7-1. パイロット殺し



 先のユウキオーガとの模擬戦直後、初陣を終えたワークホースの体には幾多の傷跡が刻まれていた。

 機体の動作に関わる致命的なダメージは無いものの、あの青鬼の大剣は使役馬を手痛く痛めつけていたのだ。

 しかしそれから数日経過した現在、整備班の苦労によってワークホースの見た目は新品同然に戻っていた。

 覗き込んで見ればこちらの顔が映りそうな程に磨き上げられた茶色の使役馬、そのコクピットには主である整備士の青年が収まっている。

 歩は会社から支給された作業着、それもわざわざ卸したての新品の物を身に纏っていた。

 何処か硬い表情でコクピットに座る歩、よく見れば服装だけではなく歩自身も髪がセットされているなど小奇麗になっている。

 そして開放されているコクピットの入り口を通して、外から歩を覗き込んでいる機械鳥の姿があるでは無いか。

 機械鳥の顔はレンズになっており、その視線は常にコクピット内の歩を捉えて離さない。


「"うーん、もうちょっと表情を柔らかく出来ないか? ブロスファイトのパイロットは一種の客商売でも有るんだ、もう少し愛想を良くしないと…"」

「"夢中言わないで下さい、俺はパイロットの前に整備士ですよ。"

 "それにいいんですか、こんな格好で? もう少し格好いい服装の方がいいんじゃ…」

「"逆にそれがいいんだって! 整備士でもブロスユニットに乗ることが出来る、白馬システムのセミオート機構の凄さって、アピールポイントなんだからさ…"」


 白馬社長直々の指名により正式にワークホースのパイロットになった歩、その正式パイロットとしての初めての仕事がこの写真撮影だった。

 撮影用の機械鳥、ドローンを操りながら歩に通信を通して話しかけているのは白馬システム営業職の伊沢である。

 ワークホースに搭載されているセミオート機構を売り出すため、伊沢は宣伝のための材料集めに精を出しているようだ。


「"アピールポイントですか…、けど俺なんかを表に出してセミオート機構は売れるんですか?"」

「"売れるさ、このセミオート機構は絶対売れるぞ! 特にその敷居の高さから購入を躊躇っていた富裕層が、自分でブロスユニットを動かせるようになると聞いたら飛びついてくる筈だ!!"

 "行く行くは一家に一台ブロスユニット、勿論その白馬システムのセミオート機構搭載されているって寸法だよ"」

「"流石に一家一台は言い過ぎじゃ…"」


 時は22世紀、様々な分野でブレイクスルーが発生したことより工学技術は旧世代と比べ物ならない程に進化していた。

 加工性と強度と低コストを両立させた特殊合金、莫大な電力を無公害で生み出す画期的なリアクター。

 止めに3Dプリンターの最終進化系と言える、設計図一つでどんな精密部品も制作可能な万能工作機械。

 これらの最新技術の粋を集めて生み出されたブロスユニット、そのコストは驚くほど安く精々高級車より少し高い程度の値段なのである。

 流石に一般家庭が購入するのは現実に難しいが、富裕層であれば高級車を集めるノリでブロスユニットを購入することが出来た。

 しかし例えブロスユニットを手に入れたとしても競技用ブロスの劣悪な操縦性によって、折角の巨大ロボットもただの置物となってしまう。

 そのため余程の酔狂者で無ければ手を出されなかったブロスユニットであるが、白馬システムのセミオート機構の登場によってその常識は覆される。


「"まだ公式にはセミオート機構の存在は公表していないが、既にブロスユニットを製造している幾つかの企業が我が社に注目しているぞ。"

 "あの裏切り者の元パイロットもいい仕事をしたよ、彼が流したワークホースの悪い噂が逆に我が社の興味を引く材料になったんだから…。"

 "プロ相手に善戦した君の活躍も、我が社のワークホースに対する好材料となっている。 いやー、流石だよ、実は私も前から君に期待していね…」"

