異世界転移したら設定がミスってて勇者じゃなかったんだけど、最終的に勇者になりました。

川越マツリ

第1話 エターナル・サンクチュアリ・ゾーン

「くくく……今日もきてしまったな……」

 これから訪れる至福の時を考えるだけで思わず笑みがこぼれてしまう。


 誰にも邪魔されない。

 何の制約も無い。

 俺の思いのまま。


 そんなまるで夢のような世界がこれから始まるからだ。

 俺はこの時間のことをエターナル・サンクチュアリ・ゾーンと呼んでいる。


「さて、今日はどんな世界ゾーンを構築してやりますかね」


 ベッドの上に横たわると俺は昨日の出来事を振り返った。


 文化祭当日にフラっと寄った体育館。

 ステージ上のバンドに対してブーイングをする観客。

 マイクを持ったまま膝から崩れ落ちているヒロシ。

 やれやれ今はそういう気分じゃないんだがな、と呟きながらステージにあがり歌いだす俺。

 いつしか観客たちから巻き起こる大歓声。

 俺はその日、間違いなくヒーローだった。


「この前の世界ゾーンも良かったな……」


 学校に突如押し入るテロリスト軍団。

 飛び交う銃声。逃げ回るヒロシ。

 そこでさっそうと飛び出し素手で制圧する俺。

 女子に囲まれてキャーキャー言われてエンディング。

 この世界は特に俺のお気に入りで何度もお世話になっている。


――そう、エターナル・サンクチュアリ・ゾーンとは眠りにつく前の妄想タイム。


 俺の

 俺による

 俺のための世界。


 ある意味理想の異世界と言っても良いだろう。

 それに比べたら現実なんてクソだ。


 先週学校でラノベを読んでいたらヒロシに見つかって散々バカにされた。

 そんなんだからお前は彼女ができないんだと昼休み中ずっと説教してきやがった。

 そこで「確かに俺に彼女はいないぜ……だが、ラノベの中に嫁はいる。俺の勝ちだ。ジ・エンド」と反論してやったときのあいつの顔をみんなに見せてやりたいぜ。


「ヒロシあれから学校きてないな。俺に敗北したことが悔しくて登校できないのか」


 ふとそのときのラノベが目に入る。

 異世界に転生してたくさんの妹に囲まれるという良くあるハーレムものだ。


「……そういえばエターナル・サンクチュアリ・ゾーンでこういう異世界を構築したことないな」


 よくよく考えてみればこれほど相性の良い題材もない。

 なんでこんな簡単なことに気づかなかったのか。


「よし、キミに決めた!」


 俺は部屋の電気を消すと大きく深呼吸をした。

 世界ゾーンを構築するときには一切の邪念も許されない。

 余計なことを考えるとそれに意識を支配されてしまい、想像もしてなかった世界ゾーンが出来上がってしまう。


(まずはメインヒロインだ……)


 ゆっくりと……ゆっくりとイメージする。

 俺の中にある様々な知識や経験が練り上げられ白い塊となって浮かび上がる。

 次第にそれは人の形を成し俺の前に静かに静かに降りてくる。


 ……。


 見えてきた。


 ……。


 俺の妹が見えてきた。


 身長は150センチくらいだろうか。華奢で守ってあげたくなるシルエットだ。

 風になびくブラウンのスカートからすらりと伸びた脚は実に刺激的だ。

 フリルがついた白いブラウスは彼女の清楚さを表していると言ってもいいだろう。

 ゆるふわなウェーブがかかった髪の毛は肩にかかるかどうかの長さだ。


 そして、はにかんだような笑顔を浮かべるその顔――


 ヒロシだった。


「おいちょっと待てヒロシ! ヒロシちょっと待ておい!」


 思わず飛び起きる俺。


「クソッ! さっきヒロシがヒロシがって考えてたせいであいつが出てきちまった!」


 エターナル・サンクチュアリ・ゾーンはとても繊細なものだ。

 一度変な意識をしてしまうとずっとその思考に引きずられてしまう。

 今回の例で言えばどんな妹を妄想してもすべてヒロシになってしまうだろう。


「よし、異世界転移してチート無双してやろう。その流れであとからハーレムを作れば良い」


 我ながら実に天才的な思いつきだ。

 ノーベル異世界転移賞があったら間違いなく受賞しているに違いない。


 俺はふたたび大きく深呼吸をするとベッドに横たわった。


(まずは……チートスキルを設定してくれる女神からだな)


