1-4目下のところの方針

「それ、本当に考えてるの……?」

 香子は訝しむように俺を見る。逆の立場なら俺もそうするだろう。本当に考えてる人間はおそらくこんなポーズにはならない。

「考えてはいるけどな。別にポーズはこれじゃなくてもいいかもしれない」

「はぁ……」

 香子は大きくため息をついた。

 俺は普通の姿勢に戻り、何となく学生ラウンジ内を見渡してみた。

 学生ラウンジ内には八人掛けの大テーブルが六行二列で十二台、六人掛けの中テーブルが六行一列で六台、四人掛けの小テーブルが五行一列で五台並んでいる。俺たちが座っているのはラウンジの隅に近いところにある小テーブルで、壁を背に座っている俺はラウンジ内を簡単に見渡すことができる。

 昼飯時などは学生で混み合うこの場所も、三時を過ぎればその姿もまばらになる。特に今は単位認定に必要なレポート作成のために、パソコンの使える図書館やパソコン室に人が集中する時期だし、試験を受けている学生もまだ多いだろうからなおさらだ。

 それでも学生ラウンジはほぼ満席に近い状態になっていて、いろいろな学生がいる。

 テーブルに置いたリュックサックを枕代わりに抱えてす者。スマホとノートパソコンの両方を器用に使って作業をする者。三人で集まり文字通りかしましく談笑する女子学生たち。一緒にいるのにそれぞれがスマホの画面に釘付けになっている者達。論文のような紙束をしきりにめくる教授。……え、あれ黒岩教授じゃねぇか⁉︎ あの人苦手なんだよなぁ……。

「ねぇ、どこ見てるのよ。ちゃんと考えてるの?」

 香子が俺の目の前で手を振る。

「あぁ、考えてるよ」

「ふーん、本当かしらね」

 香子は腕を組み背もたれにもたれかかる。

 本当だとも。俺の咄嗟とっさの思いつき、もとい、考えを披露してやろう。

「盗難がそれだけ何日にも渡って多発したってことは、犯人は大学の関係者の可能性が高いよな。しかも学生の可能性が」

「まあ、そうね。不審者情報が出ていないところを見れば、よそ者が連日ウロついてると考えるよりは、この大学の学生が歩いてると考える方が自然だわ。教授や職員くらいの年恰好としかっこうだと部室棟を歩いていたら浮くだろうしね」

「だろ? でも、それだけわかってもまだ絞り込みきれない。学生ラウンジを見渡しただけでもいろんな学生がいることはすぐにわかる」

 香子は頷いてはいるが、その表情から察するに俺の真意をまだ読み取れていないらしい。

「まずは、犯人像を絞り込むことから始めよう。むやみやたらに学生全員を疑ったって犯人にたどり着く可能性はほぼないだろ。ある程度あたりをつけて、それから探してみないか?」

「なるほど。でも、目撃証言はないのよ。どうやって犯人像を絞り込むって言うの?」

 香子はまた前のめりの姿勢になった。興味は持ってくれたようだ。

「被害届を出した団体は盗まれた物のリストを警察と一緒に作ったって言ってたよな。そのリスト見れねぇかな。そこから何か見えてくるかもしれねぇぞ」

「確かに、そうね」

 香子は視線を落とし、うんうんと頷いている。

「人の物を盗むって行為には三種類の目的があると思うんだ。一つ目は、単純に本来の所有者を困らせたいだけの嫌がらせ目的。二つ目は、盗品を売って金にする目的。三つ目は、他人が持っているものを欲しがる気持ちを満たす目的。その三つのどれに分類されるかってところから犯人像を絞り込んでみよう」

「わかったわ。じゃあ明日、それぞれの団体に行って盗品リストを作りましょうか」

 ん、明日?

 俺は腕時計を見る。まだ四時にもなっていない。こいつの行動力なら今すぐにでも動こうとするかと思ったが……。

 俺の様子を見て、俺の疑問を察したのか香子は言った。

「明日が提出期限のレポートがまだ終わってないのよ。今日中には提出しておかないと、何かあったら困るからね」

 …………嘘だろ?

「そんな理由かよ! っていうか、レポートやってねぇのにこんなことに首つっこんでて大丈夫なのかよ」

「大丈夫よ、書くことは決まってるんだし。それに、こんなことなんて言い方よくないわ。私にとっては単位と同じくらい大事なことよ?」

「……お、おう。そうか……」

 そう言った時の俺の顔はおそらく若干引きつっていただろう。単位のかかったレポートと、自分自身は被害にあってもいない盗難事件の犯人探しが、同じくらい大事なんておかしなことを平然と言う人間を目の当たりにすれば、おそらく誰でもそうなる。

 だがまあ、そういうわけで、香子はレポートを提出したら俺に連絡を寄越す、と言い残して帰って行った。

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