4-3.


 白馬システムチームの拠点であるベース、その裏手に作られた訓練場で二体のブロスユニットが刃を交えていた。

 一方は茶色の塗装をしたこれと言った特徴のない地味なブロスユニット、白馬システムのワークホース。

 一方はブロスファイトファンなら一目でその機体名を出すことが出来る超有名機、麻生 清吾のナイトブレイドである。

 いきなり伝説のチャンピオンと模擬試合となり混乱の境地に陥った歩と犬居は暫くの間、思考が停止してしまい固まった状態がでいた。

 しかし何時までもお見合いをしていてはまずいと思い、正気を取り戻した歩は半ばやけくそ気味にワークホースを憧れの機体に向かわせる。


「"ははは、なるほど。 俺の動きにそっくりだ、あの若いパイロット君は余程勉強したようだな"」


 愛機の中で麻生は茶色の機体が振るう見覚えのある太刀筋に面白みを覚えながら、何なくその剣閃を自らの剣で捌いていく。

 ワークホースが振るう剣術はナイトブレイド、つまりは麻生の試合を真似て作り上げた物である。

 全うな競技用ブロスであればその過大なパラメータ入力のために、どうしてもその動作一つ一つに操縦者の癖という物が出てくる。 しかしセミオート機構は経験値として積み上げた幾多の動作から抽出して、最適な動作パターンを学習させてそれを常に再現できるように出来ていた。

