3-1. 兄妹


 ロンチーム、現時点でワーカーもどきを使う唯一のプロブロスファイトチーム。

 無事にこのチームへのセミオート機構の売り込みに成功した歩たちは、彼らの経験値集めに協力していた。

 経験値、つまりはセミオート機構に新たな動作データを入力することで機体の強化を図る。

 かつて歩がライセンス試験のために行っていた経験値集めを、今度はロンたちが行うのである。


「…どうも効率が悪いですね」

「ロンチームにソフトの専門家が居ないのは痛いわね…」


 ロンチームのワーカーもどき、"ドラゴンビューティー"へのセミオート機構の導入は問題なく完了。

 歩は犬居と共に予定通りロンチームに派遣されて、彼らの経験値集めの手伝いを始めていた。

 しかし訓練を初めてから二週間が経ち、思うように捗らないドラゴンビューティーの経験値集めに歩たちは苦り顔である。

 原因は明白である、ロンチームには白馬システムチームで福屋に相当するソフト方面に精通した技術者が居ないのだ。

 今日もワークホースを載せたトレーラーでロンチームを訪れ、歩と犬居は彼らのために用意された部屋で顔を突き合わせている。

 端末から立体投影された予定より大幅に遅れている訓練状況の経過データを前に、歩と犬居は臨時の対策会議を行っていた。


「福屋さんも来てくれれば、随分と楽になるんですけど…」

「此処の整備チームにセミオート機構のイロハを教えるために、一回顔を出しただけで後は私達に丸投げ…。

 何よ、別の仕事って!? 少しはこっちも手伝いなさいよねぇ!!」


 ブラックボックスと化しているブロスを登載したブロスユニットをソフト面から弄ると、下手をすれば機体が動かなくなる可能性もある。

 必然的にブロスユニットに対する整備の仕事はハード的な作業のみとなり、ブロスの機嫌を損ねないようにソフト面では一切アプローチをしないのがブロスファイトの世界の常識となっていた。

 それ故にどうしてもブロスユニットに関わる技術者はハードよりの専門家が主流となり、仕事が存在しないソフトよりの専門家は少数に留まってしまう。

 勿論、仮にも技術者を名乗る者たちがソフト方面に完全に無知の筈は無く、一般人に比べたら遥かに精通はしているだろう。

 しかし集められた膨大な動作データを取捨選択し、機体に適応した動作パターンに変換出来るほどの技術は習得していないのだ。

 残念な事に今回ロンチームに派遣されたメンバーには希少なソフト寄りの技術者である福屋は居ないため、彼女の力を借りる選択肢は取れないでいた


「羽広くんとワークホースのデータがもう少し使えれば楽なんだけど…」

「機体のスペックやパイロットの癖が違いますからね。 その辺りの影響が小さい最低限の動作パターンは組み込んでますから、後はロンさんとドラゴンビューティーが自分たちの動作パターンを築き上げるんです」

