第7話 依頼人

 無限の地獄とも思える時間を過ごした市長。息は絶え絶えのなり、ぐったりとした。


「これで、大丈夫でしょ。」

 最後に糸束から、歯で糸を切り離し、傷口の縫合を終えた。

「後は、医者の仕事。」

 その言葉に妙な引っ掛かりを覚える神父。


 針と糸を小箱に戻し、白い頭巾の少女は立ち上がる。

「私を呼んだのは、貴方?」

 神父に向く。


 神父も立ち上がり、

「私が呼んだのはのは、熟練の専門家だと…。」

 先程の光景を見ても、まだ目の前の少女は専門家だとは思えない程にあどけなかった。

「おばあさんは、引退したわ…。」

 少女にも驚いたが、自分が呼ぼうとしていた専門家が老婆だったと知り更に驚いた。

「だから、私が来たのよ。」



 神父の顔が不安の表情が表に出たのを読み取り、

「ご不満なら帰るわ。」

 少し怒っているのが声で判る。


「待ってください。」

 その間に自分でも驚く程に頭が回ったと思った。

(嘘は駄目だが、方便だから…。)

 無理矢理、自分を納得させ、

「いえ、不満なんて。ただ…。」

「ただ、何かしら?」

 白い頭巾の少女は神父を値踏みする目で見詰めた。

「あまりにも、可愛らしいお嬢さんなので驚いたのです。」

「あら、そうなの。」

 白い頭巾の少女の顔がぱっと明るくなり、満更でもないなさそうな表情を浮かべた。


 男の子の視線に気付き、

「そう言う事にしておきましょ。」

 照れ隠しに言ったようだ。


「とりあげず、その人を医者に見せないとね。」

「そ、そうですね。」

 市長の事を失念していた神父は慌てた。

「市長を運んでください。」

 使用人達にお願いする。

「判った。」

 一番体格の良い使用人が市長をおぶった。


「あっ。」

 白い頭巾の少女は思い出した声を上げ、

「死体はもう埋めても大丈夫だからね。」

 その声は先程の惨事を覚えていないかのようだ。


「すみません。そちらは教会へ運んでもらえますか…。」

「判った。馬車を用意する。」

「お願いします。」

 軽く使用人に頭を下げる神父。


 本来なら、この地域に頭を下げる習慣等無い。神父の癖なのだろう。


「ペーター。回収よろしくね。」

「もう、やってますよ。」

 その言葉の通りに、戦いで使った武器を集めていた。

「それより、ご主人様。」

 強めの口調。

「何かしら?」

「僕はペーターでは無いと何度も。」

「折角、私が付けたのに。」

「ですから、僕は…。」

 言いかけたペーターを白い頭巾の少女の射貫く視線が止め、

「私達の生きる世界で名前の持つ意味は教えたでしょ。」

 嗜(たしな)めた。

「解っています。だから、僕は自分で考えた名前を…。」

 遮り、

「えーっ。どう見てもペーターじゃないの。」

 笑う。

「はぁ…。」

 諦めた溜息。


「さあ、行きましょ。」

 白い頭巾の少女が仕切った。


 白い頭巾の少女に思い出したかのように神父は、

「すみません。何とお呼びしたらよろしいですか?」

 最もな質問をした。

「私?」

 振り向きながら、

「白頭巾よ。」

 笑顔で答えた。



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