第5話 告白は嵐
その日の夜。
バートンはライト片手に船内の見回りをしていた。
「なぁ、ホントに無事に嵐を抜けられるのか?」
「安心しろ。グレイゴーストの耐久力ならこれくらいの嵐なら問題なく抜けられる」
隣に並走する四つ足ワークロボットを操るヘームルがそう返してくるがバートンは怪訝な表情を崩さない。
さきほどから風が船体を軋ませ、大粒の雨が窓を叩いており、雷の光もチラホラと確認できた。
いま甲板に出ようものなら叩きつける雨と風でまともに立つこともできないだろう。
グレイゴーストは艦橋などもふくめて全部で五階層となっており、そのうち甲板より上は全部で三階層。艦橋や航海で必要な装備などが収められていた。
甲板より下の二階層には居住スペースや機関室、またへームルの本体が収められた部屋もあるらしいが残念ながら正規のクルーではないバートンはまだ立ち入りを許されてはいない。
しかし、船内の必要最低限以外の場所はがらんどうといっても差しつかえないほど荷物がない。
この船で人間の乗組員はシエルとバートンだけなのだから当然のことである。
階段で艦橋に上がり、分厚いガラス越しに外をのぞいてみたが、叩きつける雨でなにも確認することができなかった。
「にしても人がいない船がこんなにも不気味だとは思わなかった」
窓から離れてバートンが呟く。
非常灯の赤い光に照らし出された艦橋は物の輪郭を浮きぼりにしており、不気味な雰囲気を醸しだしていた。
「あとは私が見ておく。お前はもう帰っていいぞ」
「え、いいのか?」
「不満か? 反重力ボードで外を偵察してくれてもいいんだぞ?」
へームルの言葉に顔をしかめる。
反重力ボードは宙船に積まれている反重力エンジンを小型化したものを搭載した一人用のボードのことだが、こんな天気で乗りまわすバカはいない。
「冗談よせよ。遠慮なくお言葉に甘えさせてもらうよ」
そういって艦橋を後にする。
階段を降りていると「クソッ、イライラする天気だ」と悪態をつくへームルの声が聞こえた。
通路を歩いて自らに与えられた部屋へと向かう。
「おわっ!?」
ドアを開くと中は真っ暗だったが、奇妙な叫び声ととともにバートンはのけぞる。
その視線の先にはベッドの上でもぞもぞと動く黒い影――シーツにくるまったシエルが座りこんでいたからだ。
「おかえり」
「びっくりさせんなよ。なんでここにいるんだよ」
「別にいいでしょ。私の船なんだから」
すねたように呟くシエルにいやよくねぇよ、と内心ツッコミながらバートンは彼女の隣に腰かける。
「で、なんか用か?」
「だからなんにもないってば……」
否定するシエルだったが声にいつものような明朗快活さはない。
そんな彼女に怪訝な表情をしつつ、バートンが目を逸らしたその時、視界が真っ白に染まり、轟音が耳をつんざく。
すぐに視界は元に戻ったがあまりの閃光に目がチカチカする。
遅れて稲光と雷鳴がグレイゴーストを震わせたのだと理解するのと同時に、シエルがガシッと衣服を掴んでいることに気づいた。
「おい離れろって……」
そういってもシエルはまるで岩のように微動だにしない。
面倒になって引きはがそうとしたバートンの手が止まる。
ギチッと服をつかむシエルが震えていた。
「お前、嵐が怖いのか?」
「ごめん。昔から雷がどうしても苦手で……」
笑ってみせるシエルだったが、その弱々しい態度をみれば無理をしているのは明らかだ。
「船長がそんなんでどーすんだよ」
「だって……」
「だってもなにもあるか。俺は寝るぞ」
キッパリと告げてバートンはベッドに横になる。
どうしたらいいのかわからないのかシエルはその場から動かずジッとしていた。
バートンは盛大にため息をつく。
「あーもう。そんなとこで座ってられても眠れないんだよ」
「ひゃっ……!」
苛立たしげにバートンはシエルの手を掴んでベッドに倒す。
予期しない展開に目を見開くシエルだったが、それ以上バートンはなにもしなかった。
互いに向きあう形で並んだベッドでバートンは目を閉じて問いかける。
「なぁ、なんで俺を仲間にしようと思ったんだ?」
「何故って…………、約束だからお父さんとお母さんとの」
戸惑ったように少し間を置いてシエルはそう答えた。
バートンは続けて質問する。
「約束って?」
