第6話 漫画家と言う生き物

 

「ふっふ~ん、知りたい? 実は実は私~漫画家なの」


 涼子さんはそれはそれは良いどや顔をしてくれているところ悪いんだが俺はあまり漫画に興味が無い。

 と言うか、これも引っ越し続きの影響なのだろう。

 それでも昔は好きだったと思う、良く買ってたし。

 ただ荷物になるので漫画を買わなくなっている内になんか読むのさえ億劫になっている自分に気付いた。

 一応友達との会話の為に有名どころはコンビニで立ち読みしたりして網羅していたのだが、友好関係を築く事務的な作業と言う感覚だったので失った興味が戻る事は無かった。


「ふ~ん。漫画家ってそんなに大変なんだ」

 俺的に感情の起伏が出ない話題だったのでそう答えた。

 それより"実は実は"と勿体ぶるから妖怪だ! とか宇宙人だ! とか言ってくれると思ったので仕方無いな。

「が~ん。なんか思てたんと違う~。もっとスゲーとかサインちょうだい~とかいう反応期待してた~」

 涼子さん涙目になり落ち込んだ。

「うん。でも、男の子だから少女漫画に興味が無くても仕方無いわね、へへへ」

 そう言ってすぐさま再起動をはたした。

 あっ勝手にジャンル違いでの反応と勘違いしている。なんと言うポジティブシンキング。

 漫画家とはこう言う生き物なのだろうか?


「それより、あそこに有るカプセルが気になるんだけど~?」

「え? どれ?」

 涼子さんが指さす先を見るとチョコ玉子のオマケカプセルが置いてあった。

 そう言えば中身抜いてそこに放置したままだったな。


「あれチョコ玉子のオマケよね? 中身何だった? 開けても良い?」

 なんかウズウズした顔でオマケを見つめている。

「別に良いですよ。チョコの部分が欲しかっただけなんで。中身は見てませんし欲しかったらあげますよ?」

 俺は料理に邪魔だからとTV台の上に置いていた二つのカプセルを手渡した。

「ありがと~今これのコンプリート目指して頑張っているのよ~。世界の珍獣シリーズ!」

 へ、へぇ~…年頃の女の人が珍獣のおもちゃでこんないい笑顔するもんなんだな~。

 やめてくださいとっくに俺の幻想のライフは0ですよ?

「でも私なぜかセンジュナマコばっかり出るのよ~。この前なんか思い切って箱買いしたら半分がセンジュナマコで口から魂出そうになっちゃったわ」

 あっ今そう言う方向性のオマケが入っているんだ。センジュナマコの大群は楽しそうですね。

 昔は犬とか猫とか無難な奴だったような? 最近カプセルそのままポイ捨てしてたから知らなかった。

「持ってないのだといいですね」

「そうねぇ~っと、この開ける瞬間が堪らないのよねぇ~。あっヤッタこれ持ってない奴!」

「良かったですね。なんですそれ?」

「これはセンザンコウよ」

「あ~聞いたことありますよ」

 涼子さんはうきうきした顔でもう一つのカプセルを開けた。


 …………


「ん? どうしたんです?」

 カプセルの中を覗いて固まる涼子さん。

「こ…」

「こ?」

「こ…」

「こ? なにです?」

「これはぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!!!!」

 あまりの絶叫に飛び上がる。

「すっごーーい! 本当に有ったんだ! ネットに流れる都市伝説じゃなかったんだ! すごいぞ! ラピュタは本当に有ったんだ!」

「ななななな? 何事ですか? 急に大きな声出して」

「これこれこれ! すごいよすごいよこれ!」

 涼子さんは凄く興奮して言ってることが要領を得ない。

「落ち着いてください。ハイ深呼吸。」

 俺に促されて涼子さんは素直に深呼吸をした。

「それでどうしたんですか?」

「これ超超レアの隠れシークレットなの!」

 隠れシークレット・・・・・・・・って、それ意味被っちゃってるよ。

「なんですかその隠れシークレットって怪しい単語は?」

「だから通常のシークレットよりもっともっとレアなシークレットのことなのよ!」

 こぶしを握り締めてそう力説する。

「あーなるほど。それは良かったですね」

「メーカーも公表しない完全極秘アイテム! このシリーズ発売後にネット上でどこからともなく真しやかに流れてきたけれど誰も実物を見た事が無く都市伝説とされていたの!」

 涼子さんはうっとりとカプセルの中を見る。

「ある者曰くそれを持つもの天下を治める、またある者は厄難削除大願成就万病に効きおばあちゃんはフラダンスおじいちゃんはリンボーダンス、街は朝までフェスティバル! と言われてる物なのよ」

「それ絶対嘘ですよね?」

「えへへ~最後はちょっと盛っちゃったわ~。でも凄く珍しい物なのよ。確か100個程しか製造されてない貴重品と聞いたわ」

 漫画家とはこう言う生き物なのだろうか?

