1-2協力

 はぁ……、やってしまった……。絶対ろくなことにならねぇよ……。

「ね、ねぇ、香子。もうやめようよ」

 小川さんが風岡の袖を引っ張る。

「やめる? なぜ?」

「土橋さんの言うように、やっぱり危ないわ。警察に被害届も出したし、もう警察に任せましょうよ」

 小川さんの言う通りだ。っていうか被害届出してるのかよ。それなら一般人が手を出す必要なんか全くないじゃないか。

「そう、じゃあ楓は手を引いていいわよ。私はこの桂介と協力して犯人探しを続けるわ」

 風岡は俺を指差す。

「えっ⁉︎」

 小川さんは驚愕の声をあげた。

「おいちょっと待て、なんでそうなるんだ! 協力するとは言ってねぇだろ!」

「さっきよろしくって言ったじゃない」

 言った。確かに言った。言ってしまった。しかし、

「そ、それは香子との関係性をよろしくって言っただけでしょ」

 小川さんの言葉に俺は首を縦にブンブン振る。

「あら、じゃあ私とよろしい関係になったのに、私が危ない目に遭うのを見て見ぬふりをしようとしているのね。残念だわ」

 なんて論理だ……。

「はぁ……。私は練習に行くわ……。危ないことはしないでね……」

 小川さんは説得を諦め、肩を落として部室棟を出て行ってしまった。残されたのは俺と風岡だけ。そもそも相談してきたという被害者自体がいなくなってしまった。

「で、どうするのよ」

さらに詰め寄る風岡に俺はついに観念する。

「はぁ……。わかったよ……。協力する」

「そう、ありがとう」

 風岡はニコッと笑った。綺麗に並んだ真っ白な歯が見えた。笑顔も完璧なかわいさだ。

 顔はいいんだけどな……。

「じゃあ連絡先を交換しましょう」

 そう言ってスマホを取り出す風岡。俺もスマホを取り出しメッセージアプリを起動する。二次元コードをスマホで読み取りお互いのIDを交換する。

「なぁ、風岡さん」

「香子でいいわ」

 いや、出会ってまだ数分の女子を下の名前で呼び捨てるのは気が引けるんだが……。っていうかこいつは、しれっと俺のこと下の名前で呼んでるけど、こいつの心理的距離感覚狂ってるんじゃ……。もしかして本当に窃盗犯並みのヤバいやつなんじゃなかろうか……。

 そんな考えが頭をよぎったがもう乗りかかった船だ。

「じ、じゃあ、……香子。協力するのは、まあ別にいいんだがな。やっぱり危ないことに首をつっこむのは気が進まないんだ」

「あら、じゃあどうするのよ。このまま何もしないで被害が拡大するのを黙って見てるとでも言うの?」

 香子の目つきが変わった。

「そうじゃねぇけどよ。そもそも、なんでこんなことに首をつっこもうとしてるんだ? 被害者は警察に届け出てるみたいだし、正直素人がなんかしようとする意味がわからないんだが……」

 香子は目を閉じ、ふぅ、と息を吐き目を見開いた。そして、不敵な笑みを浮かべて言った。

「その方がおもしろいじゃないの」

 それは、……そうかもしれないな。

 突如学内で多発した連続盗難事件。正体不明の犯人を探して奮闘するのがおもしろくないわけがない。

「大学生活は人生最後のモラトリアムなのよ。それをおもしろそうなことに使うのと、ただ浪費するのとどちらがいいか。それは考えるまでもなく前者でしょ」

 その言葉は俺の心の琴線に触れてしまった。

 俺にだって大学生活を楽しみたいって気持ちはあったが、なんとなく入ってみたサークルはそのノリに馴染めずすぐに辞めてしまった俺にはおもしろいイベントなんか起こるはずもなく、なんとなく過ごしているうちに一年が終わろうとしていた。それでも未だに大学生活を楽しみたいという気持ちはあって、自分からおもしろい出来事を探すことすらしないくせに、おもしろい出来事が向こうからやってくることを望んでいた。

 そんな棚からぼた餅でも出てこないかと思いながら棚を開けてくれる人を待っているような俺に、一石を投じるような言葉だった。

 そうか、香子は自分からおもしろい出来事に突進しようとしているのか。

 俺は頰が緩むのを止められなかった。

「……わかった。さっきは、まあ別にいい、とか言ったけどな。協力するにやぶさかでない気になった」

「あら、そんなに前向きになってくれたなんて嬉しいわね」

 香子は笑みを浮かべて腕を広げた。おそらく歓迎の意を表している。

「でもな、やっぱりお前のやったようなやり方は危険すぎる。やり方は考える必要がありそうだと思わないか」

「まあね。じゃあまず、どう動くかを決めましょうか」

「うーん、いや、その前に……」

 俺の言葉に香子は腕を組んで首を傾げた。おそらく疑問の意を表している。

「俺はまだこの盗難事件の全容がわかってないんだ。いつから、どれだけ被害が出て、それぞれどんな対応をしているのか。そういう基本情報をくれないか」

 俺はそもそもこの件に関しては門外漢もんがいかん。なーんにも知らないと言っても過言ではないんだ。

「あら、そうだったのね。じゃあまずそういうところから話しましょうか。立ち話にしては長くなるから学生ラウンジに行きましょう」

 言われるまで忘れていたが、俺たちはずっと立ちっぱなしで話していた。ここは暖房が効いているとはいえ、寒い外を歩いて血行の悪くなった脚には疲れがたまっていた。確かにそろそろ座りたい。

 というわけで俺たちは学生ラウンジに移動することにした。

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