「他人を無闇に傷つけたり、殺したりしないこと。シンプルでしょ」
自慢するようにシエルは微笑む。
この陸地のなくなった世界で他人を傷つけたり、殺したりしたことない人なんていない。
もちろんバートンだってそうだ。
ある意味、いまの彼が生きているのもさまざまな犠牲の上に成り立っている。
すべてを戦って勝ちとり、弱い者は蹴落とされるこの世界で、クルーを家族としてなおかつ他者を傷つけず、殺さないなどナンセンスである。
ひと昔前のバートンならそういって鼻で笑っていただろう。
だがいまは黙って彼女の話を聞くことしかできなかった。
「お前、家族は?」
「いたよ。お父さんとお母さん。それにお兄ちゃんも。でもみんな死んじゃった」
「……そうか」
「でも寂しくないの。宙船があったし、へームルもいたから。だから私は思ったの。みんなの分まで生きるんだって」
そこからバートンはシエルのさまざまな境遇を聞いた。
両親は嵐のときに海に流されて死んだこと、あとを追うように兄が病で死に、その直後へームルが現れたこと。
空白の経歴が語られていくうち、彼女はスゥスゥと寝息を立てていた。
バートンは安らかな寝顔をしばらく見ていたがシエルを起こさないようにこっそりと部屋を出た。
シエルの話を聞いてひとつ気になることができたのだ。
向かう先は甲板の真下――機関室などの重要機関が集まっている中心区画。
やがてバートンの足が一枚の扉の前で止まり、そのまま中へと踏みいれる。
内部にはさまざまな管が絡みあって人の血管のようになっており、無機質な通路の景色よりはいくらか有機的に感じられた。
だが、代わりにバートンの心を掻きたてる不安と不気味さは増す。
さらに奥に足を進めると、あちこちに張り巡らされた管が収束し、それらの中心――人の頭よりふた回りほど大きい球体に集約されていた。
「こんな時間にどうした?」
不意に上方から声がかかり、バートンが声のした方を向く。
スピーカーとカメラがセットで壁際に配置されていて、カメラのレンズがこちらをじっと覗きこんでいた。
「ヘームル、聞きたいことがある」
「シエルに内緒でか?」
「あぁ、そうだ」
言葉と共に頷くと、単刀直入に口を開く。
「ヘームル。お前、人工知能じゃないな」
「…………なぜそう思う?」
少し間を空けてのヘームルの返答。
その反応を頭に刻みつけながら、バートンは答える。
「今日、俺が艦橋を去ろうとした時、お前イライラする天気だと言った」
「あぁ。言ったが、どこかおかしいか?」
「人工知能は比喩表現を使わない」
「…………」
確固たる意思で断言したバートンの言葉にヘームルは黙りこむ。
「前からお前の言葉には違和感を感じていたがその理由がようやくわかった。お前の言葉は人間的すぎるんだよ」
「それで私が人工知能ではないと」
分かるだろとばかりにバートンは無言で肯定する。
かつて人工知能に会ったことのある乗組員と仲良くなったことがあった。
彼はみずから機械や機材を修理するメカニックの仕事もしていたので、よくその人物の話を聞いていたのだが、その人が人工知能と人の違いについて語ってくれたことを覚えていたのだ。
それによれば人工知能は人ほど豊かな語感表現を持っていないという。
人工知能に感情はなく、所詮は人から与えれた作業を効率的に進める機械に過ぎないからだそうだが、へームルの口調にはそれが感じられなかった。
むしろはっきりと表情が浮かぶほどの感情を感じられたのだ。
彼の返答を待つ。
すると含み笑いを堪えるような音がスピーカーから聞こえ、それはやがてはっきりとした笑い声へと変わっていく。
「何がおかしい?」
「いやすまない。そうか、お前とは馬が合いそうだ。真実を教えてやろう」
直後、バートンの正面の球体がパックリと割れ、中身が露出する。
少しずつ近づいて中身をのぞくと、球体には透明な液体が満たされており、中には無数の皺が刻まれたグロテスクな形の物体が浮いていた。
「これは…………」
「これが本体である脳。これにケーブルを刺して船と直結させている」
丸い容器の中をたゆたう脳を前に、へームルは最後にこう放つ。
「私はシエルの兄の成れの果てだよ」
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