「"はぁ、ありがとうございます…"」


 ブロスファイトを通してセミオート機構を徐々に宣伝する腹積りであったが、会社の予測と反して現段階でワークホースは既に業界でそれなりに話題の存在になっていた。

 元パイロットが悪評を広めた謎の機体、そしてそんな代物が模擬試合とは言えてプロ相手に勝利を収めたのだ。

 ワークホースの秘密に勘付いた企業がなどが既に白馬システムに接触しているなど、営業の伊沢としてはノーコストで自社の製品を宣伝できる今の状況はまさに追い風と言えた。

 しかし整備士がパイロットをやることに難色を示していた事などすっかり忘れて、歩を褒め称える伊沢のような面の皮が無ければ営業としてやっていけないのだろうか。






 ワークホースを操る歩と言う構図の撮影が一通り終わり、機体を降りた歩はベース内の休憩室まで来ていた。

 撮影の礼なのかコーヒーを奢って貰った歩は、無糖コーヒーの苦さを感じながら撮影が終わった事に一息つく。

 この映像が見知らぬ人たちに見られる事を想像したら気が重く、そんな気疲れから撮影中は異様に疲労を覚えた物だ。

 本当であればさっさと帰って横にでもなりたい所だが、残念ながら社会人である歩には仕事がたんまりと残っている。

 そんな歩の疲れた様子を気遣うことも無く、異様にテンションの高い伊沢はセミオート機構の今後の展望にして熱く語っていた。


「ライセンス試験に合格して正式にブロスファイトへの参加が決定したら、大々的にセミオート機構の宣伝をするぞ!

 噂の白馬システム製のワークホース、その正体はセミオート機構って明かすんだ。 こういうのはインパクトが大事だからね、秘密の漏洩は持っての他だ。

 一応念を押すけど、セミオート機構のことは絶対に漏らしたら駄目だよ」

「大丈夫ですか、元パイロットや模擬戦の対戦相手はセミオート機構の事を知っています。 俺が漏らさなくても彼らがそれを漏らしたら…」

「それは無いよ、あの裏切り者とは守秘義務を交わしている。 今の時代、匿名の発信なんて不可能だから、莫大な賠償金を覚悟して企業秘密を公開するなんて馬鹿な真似はしないさ。

