第9話 雲へつっこめ

 チュンチュンッと弾丸が空気を切り裂く音が背後から追随してくる。

 海賊たちが動き出した頃、バートンは海賊船の砲火から逃げ回っていた。


「チッ、クソッ……!」


 険しい顔をしつつ足の制御板でボードを加速させ、いったん距離をとる。


 へームルの死を見届けた後、ボードを最高速度で北へ向かわせたバートンは人が生身で辿りつける限界まで高度をとった。


 そうすることで距離と視界を確保したがそれは酸欠との戦いでもあり、意識を薄れさせながらも目を凝らして探す。

 その結果、なんとか海賊船を見つけだすことはできた。

 だが、上方から近づく途中で見張りに気付かれ、そして砲火を受けているのだ。


 海賊船の後方に周り、再びボードを近づける。

 しかし、進路を塞ぐように海賊船から放たれた閃光がこちらに迫ってきて重心を移動させてギリギリで躱す。


「クソッ、近づけないッ!」


 ボード越しに海賊船を睨みながら歯噛みする。


 先程から何度も近づこうと試みているのだが銃撃のせいである一定までしか近づけないのだ。

 このまま事態が膠着した状態では孤立無援のバートンにはジリ貧である。


 そんな時、突然視界が真っ白に覆われる。

 雲に入ったのだ。

 数メートル先も見えない真っ白な空間にバートンは笑う。


 チャンスだ。


 これだけ視界を遮られていれば、海賊たちにもこちらの姿も捉えにくいはずである。

 バートンはゆっくりとボードを上昇させ、海賊船へと近づけていく。


 だがあと十メートルというところでガチャっという音が霞の中で聞こえ、直後、バラララッと死の閃光が飛んでくる。


 バートンは直感的にボードを上向きにし加速させた。

 さっきまで彼のいた場所を飛んでいったが数発がボードと装着された小型反重力エンジンを直撃する。


「マズいッ!」


 一瞬の浮遊感とエンジンのスパークに思わず叫んでバートンはボードを思いっきり蹴った。


 同時に目の前で爆発が起こり、体を押される形でバートンは海賊船の甲板に投げだされる。

 全身を強打の痛みに顔をしかめる暇もなく、ドタドタと迫る複数の足音から隠れた。


「どこに行きやがった!?」

「まだ近くにいるはずだ」

「探せ! 逃がすなぁ!」


 間近で聞こえたやりとりが去っていくまで必死に息を潜めてやり過ごす。

 なんとか海賊船に乗りこむことができたことに息を吐いたが問題はここからだ。


 ここは敵の巣窟。

 構造を知りえた海賊たちをすり抜けてシエルを見つけだし、連れ出さなければならない。


 本当にできるだろうか。


 ふとそんな弱音が浮かんでしまい、バートンは自らを鼓舞するように両頬を叩き、近くにあった船内へと通じるハッチを開けて中へと忍びこむ。


 内部は基本はグレイゴーストと似た作りとなっていたが、作りはかなり古臭く、ボロボロだった。


 人の動きに注意しながら船内をズンズンと進んでいく。


 しばらく進んだところで唐突にフラッと人影が現れた。

 思わず身構えるバートンだったが、すぐに警戒を解く。


「シエルッ!」

「バートン……本当に来てくれたんだ」


 駆けよるとシエルは口元にホッとしたような笑みを浮かべ、その場にしゃがみこむ。


「大丈夫か? ケガはしてないか?」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」


 シエルは笑ったが、その笑顔には疲れが見える。


 いつもと違う彼女の姿にバートンは言い知れぬなにかを感じた。

 そしてそれに突き動かされるようにシエルを抱きしめる。


「バートン……?」

「悪い。でも無事でよかった。さっさとここを出よう」


 我に帰ってシエルの体を離す。

 見た目以上に華奢な体は少しでも力を入れたら壊れてしまいそうだった。

 その時になってバートンは彼女が枷をはめられていることに気づく。


 周囲を一瞥して近くにあった非常用の斧を手にとり、シエルの枷の鎖にむけて振りおろした。


 鎖は金属音を伴って破損し、自由になったシエルの腕を取ろうとしたが、あるものが映って目を向ける。

 斧の隣には部屋があり、そこにはグレイゴーストから奪取された銃たちが眠っていた。


 バートンとシエルは顔を見合わせ、そして頷く。


 そして数分後。

 狭い通路から甲板にでると、冷たい風が二人の肌を撫でた。


 もう少しだ。もう少しで……。

 海賊船の端まで走る二人を甲高い破裂音が止めた。


「はっ! ひとりで乗りこんでくるとはどんだ根性だな」


 背後から聞こえた声に振りむく。

 そこには海賊たちを従えた船長が蓄えた髭の隙間から不敵な笑みを浮かべていた。


「買いかぶってくれるなよ。俺はただの大馬鹿野郎さ」


 シエルを庇うようにジリジリと後退しながら逃げ道を探して視線を巡らせる。


 すでに周囲は海賊たちに囲まれており逃げ場はない。

 海賊船より外はノーマークだが、下に広がるのは地面ではなく薄く広がる雲海で、飛び降りたとしてもそれは少し死ぬのが先延ばしになるだけだ。


「フンッ、そんなにキョロキョロしても逃げ場なんてないぞ。さっさと諦めたらどうだ?」

「……それはどうかな?」


 銃を構えてじりじりと近づく海賊たちに強気で言い放つがその声は少し震えていた。

 しばらく両者は睨み合う。

 だがふとした瞬間、バートンの耳に奇妙な音が聞こえた。


 一瞬空耳かと疑ったが、海賊たちも動きを止めて周囲をキョロキョロと見回している。


「これは……」


 シエルが呟くと同時に海賊船が雲から出た。

 同時に隣に現れたのは特徴的な灰色の船体。


 沈んだはずのグレイゴーストの姿がそこにはあった。

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