31 男達

 廉司に電話を切られ、気を落としていた一花は入電の内容を理解できていなかった。


「また立てこもりだよ。出番じゃねぇか?ワンダーウーマン」


 向かいのデスクに座る三浦の皮肉も耳に入らない。

 強面の男達が捜査一課の執務室に駆け込んできて、自分の名前を呼び、ようやく一花の意識が引き戻された。


 主任の藤田が思わず腰を上げる。

 しかし先に声を上げたのは組対の石井の方だった。


「おい、藤田!どういう事だっ!」

「何のことだ」

「とぼけやがってっ!ウチになんの相談もせず、こんなお嬢ちゃんを潜らせたのかっ!」


 部屋の中が騒然とする。

 しかし息を荒くしているのは組対の人間ばかりで、特殊班は皆困惑していた。

 背後から数人の男に睨まれている一花も状況が呑み込めないといった様子だ。

 石井は舌打ちしながら藤田のデスクへ歩み寄った。


「立てこもりの入電」

「あぁ、今のだろう?皆聞いてたよ」

「深更通りすぐの組事務所だ。拳銃を持った男が組長を人質に取った」

「そりゃ、ずいぶん肝の据わった犯人だ」

「笑い事じゃねぇ。立てこもった犯人は対立する組のトップだ。飛廉会会長。鏑木廉司」


 背後でガタっと物音がした。

 一花が顔を真っ白にして突っ立っている。石井は眉間に皺を寄せた。


「やっぱり何か知ってるんだな?」

「ば、馬鹿言うな。そいつは何も知らない。知ってるわけがないっ。組織との関係など何も――」


 声を荒げ始めた藤田を無視して、石井は一花に詰め寄った。


「よぉ、お嬢ちゃん。教えてくれ。これはどういう事だ?」


 しかし一花は焦点の定まらない目を宙に向けている。


「鏑木の要求はお前さんだ。女なら誰でもいいってわけじゃない。名指ししてきたんだ。部署も知ってたぞ。お前さん、飛廉会と繋がってるのか。それとも辻の方か?」

「わたしの、なまえを?」

「そうだ。『渓一花を連れてこい』。そう言ってきたっ!」


 石井が一花のデスクを叩く。

 小刻みに震える一花の手が、また胸元へ伸びるのを藤田は見逃さなかった。


 石井が一花の腕を引っ張る。小さな体が操り人形のように揺れた。

 思わず藤田が止めに入った。


「やめてやってくれ。渓は何も知らない」

「この子が何も知らなくても向こうは知ってる。とりあえず連れて行かないと人が死ぬ。人が死ねば抗争になる」


 一旦抗争が始まれば、それこそ何人死ぬか分からない。

 それを聞いて、一花はようやく石井の顔を見た。藤田は嫌な予感がした。


「渓。行かなくていい。ヤクザの言う事など真に受けるな。警察こっちを惑わせたいだけだ」

「黙れ、藤田。この子にしか止められん」

「渓、座るんだ。お前の出番じゃない。座れ。これは命令だ」

「……廉司さんを、止めないと……」


 一花の呟きに藤田は絶句した。「嘘だと言ってくれ」そんな目を彼女に向けたが、一花の決意は固かった。強く、悲しい色をした決意だ。


「借りてくぞ」


 一花の腕を引き、部屋を後にしようとする組対の前に男が立ち塞がった。

 三浦だった。


「行かせませんよ」

「なんだ、このガキ」


 凄んで見せる強面の刑事にも三浦は動じない。


「そいつはウチの人間です。勝手なことはさせません」


 怒号を上げる男に胸ぐらを掴まれても目を離さない。初めて見る三浦の表情にSITの誰もが驚いていた。

 今にも殴りつけそうな部下を宥めて石井が代弁する。


「坊主。俺達には時間が無いんだ。どいてくれ」

「SITも組織です。勝手な行動は許されません」

「おい」

「どうしてもそいつが、イチが行くというなら、俺達も行きます。単独行動は許しませんっ」


 強く言い放つ三浦に誰もが目を丸くした。

 静まり返る部屋の中で、藤田が真っ先に動いた。


「全員出動準備!オペレーション指示は現場についてからだ!」

「はいっ!」


 藤田の指示がスイッチとなり、SITメンバー全員の顔つきが変わる。


 慌ただしくなった部屋の中で、解放された三浦が服の乱れを直していた。

 ふと、立ち尽くしていた一花と目が合う。

 問いかけるような彼女の目に、三浦は唇だけを動かして見せた。


――泣いてんじゃねえよ、バーカ


 え?と、一花が自分の顔に触れる。しかし涙は出ていない。もう一度三浦を見遣る。

 しかし、もう彼が一花を見ることはなかった。


 装備を整えるため、二人は別々の部屋へ走り出した。

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