振り返ればあの時ヤれたかも

杜森葉介

プロローグ

 まず、高校に入ってからというもの、何一つとして青春といえるべき経験がなかったと断言しておこう。

 部活を熱心に取り組んだこともなく、異性とお付き合いしたこともなく、かといってたくさんの友人に囲まれて馬鹿みたいにはしゃげたこともない。いや、馬鹿みたいなことはしたけれど、それにしても陰湿な悪事としか言いようがないことばかりをしてきた。つまりは馬鹿みたいではなく、ただの馬鹿である。そうして挙句の果てには、学問の道まで踏み外した。

 なにゆえ、こうなってしまったのか。なにゆえ、俺の傍らには彼女がおらず、いまだ童貞なのか。今一度、振り返ってみる必要がある。


 俺は軽音楽部に入っていた。楽そうで、かつ女子にモテそう、といった不純極まりない動機で入部を決めたのが、そもそもの間違いであったと言わざるを得ない。

 軽音楽部は男子数人女子数人で構成されており、男女間の仲も良好であったから、これはもう素晴らしき青春が確約されたようなものだと当時は思っていた。そう遠くない未来で俺がギターを弾く傍らには彼女がいるのだと妄想して心が弾んだ。

 しかし、そんな未来は来なかった。

 俺がギターを持って部室にいったところ、部長から「あ、ギター弾きたいなら家でな」と言われた。そのときは「なんで?」と思ったが、答えはすぐに分かった。

 この部活、軽音楽部とは名ばかりで、誰も楽器にすら手をつけず、流行りのバンドや洋楽の話で盛り上がるだけの部活だったのである。そして流行りのバンドや洋楽をまったく知らない俺は早々に孤立した。なけなしの貯金をはたいて買ったギターは無駄になった。

 かくして部活には行かなくなったのである。


 クラスでは、普通だったと言わざるを得ない。しかし、女子と会話することはほとんどなかった。自分から話しかけるというのは選択肢になかった。なにしろ話題がない。無理である。たまに女子のほうから話しかけられるときもあったが、会話が弾むということはなかった。どちらかと言えば、俺は女子と話すのが苦手なほうである。今になって思うば、女子との会話と言っても、事務的な内容の会話しかなかったような気もする。そんなんで彼女が出来るはずもなかった。


 友人は一人しかいない。

 友達は作るものではなく出来るもの、とどこかで聞いたので、ただただそのときを待っていたのだが、何もしないで友達が出来るわけがなかった。俺が声をかけられるのを待っているうちに、すでにクラスでは仲のいいグループが続々と形成されていき、俺は取り残されてしまった。そうして孤立していた俺に話しかけてきたのが、ただ一人の友人となる早乙女である。なんとかボッチは避けられたが、この男がなかなかに変人で性格が悪かったものだから、俺は振り回される羽目になり、散々な目に遭ってきた。愉快なこともあったにはあったけれど、そんなことをしていて彼女が出来るはずもない。早乙女は、俺に憑りついた悪霊のような存在であり、言うなれば悪友であった。

 他のまともな友人が欲しいと思いつつ、「友達は作るものではなく出来るもの」を懲りもせずに妄信して、同じ失敗を三年間続けたのだから、それは馬鹿としか言いようがない。

 

 勉強はそもそも嫌いである。ほかに言えることはない。学問の道を踏み外したのは俺の頭の出来が悪かったからと言わざるを得ない。

 

 入学当初の俺は、青春とは何をせずとも勝手に寄ってくるものだと思っていた。それがまず間違いだったのだ。青春とは自らの手で掴むべきものだと気づいたときにはもう遅かった。

 もう、高校三年生の十二月である。

 思えば、もうちょっと積極的になればよかったのではないか。部活も、女子との会話も、友達作りも、勉強も。もうちょっと積極的になっていれば、今頃は傍らに彼女がいて、童貞なんてとうに捨てていたのだろう。青春を謳歌するリア充の俺がそこにはいたはずなのだ。

 いわゆるバラ色の青春に憧れながらも、ただのうのうと日々を費やし、本来ならば掴み取れたはずの好機をみすみす逃し、輝かしいバラ色の青春への道をことごとく踏み外してきたのは、俺がどうしようもなく馬鹿だったからにほかならない。

 俺はリア充への道を自ら断ち切ってきたのである。ほとんど後悔しかない。


 なにゆえ、こうなってしまったのか。なにゆえ、俺の傍らには彼女がおらず、いまだ童貞なのか。今一度、振り返ってみたが、その答えは明々白々として思い起こされて、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

 そうして俺は一人、冷たい部屋の中でのたうち回った。

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