 女神ってどんな見た目をしてるんだろう。

 うちの近くのスマホショップに埼玉の女神って呼ばれてる人がいるけど、あんな感じなんかな。


(今夜は女神のイメージだけで終わってしまいそうだな)


 そう思っていた俺の前に突如人の形を成したものが降りてきた。

 それは白く淡い光をまとい、腰まで届く金色の髪をなびかせ、俺の方を向くとにっこりと微笑み口を開いた。


「私を呼んだのはあなたですか?」

「いえ、違いますけど」


 どうやら彼女にとって俺の答えは予想外だったらしい。「え、あれ~? おかしいなぁ」と言いながらキョロキョロとしだした。

 左手でしきりに髪の毛を触ってるあたりに焦りを感じる。

 30秒ほどそうしてただろうか、彼女はふたたび俺の方に向き直った。


「キミ、女神さまを呼んだよね?」

「呼んだというか作っていたというか……はい」

「ほらー! やっぱあってるじゃないのー!」


 彼女は急に勝ち誇ったようなドヤ顔をした。

 どつきたくなるこの笑顔。


「でも俺が呼んでたのは埼玉の女神なんですけど」

「サイタマ?」

「埼玉知らないんですか? 十万石じゅうまんごくまんじゅう知らないんですか?」

「ジュウマンゴク?」


 どうやら俺の住んでいる大都会埼玉のことを知らないらしい。

 そして埼玉県民なら命より大事な十万石まんじゅうを知らないらしい。

 これは埼玉の女神ではないな。


「最近の人間は簡単に信じて簡単に異世界に行ってくれるのにどうしよう……」


 彼女は明らかにうろたえた様子だが、俺には関係のないことだ。

 この出来損ないはほっといて改めて埼玉の女神を作り出そう。


「えらい人にちょっと相談してみよ……」


 そう言うと彼女はなんと胸元からスマホを取り出した。


「スマホ!」

「ひゃあぁ!?」

「それスマホですよね!?」

「え? これはコーリングデバイスって言うものだけど」


 なんか変なこと言ってるが間違いない! 彼女が取り出したのはスマホだ。

 と言うことは……。


「あなたがスマホショップの埼玉の女神だったのか!」

「何言ってるのかよくわかんないけど、そうだよ私は女神さまだよ!」


 時は来たれり。


 失敗したと思っていた女神の構築に俺は成功していたのだ。


「そうかそうか、ショップにいないときはすっぴんだからせいぜいこんくらいの顔だよな」

「なんだろう、すごくバカにされてる気がする」

「あ、すいません、そういうつもりじゃないんです。俺思ったことつい口に出しちゃうタイプで」

「なお悪いわよ」

「このせいでなかなか友達もできなくて」

「聞いてないわよ」

「この前もヒロシが髪切ってきたときに雨に打たれたチワワみたいだなってつい言っちゃって」

「聞いてないわよ!」


 これだけ会話が続いたのは何年ぶりだろう。

 俺は久々の感覚に心を打ち震わせていた。


「それで、キミは異世界に転移したいんだよね」

「はい。それで設定のことなんですけどまず無敵になって成長率は二倍で魔法は全属性使えて仲間は全員女の子で」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」


 何を待つことがあるのか。

 俺は一分一秒でも早く異世界で無双したいのに。


「今から言うことをよーく聞いてね」


 女神はその吸い込まれそうな青い瞳で俺のことをジッと見ると、指を三本あげてこう言った。


「キミにはこれから転移する異世界の設定を三つだけ好きにする権利をあげるわ」

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