 歩たちに取っての最適な動作パターンとは、模倣元のナイトブレイドに限りなく近い動作と言える。

 そして他の者ならいざ知らず、その模倣元である当人に対して物真似の剣術が通用する筈も無いのだ。


「"あなた、遊んでいる場合じゃ無いでしょう。 それより操縦の感覚はどう?"」

「"ああ、しっくりくるよ。 この調整がベストじゃ無いかな…"」


 今日の訓練はあくまでナイトブレイドに積み込んだセミオート機構の調整のための物であり、決して前途ある若者と戯れる場では無い。

 ブロスファイトにおける彼の監督であり、プライベートでのパートナーでもある妻の指示に従って麻生は改造を施された自らの愛機の感触を確かめる。

 ワークホースと同じセミオート機構となったナイトブレイドであるが、その青い騎士の操縦席の内部は茶色の使役馬のそれとは全く別物であった。

 ナイトブレイドの操縦席の構造は、競技用ブロスを搭載する全うなブロスユニットの物と全く変わりがなかった。

 競技用ブロスに適応しなかった歩とは違い、麻生という男は八度もシーズンチャンピオンに君臨した生粋のブロス乗りである。

 そんな伝説の男が歩のようにセミオート機構に頼り切る筈も無く、麻生歩とは違った形でセミオート機構を使用していた。


「"少し息が上がっているわよ。 やっぱりもう少しくらい、セミオート機構に操縦を負担させた方が…"」

「"否、これ以上操縦を機械任せにしてしまうと、逆に動かしにくい。 これだけ肩代わりしてもらっただけでも、随分と操縦が楽になったよ。 これならまだ戦える…"」


 ナイトブレイドに搭載されたセミオート機構は、あくまで麻生の操縦を助ける補助的な機能でしか無かった。

 競技用ブロスへのパラメータ入力を全て機械に任せている歩とは違い、麻生はあくまで自らの力で競技用ブロスで操っている。

 しかしもうすぐアラフィフに突入するオジサンには、年齢から来る衰えによって競技用ブロスを操るために必要なパラメータ入力を全て自力で行うのは難しい。

 短期間であればまだ自力でも何とかなるが、ブロスファイトと言う極限状態でそんな綱渡りの操縦を何時までも続けられるほどもう麻生は若く無いのだ。

 そのために麻生はセミオート機構に、競技用ブロスの操縦を肩代わりする白馬システムの新製品に飛びついたのである。

 自らの操縦の邪魔にならず出来るだけ操縦の負担を軽減する、麻生が白馬システムの寺崎や福屋たちと共に組み上げたセミオート機構の別の形が此処にあった。






 訓練場で繰り広げられている戦いを見守る数少ない観客達、ナイトブレイドのセミオート機構搭載と調整を手が掛けていた寺崎たちの姿がそこにあった。

 彼らは自分たちの仕事の成果と言うべき、ワークホースの攻撃を巧みに捌き続けるナイトブレイドの動きを満足気に眺めている。

 毎日麻生のチームに通い詰めてナイトブレイドの調整を行っていたが、相手役を用意した試合形式の訓練を行わせるのは今日が初めてであった。

 試合という状況で何らかの不具合が出ないか懸念していたが、あの華麗な動きを見る限りは問題は無いと言えるだろう。


「おー、歩も意外に頑張るなー。 まあ、この膠着は麻生さんが受けに回っているからだろうけど…」

「どうやら今の調整で問題ないようね。 この調子なら次のシーズンは、決勝トーナメントまで辿り着けるかも」

「っくっくっくっく。 いいぞ、伝説のチャンピオンの復活! それを実現した我が社のセミオート機構の評判は鰻登りだぁぁぁ!!」


 最早過去の人となった伝説のチャンピオン、麻生 清吾がセミオート機構の力によって復活を遂げる。

 それはセミオート機構を売り出したい営業の井澤に取っては、格好の宣伝文句であろう。

 セミオート機構の話を聞きつけた麻生が知己である重野を通して接触を図ってきた時は、あまりにこちらの都合がいい展開に夢では無いかと疑った程である。

 競技用ブロスへのパラメータ入力の全負担するのでは無く部分的に負担に留め、あくまで操縦者のサポート役とするに今回の導入例はセミオート機構の売り込みの新たな切り口となろう。

 ロンのように競技用のマニュアル免許を持たない者だけでは無く、マニュアル免許を持つプロのブロス乗りに対してもセミオート機構は適応できるのだ。

 白馬システムのセミオート機構がバカ売れする未来を予測した井澤は、一緒に居る寺崎たちが引くほどに不気味な笑みを浮かべていた。











 麻生 清吾、西洋騎士を思わせるブロスユニット"ナイトブレイド"を駆るブロス乗りである。

 ブロスファイトが公式化されて十数年、その間にこの鉄人は何と計八度もシーズンチャンピオンに君臨したのだ。

 過去に開催されたブロスファイトの半数以上は麻生によって制覇されており、伝説のチャンピオンと呼ばれるに相応しい実績であろう。

 しかし彼の輝かしい歴史は四年前のシーズンを境に陰りを見せてしまい、今では引退を噂される程にブロスファイトの世界から消えた存在となっていた。

 四年前のシーズンチャンピオンを決める試合で、彼の愛弟子であるサムライブレイドに敗北してチャンピオンの座を奪われるまでは…。


「"凄いです、現役のナイトブレイドの動きそのままだ! 最低限の動きでこっちの攻撃を捌いている、いくらやっても当たる気がしないですよ!!」

「"喜ぶな、このナイトブレイドマニアが!! くっ…、これだけ動いても操縦ミス一つしていない。 晩年の麻生 清吾なら、そろそろミスをしてもおかしく無いのに…"」

「"これがセミオート機構の力なんですね、凄いですよ! 家の会社の製品が伝説のチャンピオンを蘇らせた…"」


 今でも語り草となっている師弟対決、そして師匠の操縦ミスによって迎えた呆気ない幕切れはその後の麻生の凋落を予期する物だった。

 チャンピオンに転落した翌シーズン、リベンジに燃えていた麻生であるがその思いとは裏腹にシーズン中の成績は過去最低の物であった。

 恐らくあの大一番での操縦ミスが注目されたのだろう、それ以降の麻生の対戦相手たちは常に逃げ腰の姿勢で長期戦に持ち込もうと試みたのだ

 その思惑通り試合時間が増えるほどに麻生が操縦ミスをする確率が増えていき、そこを突かれた敗戦が徐々に増えていった。

 翌年のシーズンは辛うじて決勝トーナメントに進めるだけのポイントを稼いだが、トーナメントでは弟子の元に辿り着く所か一回戦負け。

 その次のシーズンでは最低成績を更新し、決勝トーナメントにすら辿り着くことが出来なかった。

 そして翌シーズン、つまりは昨年のシーズンで麻生とナイトブレイドは公式試合を行うこと無く引退を囁かれるようになったのである。


「"俺はナイトブレイドと戦っているんだ…。 教習所のパイロットコースから脱落したおれが、あの伝説のチャンピオンと…"」

「"ああ、試合中に感慨に浸るな! 例え相手があの麻生 清吾でも、無様な負けは許さないからね"」

「"解ってますよ。 こんな機会は二度と無い、俺とワークホースの全てをあの人にぶつけます!!"」


 昨年より表舞台から姿を消していた麻生であったが、彼は決してブロスファイトを諦めた訳では無かった。

 あくまで現役に拘り続けて試行錯誤し、そしてセミオート機構と言う武器を手に入れて見事な復活を遂げたのである。

 全盛時代を彷彿させる今のナイトブレイドの動きからは、操縦ミスなど起こる気配は全く見られない。

 幼い頃に憧れていた伝説を目の前にした歩は、己の全力をぶつけるために鉄の使役馬を走らせた。



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