「此処の整備士たちは、その話を聞いてむしろ喜んでいたわよね…。 前から思っていたけど、技術屋って変わり者しか居ないわよね…」


 機体とパイロットの癖に応じた最適な動作パターンを築き上げる、リアル系と言われる架空作品でよくある展開であろう。

 幸か不幸かセミオート機構もそれと同じ理由で、ロンとドラゴンビューティーに彼ら自身の動作パターンを作り上げる必要があった。

 まさに架空のロボット世界が現実となった事に、そっち系の趣味からブロスユニットの整備士となった連中は狂喜したのだ。

 その辺りの趣味は無いらしい犬居には、仕事が増えた事に喜んでいる技術者たちはとても奇異に見えたらしい。

 他人事のように整備士たちを変わり者扱いする犬居であるが、歩から見れば犬居も十分に変わり者の範疇であると心の中で呟くのだった。






 効率が悪くとも経験値集めを止める訳にはいかず、今日も歩と犬居協力の元でロンチームの訓練が始まっていた。

 セミオート機構の先達である歩と犬居の指導の元、まずはドラゴンビューティーに戦闘用の動作を覚えさせる訓練。

 訓練用のターゲット目掛けて殴る、掴む、剣を振るうなどの先頭動作を繰り返し、ブロスファイトで戦うために必要な動作データを収集していく。

 これだけであれば以前の歩とワークホースの訓練模様と全く同じであるが、ロンには歩の時には居なかった訓練相手が存在した。


「ふっ、我が友よ! 今日こそ勝たせて貰うぞ!!」

「はいはい…」


 折角の訓練相手を有効利用しない手は無く、ロンチームの訓練の締めはワークホースとの模擬試合と決まっていた。

 何時の間にか熱烈なファンから友に昇格していた歩は、ワークホースの中でロンの芝居掛かった台詞を聞き流す。

 訓練という事もあり今日は剣を持っていないワークホースは、葵よろしく両手をハの字にしたファイティングポーズを取る。

 それに対してドラゴンビューティーは両腕を前に出した、柔道のような構えをしていた。

 明確な開始の合図を決めていない訓練の模擬試合、互いに呼吸があった瞬間に二体のワーカーもどきが同時に動き出した。


「くっ…、これでも駄目か」

「また、動きが鋭くなった。 どんどん避けにくくなっている」


 ドラゴンビューティーの動きは最初の模擬試合の時とは比べ物にならない程に鋭く、執拗にワークホースに組み付こうとする。

 こちらの動きを先読みして相手を捕まえようとする動きは、セミオート機構搭載以前の頃のロンの戦法と一緒である。

 しかし鈍重な作業用ブロスという縛りが無くなったドラゴンビューティーの動きは見違えており、何も知らない者が見たらこれをワーカーもどきとは思わないだろう。

 最初の頃はワーカーもどきに乗っていた頃の感覚が取れず、セミオート機構の反応速度に戸惑っていたロンも段々と今の機体に慣れてきたようだ。


「"羽広くん、何やっているのよ! もっと距離を取って…"」

「"若! 今日こそいけますぜ!!"」


 まだ動作パターンの構築が不十分なため、時折ぎこちない動作が出るので今の所はワークホースはドラゴンビューティーの掴みから逃れる事が出来ていた。

 今もワークホースの右腕を掴みかけたドラゴンビューティーの掌を左腕を振って払い除け、そのまま歩は右後方へと移動しようとする。

 しかしドラゴンビューティーはこちらの移動先を事前に読んだらしく、間髪入れずにワークホースへと近づいてきた。

 負け続けてとは言えブロスファイトの世界で数年揉まれた経験が生きているのか、歩の動きは気持ち悪いくらいの的中率で読まれてしまう。

 執拗にこちらに迫るドラゴンビューティーの圧力を感じながら、歩はワークホースを再び動かして距離を取ろうとする

 今日の模擬戦では基本的に歩の方から攻撃しない取り決めがされており、歩は逃げるしか手が無いのだ。

 逃げるワークホースと追うドラゴンビューティー、両監督の怒声混じりの指示をBGMにワーカーもどきたちの模擬試合は続けられた。











 確かにロンとドラゴンビューティーは、最初の頃に比べて格段に成長している。

 しかしその動きはまだ完全に競技用ブロスを登載したブロスユニットと同等とは言えず、今のままではブロスファイトで勝つのは難しいだろう。

 少しずつ動きは良くなっているのだが、今のペースではブロスファイトの開幕には間に合いそうにない。

 やはりロンチームにソフト面での技術屋が居ないのは致命的であり、この問題をどうにか解決する必要があった。


「やっぱり福屋さんがこっち来るのは難しいんですか?」

「そうね、シーズンが始まったら手が空くと思うけど、それだと遅いでしょうし…」


 現在、福屋を含む白馬システムの整備チームは、井澤が言っていた別チームの仕事とやらで毎日何処かへと出かけていた。

 そのため歩が福屋と顔を合わせる機会は朝とロンチームの拠点から帰還した後に、ワークホースの整備をする時だけである。

 ワークホースの整備作業が完了した後、帰宅しようとした福屋を捕まえた歩はロンチームの課題について相談していた

 まずは真っ先に思いつく福屋の協力については、やはり彼女の別チームやらの仕事の関係で不可能なようだ。


「それなら、誰か福屋さんのようなソフトの技術屋が何処かに居ないですかね? ロンさんの所なら、高待遇で雇ってもらえるかも…」

「自分で言うのも何だけど、ソフトよりの技術者はこの世界ではまず居ないのよ。 そう簡単には…、否、そういえば…」

「っ!? 何か心当たりがあるんですか!?」


 福屋が駄目なら他の人材が居ないか聞いてみるが、やはり希少価値が高いソフト系の技術者はそう簡単に居ないのだろう。

 しかし最初は否定的な意見を口に出しかけた福屋であったが、途中で何かに気付いたように含みを持たせた言葉を漏らす。

 その反応から何かの希望を見た歩は、福屋に詰め寄りながら先程の反応の真意を問う。


「…うん、丁度いい機会だし、いいかな。 歩くん…、今度の週末にお姉さんとデートをしましょう?」

「…はい?」


 そして福屋の口から飛び出した予想外の言葉に、歩は思わず間の抜けた声が出ていた。

 同い年の先輩からのデートの誘い、何の脈絡の無い唐突な展開に歩の思考は一瞬フリーズしてしまった。


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