光崎という男の内に秘められた悪意に初めて気付き、そしてそれに反論できない自分の限界を自覚させられた。

 止めを刺すようにこの後、教習所の教官から最後通告をされた歩はパイロットコースから離れることになったのである。

 マルチタスクを持たない歩はあの場所で決して光崎に敵わなかっただろう、しかし今の歩にはセミオート機構を搭載したワークホースが居る。

 自分のパイロットへの夢を事実上諦めさせた男との試合を前に、歩は静かに闘志を高ぶらせていた。











 白をベースに黄色ラインでアクセントを付けた如何にもなカラーリング、名前負けしない刃のように磨かれた鋭角的な外装。

 歩がワークホースの元に居た頃、偶然にも対戦相手である男も愛機"ストライクエッジ"の元に足を運んでいた。

 ストライカーチームが用意した機体の姿を、光崎 刃はテレビでは絶対に見せない忌々しげな表情で眺めている。

 実はこの機体は光崎のために新造された物ではなく、以前からストライカーチームで使用された機体をベースにしている物なのである。

 新しい機体を用意するよりは既存の機体を改修した方がコストは安く済み、何の実績の無い新人パイロットに対して新しい機体を用意する程チームには裕福でも無かった。

 パイロットに合わせて機体の外装などを改修し、機体名もパイロットに合わせて変えただけでも無名の新人に対しては破格の待遇と言えよう。

 しかし過剰なまでの自尊心を持つ光崎にとって、中古の機体を使っていることは不満でしか無いのだ。


「ふん、この機体ともすぐにおさらばしてやるさ。 明日の試合で名前を上げれば、そう遠くない内に俺の専用機を用意してくれるだろう。

 見ていろよ、葵。 一番は俺だってことを思い知らせてやるさ…」


 明日のエキシビジョンマッチの相手は歩であるが、光崎にとって教習所から落ちこぼれた落伍社などは眼中には無かった。

 既に彼の中で明日の勝利は確定しており、その目線の先には自分を差し置いて不当な評価を得ている親の七光しか居ない。

 自分の方が優れているのに葵ばかり世間はチヤホヤし、葵は新造の機体に乗って自分は中古の機体に乗っている。

 今の状況は光崎にとっては非常に不本意な状況であり、明日の試合は自分が本来の立ち位置に戻るための通過点でしか無かった。


「…あ、光崎さん。 こんな所に居たんですね、監督が呼んでいましたよ」

「ああ、田中さん、ありがとうございます。 どうやら機体を完璧に仕上げてくれたようですね。」

「はっはっは、これが俺たちの仕事ですからね。 こいつならワーカもどきなんて楽勝ですよ」


 競技用ブロスに選ばれた人間である事への自負から、ブロスファイトのパイロットたちは性格が歪んでいる物が多い。

 年に数人しか出てこないマニュアル免許持ちのパイロットたちは、自らの希少価値を十二分に自覚している。

 余程のことが無い限りに切られないと分かっているが故に我儘を繰り返し、それが原因でブロスチームが解散まで追い込まれるという話は決して珍しい事では無いのである。

 実際に昨年までストライカーチームに居たパイロットも余り褒められた人間ではなく、他のチームメンバーの名前すらろくに覚えて無かった。

 しかし光崎は本性はどうであれ外面を取り繕うことは得意らしく、過去のパイロットとは対象的にチームメンバー全ての名前を覚えて卒なく対応していた。

 今も機体に対する不満などを微塵も表に出さず、整備の人間に対してテレビの取材の時のような好青年を演じるのだった。






 整備士の人間に呼び出されて監督室へ入った光崎からは、先程の好青年振りは消えていた。

 このチームに入り込む際に丸井監督へ直談判した時に、光崎は自分の本性と野心を監督へぶちまけているのだ。

 それは光崎に取って最初で最後の賭けとも言える博打であったが、それに勝てる辺りやはり自分は選ばれた人間なのだろう。

 監督の前では猫を被る必要は無い光崎は、自分を呼んだ要件は既に察しが付いているため開口一番に本題へと入った。


「…明日の戦い方ですね。 明日は監督の力を借りずとも勝ってみせるつもりでしたが…」

「そう言うわけにはいかん。 一応これも俺の仕事だからな」

「ははは、それもそうですね。 明日俺がやることは簡単なことです、あのおもちゃの限界を大衆に見せつけてやるんですよ…」


 普通、ブロスファイトの戦いではパイロットと監督が二人三脚で行う物である。

 過剰なパラメータ入力を強いる競技用ブロスである、その操縦に集中するパイロットの変わりに戦い方を決める外付けの頭脳が必要である。

 そのため本来であればブロスファイトの戦い方について、監督とパイロットが事前に協議しておく必要がある。

 しかしどうやら光崎は明日は自分1人の力で勝つつもりだったらしく、監督に対して明日の予定を何も伝えて居なかったのだ。

 光崎に対してそこまで手放しで信頼できない監督はフリーハンドを与えるつもりは無く、明日の戦い方を問い詰める。

 それに対して光崎は至極あっさりと、胸に秘めていた作戦を明かして見せた。


「……それは、確かに有効な作戦だな」

「まぁ、監督は明日の勝利コメントでも考えておいて下さいよ。 はっはっはっはっは…」


 光崎の口から出された作戦は、監督である丸井から見ても非の付け所のない物だった。

 自信や口だけの男では無く、光崎にはそれを実現させられると思わせる確かな力と執念がに存在していた。

 丸井監督はこのチームに光崎を入れた自分の正しさを改めて認識しながらも、やはり目の前の男の過剰なまでの自信に若干の不安を覚えるのだった。


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