 でもこんなに興奮するというのは涼子さんにとって珍しいものなのだろう。

「それは凄いですね」

「こ、これくれたのよね?」

 涼子さんはカプセルを胸元に隠し上目遣いで見つめてきた。

「ええさっき言ったとおりあげますよって、うおっ!」

 そう口にした途端、涼子さんは満面笑みで抱きついてきた。

「うれしい~! 愛してる~!」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」

 俺は赤面しながら慌てて抱きついてきた涼子さんを引き剥がした。

「あらごめんなさい、興奮しちゃってつい~」

「で? それなんなんです?」

「これはね~幻の鼻行類! ムカシハナアルキよ!」



 その後も色々話していると外が何やら騒がしい。

 何やら誰かがマンションの玄関に前で叫んでいるようだ。


「センセー! フカクサセンセー! カクレテナイデデテキナサーイ」


 どうやら住人の誰かを呼んでいるようだ。

「あっいけない! 忘れてた!」

 涼子さんがその声に反応して立ち上がる。

 そしてタタタと部屋から廊下に出て行った。

「黄檗さーん! ごめんなさーい! 今玄関開けるわね~、あっそうだそこから201号室を呼んでみて」

「深草先生! そんなところで何してるんですか! 締め切り今日の午後6時までって言ってたじゃないですか! 今何時だと思ってるんですか!」

 時計を見るともう午後9時だ。


 ピンポーン


 俺の部屋のインターホンが鳴った。

 涼子さん勝手に何指示してるんですか。

 インターホンのモニターには必死な形相の女性が映っていた。

『巻き込んだ様ですみません。どなたか知りませんがここを開けてください』

 俺は玄関のロックを外した。

 玄関が開くや否や凄い勢いで階段を登って来る音がする。

「せんせ~、そんな所で油売ってるってことは原稿はもう出来てるってことですよね~?」

「えへへ~まだなの~」

 あっ黄檗さん? だっけ? 彼女は見事に膝から崩れ落ちた。

「すぐやるわ! それにもう後1ページの仕上げと単行本の巻末だけだから」

「先生…。巻末マンガっていつもネタが無い~てぐだぐだになるやつじゃないですか。何で最後まで残してるんですか勘弁してください。」

「一緒の締め切り日にした方が悪いのよ~。それに今回は大丈夫よ、色々と書きたいネタが出来たのでちゃっちゃと終わらせるわ!」

「分かりました。夜中12時! つまり本日中に終わらせてください」

「………ちょっと無理かな~?」

「え? なんですって?」

「ナンデモナイデス! ガンバリマス!」

 涼子さんは急いで自分の部屋に戻ろうとした。

「あっ涼子さんちょっと待ってください」

 俺は部屋から予めタッパに分けて冷ましていたミートソースとパスタの残りを持って来て、

「良ければ夜食にどうぞ。あとこれ・・・」

 と珍獣フィギュアを手渡した。

「ありがと~大好き~」

 と言ってまた抱きついてこようとしたが、黄檗さん阻止され強引に引きずられて202号室に戻っていった。

  ふ~、漫画家のお仕事とはとはこう言うものなのだろうか?


 そう言えば12時過ぎに廊下を走る音が聞こえたのでどうやら原稿は間に合ったみたいだ。


 翌日黄檗さんが涼子さんを連れて菓子折り持ってやって来た。

 黄檗さんは俺の顔を見て一瞬とても驚いた顔をしたのだけど、何か言おうとした時に涼子さんが声をあげる。

「本当に昨日はごめんね~。夜食のミートソース! トテモオイシカッタデス!」

 最後何故片言?

 黄檗さんは涼子さんの声に我に返ったようだ。


「昨日はうちの深草先生が大変ご迷惑をかけました。話と言うか先生が書き上げた巻末マンガを読んで状況を理解しました」

 黄檗さんは頭を下げてきたが、涼子さんは『てへへ~』って感じで笑いながら頭をかいている。

「そんな気にしないでください。それより深草先生・・・・ってなんですか?」

「それ私のペンネーム。深草京子って名義なの」

 あぁ『ラジオネーム 匿名希望』とか言うやつか。

「昨日のミートソースご馳走様です。夜中に頂きました。牧野さんは料理がお上手なんですね」

 そう言って黄檗さんは優しく微笑んだ。

 黄檗さんはボブカットが凄く似合う黒いパンツルックのスーツに身を包んだ礼儀正しい女性だ。

 涼子さんと同い年くらいだろうか?

「いや~ただの素人料理です。そんな大層な物じゃありません。」

 謙遜しながらも褒めて貰った事は素直に喜んだ。


「そうだよろしければドリア食べます? 昨日のミートソースの流用なんですが」


「「いただきますっ!」」


 二人はきれいにハモッてそう言った。

 三人前を作ったのだが俺の分は二人のおかわりに消えてしまった。

 もしかして黄檗さんも腹ペコモンスターなのか?

 そうそう、持ってきた菓子折りは知らない間に涼子さんが平らげてしまっていた。

 なんだかんだと結局二人は夜まで居座りちゃっかり晩飯も食べていった。


 あれれ? 作り置きのために作ったミートソースなのだがいつの間にか二人に食い尽くされているぞ?

「ハァ~」

 俺は深いため息をつきながらも二人に次は何をご馳走するかに思いを馳せていた。

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