 あの模擬戦の相手も、自分からオートマ免許に負けたなんて吹聴する筈は無い」


 今世紀の情報社会では、オンライン上での匿名性と言う奴は事実上存在しなくなった。

 世界中の人と物が繋がり合う現代の情報社会では、匿名性を盾にした無責任な発言や行動は許容できなくなったのだ。

 ましてや企業秘密なんて物を意図的に流出でもしたら、被害者企業の依頼を受けた公的組織によって地の果てにいようとも暴露者を見つけして然るべき手続きを取られてしまう。

 例え元パイロットがどれだけワークホースの存在を厭おうとも、守秘義務に縛らている現状では精々根も葉もない噂を立てるか直接関係者に嫌味を言うくらいしか出来ない。

 模擬試合の相手だった佑樹には守秘義務と言う枷が無いが、プライドの高いプロのブロス乗り元パイロットの言うワーカーもどきに負けた事などは死んでも口に出さないだろう。


「兎に角、パイロットである君はまずはライセンス試験に通ることだけを考えていればいい。

 最もプロ相手にあれだけやれた君が、プロ未満の相手に負ける筈は無いだろうけどね…」

「否、そう簡単には…」

「出来れば派手に勝って、ワークホースに乗っているセミオート機構の力を見せつけてくれ! 頼むぞ、パイロットくん!!」


 既に伊沢の視線はライセンス試験の先を見ているようで、歩とワークホースが試験に落ちることなど全く考えていないようだ。

 確かにライセンス試験は試験者通しが試合形式で戦い、ブロスファイトの世界に足を踏み入れる実力があるかを試される。

 そのため試験で戦う相手は、歩たちと同じプロ未満でしか無い。

 とうの昔にライセンス試験を突破し、プロの世界で揉まれたユウキオーガに勝利した歩たちの試験合格を伊沢が疑わないのは当然かもしれない。

 しかし先の模擬戦でユウキオーガが本気だったかと言えばそうでは無く、本当の意味でワークホースがプロの勝ったとはとても言えないのだ。

 結局、歩は内心で不安を覚えながらも、伊沢の言葉に苦笑い浮かべながら相槌を打つしか無かった。











 ブロスユニットという存在が誕生してから、ブロスファイトと言う競技が成立するまでそれなりの時間を要したらしい。

 ブロスファイトと言う場が出来るまで、まだ海と山ともつかないブロスユニットというキワモノに嬉々と群がった物好きたちは、野良試合を繰り広げながら自らの腕を競っていたそうだ。

 そんな野試合の時代から名が知られ、正式に競技化された第一回ブロスファイトのシーズンで見事にチャンピオンとなった鉄人が居た。

 機体名、ナイトブレイド。

 青色の体をベースに随所に西洋鎧を思わせる銀色のパーツが施され、西洋兜を思わせる特徴的な頭部をしたブロスユニット。

 そんな青色の騎士が赤色の拳闘士と戦う姿は幼かった歩を魅了し、瞼を閉じればその光景は今でも鮮明に思い出すことが出来た。


「ナイトブレイド、俺はあなたになれるのか…」


 ブロスファイトが正式に競技化されてから間もない頃もあり、幼い頃の歩は幸運にも生でナイトブレイドの試合を見ることが出来た。

 今ではとてもでは無いがチャンピオンの生観戦試合のチケットなど手に入らないだろう、それだけでブロスファイトは人気絶頂なのである。

 プロのブロスファイトの世界に足を踏み入れということは、かつて憧れたナイトブレイドと同じ土俵に立つことになるだろう。

 伊沢から激励によって改めてブロスファイトの世界へ近づいてる事実を実感した歩は、何時ぞやのように寝床の上で悶々と悩みながら眠れぬ夜を過ごしていた。


「否、今の俺はワークホースのパイロットなんだ! なれるかじゃ無い、ナイトブレイドような存在に俺たちはなってみせる!!」

 ナイトブレイドになる…、そうだ、ワークホースなら…」


 少し前の歩であれば教習所のパイロットコースを挫折し、オートマ免許しか無い自分がプロの世界に入ることへの抵抗を感じ弱気になっただろう。

 しかし今の歩には自分を主として受け入れ、夢だったブロスファイトの世界へ連れて行ってくれる鉄の使役馬が付いているのだ。

 そんな風にワークホースと共にナイトブレイドのような存在になってみせると決意を改めた瞬間、歩の脳裏にある閃きが生まれるのだった。






 その翌日、歩は自らの閃きを実現するために必要な協力者と話していた。

 整備班の先輩であり寺崎が経験値と揶揄する、ワークホースの稼働データの整理とそれを元にしたアップデートを担当するソフトのスペシャリスト。

 相変わらず目の下に隈を付けて眠たそうな福屋に、歩は昨日のよるに思いついた内容を説明する。

 それはセミオート機構を搭載したワークホースだから出来る方法であり、これが上手く行けば歩の使役馬は新しい武器を手に入れることが出来る筈なのだ。


「…どうですか」

「いいわ、そういう面白い話は大歓迎よ。 後輩くん…」


 昨晩、寝る間も惜しんでまとめた案を披露し終わり、福屋程では無いが若干眠そうな歩は福屋の反応を伺う

 そんな歩の持ちかけた提案は福屋の琴線に触れたらしく、彼女は笑みを浮かべたご機嫌な様子で協力を了承したのだ。

 こうして整備班の先輩・後輩コンビによる、ワークホースの強化プランが密かに始動するのだった。


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